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「待労院の歩み」 国立ハンセン病資料館2015年度秋季企画展

今週いっぱいで終わりますが、先週、所用の折に、表記の催しに参りました。

ご承知のことですが、ハンセン病はらい菌による感染症です。が、この細菌は、感染力(他人にうつる能力)がとても弱く、滅多なことでは感染(ある生物に、他の小さな微生物、病原体が侵入し増殖すること)しません。また、たとえ感染しても、滅多なことで発症(病気として固有の症状を示すこと)しません。つまり、感染-発病は極めて稀でありますが、その潜伏期(病原体が他の生物に侵入し増殖し、症状を示すまでの期間)がきわめて長く、10年以上も稀でないとされています。しかし、現在では、複数薬剤をきちんと服用すれば、1週間もしない内に感染力はなくなり、後遺症としての身体変形をきたすこともありません。

わが国では、身体的疾患としてのハンセン病は概ねきちんと対応されてはいますが、それでも年間数名程度の感染者が見つかりますし、世界では、まだ、毎年、新規発症者数が20万を超えています。1,000名以上の新たな患者数の国も13もあります。つまり、身体的にも、この病気が過去のものと云うには程遠いのです。加えて、わが国では、徹底的で、長期間の隔離政策もあって、かつての感染者や発病者とその家族またその後は回復者に対する偏見や差別が今も消えていません。そしてどの国、どの地域にも、偏見や差別は根強くみられます。

などと偉そうに云えるほど、私はこの分野のベテランではありません。世界のハンセン病対策のため、41年前に設立された笹川記念保健協力財団理事長職に就いて、間もなく3年になります。この間、回復者の方々を含む内外関係者のご指導、また、膨大な資料や論文からつまみ食い的に知見情報を吸収しつつある、まだ、見習い途上、折々、お訪ねする内外療養所やコロニーでの見聞は大いに勉強になります、という付け焼刃知識であります。

さは、さりながら、エボラウイルスのごとき強烈でも致死的でもない、実に弱い病原体が、何故、有史以前から人間に取り付いてきたのか、そんなに弱い微生物なのに何故簡単に消えないのでしょうか。病原体そのものをめぐる医学生物学的性質は、恐らく、地球上の生物界の機微でもあろうかと、理屈にならない理解を抱く一方、社会的に、斯くもヒトを、人々を苦しめる疾患の対応の難しさに非力をおいて、ため息をつくばかりです。

そんな中、多磨全生園に併設されている国立ハンセン病資料館の秋季企画展です。資料館には、わが国のハンセン病関連の歴史が詰まっています。それも是非ご覧頂きたいものですが、「待労院<タイロウイン>の歩み」展も興味深いものでした。

ほんの少しだけ、感じたことを申します。待労院は、2013年1月、115年の歴史を終えた熊本市島崎に存在した、わが国に開設された私立カトリック系ハンセン病療養所のひとつでした。

熊本には、ハンセン病関係では、忘れてはならないところとして、現在も二百数十名の回復者がお住まいの菊池恵楓園、強制的な隔離以前、地域や家族から追われた、あるいは自ら本来の居住地を離れざるをえなかった発病者が参道で喜捨を求めていた本妙寺(ハンセン病との関係は菊池恵楓園 HP参照)や、それらの人々をみたことから、明治24(1891)年に熊本に派遣されていた英国聖公会宣教協会の宣教師ハンナ・リデルの開設した回春病院もあります。

脱線しますが、熊本には、開明の考えがあったのでしょうか、明治の早い時期から外国人を招いています。西南の役(1877)の際の官軍本部となり、ここで日本赤十字社が生まれることになったジェーンズ邸は、熊本洋学校教授として、早くも明治4(1871)年にアメリカから招かれた南北戦争の北軍大尉リロイ・ランシング・ジェーンズ氏のための住いでした。

待労院は、1898年、「パリ外国宣協会」司祭ジャン・マリー・コール師と、「マリアの宣教者フランシスコ修道会」のアニック、ピュルテ、ベアタ、コロンブ、トリフィンの5人の修道女によって始められたそうです。当時の日本人には、仰々しく見えたであろう修道衣、しかし凛としたシスターたちの姿、郷に入っては郷に従われた正座での挨拶、また患者の足を洗い、手術の補助をし、臨終を看取られる姿を眺めますと、120年前という、さぞや閉鎖的であったであろう日本の地域社会で、見捨てられた人々の中に溶け込むだけでなく、病める人苦しむ人々に奉仕するという確固たる姿勢、今のような衛生や医学の知識もなかった時代に、不治、業病とされ、偏見の対象とであったこの病気に立ち向かった若いフランスの修道女の姿に圧倒されました。

ハンセン病に関しては、日本各地だけでなく、世界にもこのような宗教者が設立した療養所が沢山あります。保健医療分野の国際協力に携わった間、それらを訪問しても、あまり気にも留めなかったのですが、不自由な環境の中でこそ、それに対応されてきた人々を支えた宗教に、改めて、想いを馳せざるを得ない想いです。師走の気忙しい時期ですが、是非、ご覧頂きたいものです。