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寄生虫症対策

寄生虫症対策事業は、ハンセン病対策事業と並んで、財団設立当初より取り組んできた活動です。1970年、大阪万国博覧会場で、中央アフリカ共和国の大統領から当時の日本船舶振興会会長 笹川良一に寄生虫症対策への協力を求められました。当財団が1974年に設立したことを受け、1975年から寄生虫症対策の事業活動を開始しました。

中央アフリカ共和国

中央アフリカ共和国大統領の要請を受け、世界保健機関(World Health Organization)担当部門と協力し、現地での調査活動を行いました。中央アフリカ共和国では、1976年から2005年までの30年間にわたり毎年、年に1、2回、故 辻守康氏を中心とした日本人専門家を現地に派遣し、技術協力を行いました。同国における現地調査では、地方の対象地区には電気や水道がなく、第1回の調査団は現地食を摂食し、全員が感染性下痢症にかかってしまうなど、苦労もありました。それ以来、日本から食料を持参し、自炊をしながら調査や技術協力を行いました。

健康手帳

調査対象地区は、ケラ・セルジャン村(首都バンギから約470km、ブアール市の郊外約12kmに位置、当時の人口は約500名)と、1988年以降はバンザ村(バンギから105kmのジャングル、当時の人口約800名)も加わりました。どちらの村も同姓同名の住民が多く、検査結果、治療の効果判定など経過観測を行うことが困難な面もありました。同国における寄生虫症で最も多いのは鉤虫(こうちゅう)ですが、一人で数種の寄生虫に感染しているケースも多く見られました。1983年からは各個人に健康手帳を交付、手帳には個人番号が付けられ、ポラロイドによる個人の写真を添付、検診や治療記録、病院あるいは診療所で受診の際にも記載するようにし、個人により大切に保管され、住民の意識向上に役立っています。

ケラ・セルジャン村で検診する故辻守康博士

中国

1984年6月、中国予防医学中心(後に中国予防医学科学院と改称)と当財団の間で、日本人専門家の中国派遣を開始、また、1985年には中国人専門家の研修(「日中寄生虫症対策技術者研修」筑波大学医生学教室委託)を行う事業を開始しました。

文化大革命の終焉後もしばらくは、中国からの情報は途絶えており、中国の寄生虫症、寄生虫病学に関する知識はほとんどゼロの状態でした。当財団の協力開始から8年後、中国衛生部は、1986年から1990年の5年間、全国725県、2,862鎮の1,400万人を対象とした調査結果を発表しました。30省、自治区、直轄市の全般を対象とし、総計64種(原虫20種、吸虫19種、条虫9種、線虫15種、鉤頭虫1種)が見つかり、全寄生率は63,3%、7億人が寄生虫に感染していることが報告されました。

このような状況の中、日本の研究者は、北京、上海、南京、広州などの大学、研究所を訪問し、積極的な学術情報を交換し、江蘇省、広東省、湖北省、四川省の住血吸虫について調査活動を1996年まで行いました。1985年からは日中寄生虫症対策技術者研修(筑波大学医生学教室委託)を開始し、中国から毎年1、2名の技術者を招き、日本の大学、医療機関で研修を実施し、1997年からは中国寄生虫分子生物学専門家研修に変更し、2000年まで順天堂大学寄生虫学教室で研修を行いました。

タイ

1975年、日本の寄生虫学者によるタイでの現地調査が行われ、タイの人口約4,000万人(当時)のうち、回虫寄生虫症患者数推定680万人、鉤虫寄生虫症患者数推定480万人という調査結果となりました。また東北部に蔓延するタイ肝吸虫は地域によっては70%の蔓延率で、全体で400万人にのぼると推定されました。当財団では、調査結果とタイにおける寄生虫症対策の問題と重要度などを考慮し、タイのマヒドン大学の土壌媒介線虫類の疫学と予防に関する研究に対し、日本の専門家を派遣するという形で開始し、1996年まで専門家派遣と駆虫剤、調査研究用機材の供与を行いました。マヒドン大学での協力活動は、WHO及び国連児童基金(UNICEF)の関心を呼び、1986年からは政府及び民間団体による全国レベルの土壌媒介線虫類根絶対策と学童への全国一斉駆除薬供与が行われるようになりました。

駆除薬を飲む学童

1977年からマヒドン大学を中心に、海外寄生虫予防技術者研修会(日本寄生虫予防会委託)を開始し、1993年までに、タイだけでなくインドネシア、マレーシア、フィリピン、スリランカ、バングラデシュ、ネパールなどからも集まった技術者207名が研修を受けました。1990年からはブータン、1991年からベトナム、1992年からカンボジア、ラオス、1993年からインドが新たに加わり、当財団は1999年まで支援を行いました。

寺院での検診活動

カンボジア

1998年4月、フィリピン・マニラのWHO西太平洋地域事務局(WPRO)で、当面の寄生虫症疾患対策は「カンボジアにおける住血吸虫症および土壌を媒介とした寄生虫症のコントロールプログラム」が優先課題であると合意されました。これを受け、当財団は、1999年からWHO、カンボジア保健省、国境なき医師団、UNICEFと連携を図り、現地活動への協力行うことになりました。

村での検診調査活動

当財団は日本から専門家を現地に派遣し、集団検診などの現地調査行いました。また、2007年まで、WPROを通じて現地の保健省が実施する対策、指導者のトレーニング、集団駆虫などの活動費への支援を行いました。その結果、流行地住民の感染が激減し、政府保健省は制圧目標を掲げるまでに至りました。2004年7月、カンボジアはWHOが目標としている2010年までの就学児童の75%の集団駆虫治療実施目標を達成しました。

学校での検診調査活動

東ティモール

2003年から2006年まで、WHO南東アジア地域事務局(SEARO)を通じて東ティモール民主共和国のフィールド活動のサポートを行い、また技術協力として日本から専門家を派遣、検査用機材の供与を行いました。ハンセン病制圧活動の調査で同国を訪問した際、SEARO担当官より寄生虫症対策、特に現地で問題になっているリンパ管フィラリア症、フランベジア、腸管寄生虫症対策の立ち上げに対する緊急協力要請がありました。

その背景には、アジアやアフリカの多くの地域では、約20億人が慢性的に腸管寄生虫に感染し、その大半が学童期の児童で、感染は成長の遅れや学力低下という深刻な影響があり、再感染を繰り返すという点から大きな公衆衛生問題となっていること、またその対策として、駆虫薬により感染虫の数を減らすことで寄生虫症の影響を大きく軽減できることがあります。

WHOは、2010年までに感染の危険のある児童の75%を、定期的駆虫薬投与プログラム下に置くことを目標として掲げました。一方、蚊により媒介されるフィラリアについては、世界83カ国1億2千万人が感染の危機にさらされているといわれています。フィラリア感染は四肢の浮腫による機能障害および腎臓・生殖器官などへの影響、外見上の変化からくる社会的偏見・差別などから就業の機会などを奪われ、公衆衛生上の問題であると共に社会的問題ともなっています。
さらに、WHOは2015年までに感染地域の全人口に対し、年1回の駆虫薬投与を5~6年継続することにより感染を断ち切ることを目標に掲げました。このような経緯から、当財団はWHOを通じて2003年、2004年度に事業立ち上げの支援を行いました。

パイロットプロジェクトとして2つの県を選び、統合プログラムの実施、保健ボランティアの育成、検査結果の評価を現地保健省とWHOが行い、現地での調査及び検査、その後の評価活動については日本から専門家を派遣しました。

有病率の調査結果では、北部海岸沿いは南部海岸沿い(貧困地帯)より低い傾向にあり、また中央に位置する山間部での有病率は低かったことから、媒介蚊が水田地帯に発生することとの関係が考えられます。WHOはリンパ管フィラリア症と腸管寄生虫症を制圧するため、2004年に現地保健省と全住民の集団治療(フィラリア症は年1回、腸管寄生虫症は年2回実施、治療薬はジエチルカルバマジンとアルベンダゾールを用いる)を行い、現地における寄生虫症対策コントロールプログラム立ち上げに寄与することができました。

フィリピン

フィリピンでは、1975年に専門家によるチームを結成し、土壌伝搬線虫の駆除方法の開発を開始、1978年からはフィラリア症対策などを行いました。
1979年、日本の専門家とフィリピン政府保健省住血吸虫症対策局との間で、寄生虫症対策活動について協議し、政府などの支援から外れている住血吸虫症流行地であるボホール島(東西約100kmの島、北東端の2自治体、当時人口約6,000名)が対象地に選ばれました。
住血吸虫は貝の中で育ち、幼中となり水中を泳いで人の皮膚に侵入し感染します。毎年4名の専門家を派遣し、合わせてフィリピン人研究者を日本に招聘し研修を行い、現地活動用の薬剤(治療薬、殺貝剤など)、移動用車両、機材などの支援を行いました。1986年以降、年2回実施した殺貝作業によって発生源は半滅し、徹底した治療によって患者数も激減しました。その成果をフィリピン保健省が注目し、1989年から「ボホール島の住血吸虫症根絶」を行政目標に掲げ、対策に力を注ぐようになり根絶に近い状態に至りました。日本からの専門家派遣は1999年まで継続し、同国の住血吸虫症対策に貢献しました。

学童への検診

ラオス

1992年からタイのマヒドン大学で実施した技術者研修(日本寄生虫予防会委託)にラオスの専門家を招請、人材育成の支援を行いました。また、1994年からはラオス保健省及びマラリア・寄生虫・昆虫学研究所からの要請により、タイの専門家と協力し、メコン河地区の住血吸虫中間宿主貝の対策調査に日本人専門家を派遣しました。
1998年4月、前述のWPROにおいて協議された今後の寄生虫症疾患対策で、「カンボジアにおける住血吸虫症および土壌を媒介とした寄生虫症のコントロールプログラム」が優先課題として合意されたことを受け、フィールド調査活動をカンボジアに移しました。

川での調査
児童への検診の様子