会長ブログ Chair's Blog

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ピアソン空港

当<マサ>に身に余る光栄というべきものでしたが、過日、第15回ヘルシーソサエティ賞を頂きました。そしてたくさんのお祝いの言葉を頂きました。それも、また、身に余る光栄でした。

その感想を書きたいと思っていますが、まだ、十分咀嚼できていないまま日が流れています。そして、2019年3月20日から、カナダの看護状況、正確には在宅看護の実態見学、視察にまいりました。

日本時間2019年3月20日、羽田空港をたちました。同行を願ったのは、「日本財団在宅看護センター起業家育成事業」の関係者です。12時間の空の旅、35年前に、国際血液学会で訪問して以来のトロントに着きました。

トロントは、カナダ最大の都市、オンタリオ州の州都です。

2018年のカナダの総人口は54,881,659人、65才以上は19.8%(CIA Factbook 2018.07)ですから、やはり高齢化は進んでいると申せます。ただ、いわゆる移民国家でもあるこの国の特徴は、人口の民族構成の多様性、同上の情報では、カナダ人32.2%、英国人18.3%、スコットランド人13.9%、フランス人13.6%、アイルランド人13.4%、ドイツ人9.6%、中国人5.1%、イタリア人4.6%、北米インディアン4.4%、東インディアン4.0%、その他となっています。例えば、ニッポンという国に、ルーツが日本の日本人が30%で、残りの70%は外国生まれ・・・と云う状態を想像できますか? そして、それらの多様なルーツの人々が、ぴったり仲よくでなくとも、上手に折り合いをつけて住んでいる国・・・

幸か不幸か、周りは海、そしてごく最近まで、ほぼ単一民族の日本人がほとんどだったわが国とは対極にあるような国です。それにしても、カナダのカナダ人という云い方も何か可笑しい気がしますし、英国人とスコットランド人が別々に数えられるのも、単一民族性の高い私に、エエッ?スコットランドは、イギリスじゃないの、と少し奇異に思えます。が、民族性の難しさ・・・あるのだろうなぁと、愚かし気な感想。そう云えば、カナダ北東部のフランス語圏ケベックの独立運動がありましたね。が、この地を除いて、いわゆる民族闘争が大きな暴力紛争になったことはないように思いますし、ケベックも、現在は、政治的闘争の種が残っているようですが、銃をぶっ放すようなことは収まっていると思います。

多分、皆が力をあわせないと、ロシアに次ぐ世界第二の広大な国土を維持できないのでしょう。

さてトロントは、五大湖オンタリオ湖の北西岸にあります。人口は600万強(同)ですが、何十年のもの歴史をもつ在宅/訪問看護組織、企業があります。今回は、そのいくつかを見学させて頂きます。

そしてそのトロントの空港が、正式にはトロント ピアソン国際空港(Toronto Pearson International Airport)です。

ピアソンと聞けば、国際開発に携わるものには、ちょっと引っかかるはずですが、私が単に古いだけかも。このカナダ最大で最も忙しい空港に名をとどめられているのは、トロント出身、カナダ最大の政治家ともよばれる第14代カナダ首相レスター・B・ピアソンです。

ピアソンは、1945年の国際連合の設立にも、最近、米大統領が離脱を云々したりして、また、ヨーロッパの東西対立を想い出させたNATO(北大西洋条約機構)設立にも関与しているだけでなく、第二次中東戦争(1956)時に、現在にもつながる国連平和維持活動と、実際に緊急国連軍創設を提唱し紛争解決に貢献しました。そのため、翌1967年ノーベル平和賞を受賞しています。1963年から68年の首相であった間、今のメープルリーフ入りカナダ国旗を制定し、今回、私たちが学びたい年金制度や医療費改革(半分を連邦政府、半分を州政府が負担)を導入、農村部開発基金の創設など、内外に成果を上げられ、ほんとに偉大な政治家です。

そのピアソンの名をとどめている開発関連報告書(1969)は、時の世界銀行のマクナマラ総裁の要請によって、わずか1年でまとめられたものですが、開発援助にたずさわり始めた頃には、真剣に読みました。日本語版は、委員の一人でもあり、後に外務大臣もなさった大来佐武郎氏の監訳版があります。

ピアソン空港に無事についた時、懐かしい・・古い時代を思い出しました

まもなくピアソン空港

ピアソン報告に日本語版は『開発と援助の構想―ピアソン委員会報告(1969年)』 

本文は、こちらから読めます。

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