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Chair's Blog 会長ブログ ネコの目

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60、81、1173、240万

タイトルの数字は、240万人の赤ん坊を救った60年にわたる1,173回の献血を行った81才のミスター ジェームス・ハリソン氏のお話です。Final donation for man whose blood helped save 2.4 million babies.

偶然、目に留まったメイルジャーナルの写真に、赤ちゃんを抱いた5人の女性に囲まれて献血している老紳士の写真がありました。ムムム!と思って、本体を読んでみました。

抗D(抗体を持った)ベビーとそのママたちに囲まれ
最後の献血をするジェームス・ハリソン氏(81才)
Photo:Steven Siewert

元記事はThe Sydney Morning Herald(シドニー・モーニング・ヘラルド)なるオーストラリアの新聞でした。

血液型は、良く知られているA、B、O型とRh型のほか、MNSs型とか、P型とか、何百種以上もあり、それらの組み合わせを考えると、すべての血液型がまったく同じという人は、いないといわれるほど複雑なのです。その中でABO<エービーオー>とRh<アールエイチ>型だけが注目されてきたのは、輸血をめぐって致命的な問題が生じるからですが、輸血ではありませんが、血液成分の交流の特殊な場合が妊娠です。この場合の問題のほとんどはRh型です。で、ややこしい話をふたつ、みっつ。

まずRh血液型です。血液型とはある形質<遺伝などで伝えられる性質>があるかないかで決まるのですが、細かくは色々なRh型の中の重要なひとつが“D”という形質です。通称Rh+<プラス>とかRh-<マイナス>とよぶのは、赤血球の表面にDという形質物質があるかないかを云います。

次に妊娠です。ヒトでの妊娠とは、女性の子宮の中で次世代のヒトが形成成長する過程です。生物学的には、一つの精子が一つの卵子と合体(=受精)し、その受精卵が子宮内のちょっと厚くなった内膜に定着(着床)し、それを護り育てるための胎盤(母体-胎児の連絡「器官」)が形成され、受精卵は胎芽(妊娠10週未満、骨形成はない)から胎児になって出生を待つ期間と申せます。この間、特殊な医療的操作を除けば、外からは何一つ胎児をかまってはいないのに、形だけでなく機能的に、両親からの形質を受け継いでゆきます。ホント、毎日毎日奇跡の発育成長を遂げて、私たちは私たちになっているのです。

脱線しましたが、胎盤という特殊な器官は複雑精密な装置で、母親の血液と胎児の血液は入り混じらないのに、栄養分や酸素はちゃんと胎児側に移送され、また、胎児からの老廃物は受け取っているのです。胎児は、空気中に居ないのに、ちゃんと酸素を補給されていますし、オシメも当てていないのに、ちゃんと老廃物を処理できているのです。

さて81才のハリソン氏が、60年間にわたり、1,173回も献血されたのは、氏の血液型がRhDに対する強い抗体を持っておられたからです。なぜ、そのような血液が必要だったのでしょうか?

ややこしい最後の話。私たちには、抗原<ある人にとって異物となるもの>をやっつけようとする物質=抗体を作る能力があります。例えば、昨今、流行が心配された麻疹<ハシカ>では、一度麻疹に罹ると、抗原である麻疹ウイルスに対抗する抗体とよばれるガンマグロブリン(タンパク質の一種)を作る能力を得ます。再度、麻疹が侵入した場合、それを自分でやっつける力(免疫力)を獲ているので、二度目の発病はありません。予防接種は人工的にその力=抗体産生能力をつけることです。

ややこしい話の三つをつなぎます。Rh-<マイナス>の女性が妊娠したら、必ず問題が起こるのではありません。しかし最初の赤ちゃんがRh+<プラス>で、妊娠あるいは分娩中に、赤ちゃんのRh+血液がRh-のママの血流に紛れ込むと、ママはRh抗体を作る能力を得ます。

二人目の赤ちゃんもRh+なら、どうなるでしょうか? Rh形質は赤血球上にありますから、Rh+赤血球を攻撃する能力を得たママの血液は、赤ちゃんのRh+赤血球を攻撃する抗体を産生します。妊娠中は、直接の接触はありませんが、抗体はタンパク質なので、胎盤通過して、胎児の中に入り込み、胎児の赤血球を攻撃します。最初の妊娠でなく、Rh-女性の2回目以降の妊娠が問題なのは、このような「感作<反応の場>」が済んでいるからなのです。胎児が重い貧血状態になったり、生まれてからも重症の黄疸になったりする機序はこのような次第です。

ところが、Rh-女性の妊娠中の適切な時期に、ハリソン氏のような強烈なRh抗体を持った血液から精製した含Rh抗体製剤をほんの少し投与することで、その後の免疫反応を防ぐことが可能なのです。ハリソン氏は、ご自分の血液の特異さを認識した上、60年にわたり、1,173回年平均約20回も献血されたことで、240万人の赤ちゃんが重篤な状況を避けられたのです。

追記しますと、日本ではRh-は人口の0.5%という僅かさ、オーストラリアは15%だそうですから、問題が生じる頻度は高いのですね。私も、約50年昔、Rh-のママからの赤ちゃんの治療に、夜を徹して交換輸血などしたことを懐かしく思い出しました。