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戦争にも季節があるのでしょうか?―11月に考える戦争の始まりと終わり

11月になりました。
各地から届く見事な紅葉の便りに混じって、北海道からは雪の便りも聞かれます。気候変動で四季がなくなり、二季になったとも云われますが、老いも若きも発信するネット情報のおかげで、東京にいながら各地の四季の移ろいに接しています。

11月11日午前11時。11・11・11と「1」が並んだ時刻に第一次世界大戦を戦ったドイツと連合国の休戦協定が発効したと記憶しています。この協定は1918年11月11日早朝に調印され、午前11時に発効、西部戦線の戦闘が停止しました。正式な講和条約、ヴェルサイユ条約の調印は翌1919年6月28日でした。

ところで、第一次「世界」大戦という名称には、少し考えさせられます。当時、西欧が世界の中心と認識されていたのでしょう。確かに戦争の主戦場はヨーロッパでした。しかし、戦闘は中東、アフリカ、アジア、海上にも及び、ヨーロッパ諸国の植民地からも多くの人々が動員されました。ヨーロッパの戦争が、植民地を含む世界を巻き込んだという意味では世界大戦ではありましたが。

第一次世界大戦を題材にした文学作品は数多くありますが、戦争が終わり約10年、1929年出版のエーリッヒ・マリア・レマルクの『西部戦線異状なし』、同じくアーネスト・ヘミングウェイの『武器よさらば』、そして1922年から約20年の間に刊行されたロジェ・マルタン・デュ・ガールの大河小説『チボー家の人々』は高校時代に読みました。私自身は、第二次世界大戦時は幼児でしたが、その後、紛争地勤務の頃にはダルトン・トランボの『ジョニーは戦場へ行った』や歴史ノンフィクションのバーバラ・W・タックマンの『八月の砲声』を読んで戦争について深く考えさせられました。

なかなか終わらないウクライナやガザでの戦争、イランをめぐる不安定な情勢などを思っているうちに、ふと疑問が浮かびました。戦争には始まりやすい月、終わりやすい月があるのかな、と。もっとも、戦争の「終わり」を決めるのは難しいことです。例えば、日本が関与した太平洋戦争の開戦は日本時間1941(昭和16)年12月8日、真珠湾攻撃などに始まります。終わりは1945(昭和20)年8月15日、終戦の詔書が放送された日と私たちは思いがちですが、国際的には日本が降伏文書に署名した9月2日が正式な終戦の日です。さらに、アジアでの戦争を考えれば、1937(昭和12)年7月7日の盧溝橋事件に始まる日中戦争を無視することはできません。どこで何時終わったか複雑です。国と国の戦争でなく、一国内の武力紛争の場合はブスブスと続くことも多く、始まりも終わりも明確ではありません。

私が働いた1980年代末のアフガニスタンでは、農作物の植え付けや収穫の時期、さらに雪の季節には戦闘が下火になることがあり、その時期を利用して子どもや女性への予防接種計画を実行したこともありました。戦争の季節性は、そこで暮らす人々の生活、そして保健医療活動にも関係していたという訳です。

で、国家間戦争に限ってですが、いくつかの戦争の開始と終結の時期を調べてみました。第二次世界大戦ヨーロッパ戦線は1939(昭和14)年9月1日のドイツによるポーランド侵攻が始まり、1945(昭和20)年5月8日のドイツ降伏が終結、9月始まり、5月終わりです。1950(昭和25)年6月25日に始まった朝鮮戦争は1953(昭和28)年7月27日に休戦しましたが、現在に至るまで正式な平和条約は締結されていません。1980(昭和55)年9月に始まったイラン・イラク戦争は1988(昭和63)年8月に停戦、1990(平成2)年8月のイラクによるクウェート侵攻に端を発した湾岸危機は翌1991年1月の多国籍軍攻撃開始後の2月に大規模戦闘が停止しました。と並べてみても、特定の月に戦争が始まり、あるいは終わるという傾向は見えません。が、何事も研究テーマになるものです。スウェーデンのウプサラ大学には、世界の武力紛争を長年にわたり記録しているUCDP(Uppsala Conflict Data Program、ウプサラ紛争データプログラム)という研究事業があり、紛争の開始や終結に関するデータが公開されています。

Uppsala Conflict Data Programより

このような資料から国家間戦争の開始月と終結月を統計的に調べれば何か傾向が見つかるかもしれないとは思いましたが、良くわからない。一方、戦争と季節との関係は無視できないです。その昔の戦争で、冬の雪、春の雪解け、夏の暑さ、秋の収穫など、自然環境が軍隊行動を大きく左右していました。例えば、ナポレオンの1812年のロシア遠征です。補給不足、食糧難、疾病、ロシア軍の抵抗などによってフランス軍は疲弊し撤退時の厳しい寒さで壊滅的な損害を受けました。その教訓を意識したのか、第二次世界大戦時のドイツのソ連侵攻開始は1941年6月22日、また西ヨーロッパ解放の大きな転機だった連合軍ノルマンディー上陸は1944年6月6日、いずれも夏に向かう時期でした。とはいえ、冬に大規模攻勢が行われなかったわけではなく、自然環境が戦争を左右することと戦争が必ず特定季節に始まることは別のように思えます。現代では、航空機、ミサイル、ドローン、人工衛星さらにはAIなど科学技術の発達によって、戦争はかつてほど季節に縛られなくなっているようにも思います。

ナポレオンの戦い(左上から時計回りに:
ボロジノの戦い、モスクワ焼き討ち、カウナスの戦いのネイ元帥、フランスの撤退)Wikipediaより

しかし2022年2月24日に始まったロシアのウクライナ侵攻は冬のさなか、その後の戦闘でも、冬の寒さや春・秋の泥濘、電力や暖房不足などが兵士のみならず住民の生命や健康を脅かしていることは報道からわかります。科学技術がどれほど進歩しても、人間は自然から完全に自由になることはできないのでしょう。

もう一つ思ったことですが、戦争を始めるのは、国の為政者、政治的指導者たちの決断でしょうが、戦争終結は当事国の為政者だけではなく、国際社会のさまざまな関与が必要です。戦争は始めるよりも終わらせる方がはるかに難しい、と云えそうです。実際のドンパチが停止しても、直ちに平和条約が結ばれるとは限らないし、対立の火種はブスブスとくすぶり続けます。国境問題、避難民の帰還や移動、賠償問題。破壊された街や自然環境の修復を誰が担うのか。攻撃を受けた地域の人々の暮らしをどう立て直すのか。さらに、人々の心身に残る傷、亡くなった人々への悼み、戦争によって生まれた憎悪、差別や偏見は何十年にもわたり、時には世代を超えて残り続けます。

第一次世界大戦の休戦から、今年で108年です。
11月11日を、単に昔の戦争が終わった日としてではなく、戦争を始めないためには何が必要なのか、私たちは平時に何をしておくべきなのか、そして戦争を終わらせるために、戦場から離れた場所に暮らす私たちには何ができるのか、改めて考えたいと思います。平和、平和と声高に叫ぶだけで戦争を防ぐことができるのでしょうか。

戦争が始まりやすい季節があるのかは判りませんが、平和を護る努力に、季節は関係ないとは思います。