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Chair's Blog 会長ブログ ネコの目

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戦争は国と国の対決・・・人と人は国を超えて連結する

PHP問題でホームページを閉めていましたが、再開できました。早速ブログを。

先日、群馬県草津町にある国立ハンセン病療養所 栗生楽泉園を訪ねました。
草津とハンセン病の関係については、また別に書きたいと思いますが、今回は、その折に立ち寄ったベルツ記念館・・・街の入り口にある道の駅の2階が「ベルツ記念館」でした。1階では、地産のお土産を買い、道を挟んだインフォメーションセンターでは、お土産を買った際に頂いたソフトクリーム10%割引券も活用しました。

など、食い意地を張っていましたが、改めて近代化の時代に日本に暮らした一人の外国人とその奥方について・・・

エルヴィン・フォン・ベルツは1849年、ドイツに生まれました。1849年は嘉永2年です。日本の周りはかなり騒がしくなっていた頃ですが、明治維新の20年前、公的な海外交流は長崎出島に限られていました。その年、その長崎出島の商館医だったドイツ生まれの医師モーニッケがバタヴィア(現在のインドネシア・ジャカルタ)から生の痘瘡(天然痘)のかさぶたを取り寄せた年でした。それから約30年、ベルツは1876(明治9)年に26歳で日本政府に招かれて来日しました。東京医学校(現東大医学部)で長く医学を教え、皇室の侍医となり、日本の近代医学の発展に大きな足跡を残しました。日本滞在は29年にも及びました。そのベルツ博士が愛した場所の一つが草津です。

ベルツ記念館

来日2年後の1878(明治11)年、初めて草津を訪れて以来、たびたび足を運び、温泉の泉質や独特の入浴法を研究されました。そして、温泉だけでなく、草津の自然・・・山や空気や水、温泉を含めて草津は優れた保養地だとして高く評価し、そして海外にも紹介されました。「草津の恩人」と呼ばれているのも納得です。

毎度の古い話題ですが、子どもの頃、「ベルツ水」という薬?の名前を耳にしたことがありました。薬局で売っていたような記憶があります。そのベルツ水はベルツ博士が箱根に湯治された際、宿の女性たちの手がひびやあかぎれで荒れているのをご覧になって、調合されたのが始まりだったそうです。「下女」の手が水仕事などであれている、今は死語でもありますし、差別語でもありましょうが、働く女性の手の荒れに目を止められ、薬を作られた・・・優しい方だったのでしょう。

ベルツ博士の像
ベルツ記念館に展示されている書籍「ベルツ日本再訪」

そのベルツ博士の長い在日生活は、後に「花・・・ハナ」と名乗られたベルツ夫人荒井花子の存在があったと思います。記念館に、若い頃の花夫人の写真、絵がかなり展示されていましたが、厳めしい気なベルツと並んでも見劣りしない凛とした日本女性です。明治から大正にかけて、こんな女性がおられたのです!

ドイツ人医師と、多分、大いに伝統的つまり封建的であった頃の日本人の女性・・・お二人は日本で家庭を築かれましたが、後にはドイツでも暮らされています。ベルツ博士が長~く日本に滞在された理由の一つは、花夫人の存在だったのは間違いない・・・と私はお二人の写真の前で納得しました。日本に本格的な近代医学を伝達するというやりがいのある仕事、お好きな草津もあったでしょうが、花さんがおられたからは絶対にあったでしょう。

そして、何と草津には、もう一人心に残る方の存在がありました。ベルツ博士と同じく日本の近代医学に貢献したドイツ人外科医スクリバです。草津市の西の河原(にしのかわら)公園にあるというお二人の胸像に今回はご挨拶できませんでしたが、次回の楽しみに。

花夫人

日本の医学は、かつての中医学・・・漢方医学からオランダの医学に、そしてドイツ医学を主体とするようになり、近代化の時代を過ごしました。さらに第二次世界大戦後にはアメリカ一辺倒になりましたが、世界の医学の変化の趨勢は、今や地球規模で一体化しています。その流れの中で、それぞれの国から受けた恩恵を、日本はまた違う国に伝達する責務もあると思います。長い歴史の中で、少しずつ広がってゆく良きこと・・・保健医療の発展に比べると、一瞬で多数者の命を吹っ飛ばす戦争の何と愚かしいことでしょうか?

同じ人を敵と味方に分かつイクサ、国が違うというだけで、昨日までの友人も「敵国人」と呼んだりした・・・避けがたいイクサであったとしても、愚かなこと・・・

日本は過去80年間、イクサをしていませんが、世界には今もドンパチにエネルギーを費やしている国の・・・為政者がいます。破壊に費やす経費をもって、攻撃している国の子どもたちの喜ぶことをすればよいのに・・・と思います。

ベルツ博士が日本に残こされたものを考えると、国と国との関係とは別に、人と人との間には、知識や病む人の癒し方、異なる文化や暮らし、人々をいつくしむ気持ちがあれば、それは必ず、次の世代に伝達される何かを残すと思います。ですから、日本のためにご貢献くださった外国の人々のこともしっかり記憶しておきたいと思いました。

「ベルツの日記 上・下」エルウィン・ベルツ(著)
「花・ベルツへの旅」シュミット 村木眞寿美(著)