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私たちも生物の一種『人類と感染症、共存の世紀』デイビッド・ウォルトナー=テーブズー最近読んだ本 3.

バイデン大統領が大規模災害を宣言されたアメリカ テキサス州の大寒波、電気代が170万円に上がったお宅があるとか、誰が、どう負担するのか、ちょっと政治問題的です。一方、日本は、2月だというのに、20度を超えた地域が沢山あります。頭の中で、「気候変動」「環境破壊」などという言葉がチラチラします・・・

カナダの獣医学者、そして疫学者である『人類と感染症、共存の世紀』の著者デイビッド・ウォルトナー=テーブズ先生は、ユーモアがあると云えばそうですが、とても皮肉屋さんのようです。が、この本を読むと、2019年末からの新型コロナウイルスの世規模流行(パンデミック)は、起こるべくして起こったのだろうと思えます。それは、地球上で共存しなければならない野生の動物や、見えない微生物の生存環境を、人間だけが破壊し続けてきたツケとも読めるからです。いわゆる開発を否定するものではありませんが、地球、いえ、宇宙創設からの色々なバランスを、その長い経過から申せば、地球上にごくごく最近出現したヒトという生物が、地球環境を濫用し過ぎたためとも読めます。何度も溜息をつきながら、ちょっと難しい、ややこしい「人獣共通感染症」の解説を読み終えました。病気のことを書いた本ですが、人類とその近くにいるあらゆる生物の存在をどう考えるか、ある種の達観を得たような、そんな気持も起こりました。

COVID-19と命名された新型コロナウイルスによる病気も「人獣共通感染症」です。人間と多数の動物、猫や犬やウサギやハムスターや小鳥などのペット、牛や馬や豚などの家畜、鶏、アヒルなどの家禽類、あまりペット化されてはいませんが、毎日のように口にする魚、さらに私たちの周りにうじゃうじゃと生きている昆虫や目には見えていない、もっと小さな生物などなどが、その体内外に、さらに小さな細菌やウイルスを持って、人や動物の間を行き来しています。彼ら微生物も、生物学的にですが、どうやって生き続け繁栄するかを考えている・・・ダーウィンの選択の理論ですが、そして、ついでに悪さをする・・・それが「人獣共通感染症」です。

この1年余、毎日、コロナという言葉を見たり聞いたりしなかった日はありません。症状はないものの、検査陽性で隔離が必要だった方、発病された方、その人々をケアした方、お世話せざるを得なかった方、そして感染防止用の消耗品の全世界的な不足も記憶に新しいところです。2021年2月24日現在、全世界の感染者数は112,503.016人、この感染症で亡くなった方は2,494,640人、アメリカでは504,775人もが命を奪われています。アメリカの人口は日本の3倍近いのですが、それにしても膨大な数の人命が、1年前に現れた一つの新しい病気で失われたのです。

『人類と感染症、共存の世紀』の著者デイビッド先生は、新型コロナウイルスだけでなく、中世ヨーロッパの人口の1/3を奪ったペスト、わが国ではほとんどない人獣共通感染症ではありますが、世界的には、まだまだ深刻なライム病、アフリカ睡眠病、シャーガス病、何とか脳炎や出血熱と命名されているウイルス性感染症、そしてわが国では1956年来は人の発症が、1957年来は動物での発症も無くなった狂犬病(外国で犬にかまれて帰国後発症の例は、1970、2006年と2020年5月にある)などなどをていねいに、興味深いエピソードを交えて解説されています。

目次の前の「はじめに」に記載されているように、感染症に対応するための根本は、私たち自身も一つの細胞そして微生物となって、それから進化してきた、いわば微生物的細胞の集まりであることを理解しておくこと、それが特に人獣共通感染症の理解には必要だと強調しておられます。

途上国とよばれる国々での「人獣共通感染症」研究・・・犬のうんちを集めたり、猫のおしっこの流れを追跡したエピソードはとても興味深いのですが、著者のデイビッド先生の立ち位置は、人間の側ではなく、動物にあるのは、さすが高名な獣医殿だと感心します。人間相手の医師が、病人を診るのに対して、デイビッド先生は、「獣=動物」を視て、そして彼らに巣くう微生物を観ていらっしゃるだけでなく、その生物たちが住んでいる自然を眺め、地球の歴史をみておられることが判ります。

私たちは、判っていても、なかなか習慣を変えられないのですが、いくつかの先進国の理論的科学的理念に基づく開発協力のいくつかが失敗した理由、現地の人々の長年の生き方を強制的に変えようとしただけだった・・・と、私は自分の経験を振り返りつつ、興味深く読みました。

先生は、動物の残骸と糞の山、餌をあさり脱糞し顔を洗う犬とブタと人間が一緒くたにいるネパールのカトマンズで、動物の解体とゴミと感染症の問題を「解決」しようとした先生たちグループの試みを考えさせられたとおっしゃっています。グッドサイエンスと文化の尊重はなぜ共存しないのか・・・

古来、私たちは、人獣一体で生活してきました。日本でも、数十年前の地方、特に農村部では、広い屋敷の中に、牛や馬や鶏の小屋があって、犬や猫どころか、夏にはカエルや蛇もわがもの顔とは申さないまでも、割合、自由に動き回っていました。かつて住んだり、訪問したりしたパキスタン、アフガニスタン、インド、ネパール、ミャンマー、ブータン、フィリッピン、カンボジア、ベトナムなどなどの村落では、大抵、子どもたちは動物が友だちでしたし、アフリカの国々では、野生動物も身近でした。が、だからといって、四六時中、重篤な感染症が発生していたわけではありません。何故、時に、ある感染症が重篤化したり、新たな微生物が出現したりするのか・・・

人間と家畜と、古来存在する動物などと人の間を微生物がどのように移り歩くかをていねいに解説しつつ、動物も昆虫も、そして微生物も生きるためにさまざまな工夫を講じている、時に悪さをする力が過大になる・・・が、感染症を起こす微生物は、移り住んだ宿主が全滅すると、自分も生き延びられないことは知っている・・・ので、何とか折り合いをつけようとしている・・・そして、そのバランスを一方的に崩しているのは私たち人間でしょうか。社会・生体システム全体の健康を新たに考えるべき時なのです、現在は。

終章だけを読んでも良いと思う程、最後に先生の哲学が明確に述べられています「ソーシャルディスタンスといえども、連帯感が必要なこと」「社会的不正が大規模に人を殺している」が故に、格差は是正しなければならないこと、そして、「すべての対策にはプラスとマイナスがある」から、出来る限り、プラスを大きくマイナスと小さくする工夫が必要なこと、そして「ポストモダンではなく、ポストノーマルサイエンス」をめざすべきこと。

とても勉強にはなりますが、馴染みない病気の名前が延々と出てくるので、ちょっと頭痛い本ではあります。先に述べましたが、動物寄りというよりは、もっと微生物寄りのようにも読めるデイビッド先生の哲学は、私たち人間が好き放題に開発し濫用してきた地球資源が限界に近付いていることを語っておられると思います。第3波が鎮まりつつある新型コロナパンデミックの次が、単に4波、5波でなく、さらにまだ見ぬ微生物との遭遇でないことを切に祈り・・・ではなく、今日からの生き方を慎むべきだと肝に銘じました。

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