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Chair's Blog 会長ブログ ネコの目

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テロ

2001.9.11から20年が経ちました。

2001年、前年、十数年在籍した現国立国際医療研究センター国際協力局を退職した私は、日本赤十字本社国際部を経て、福岡県宗像市の日本赤十字九州国際看護大学での教員生活を始めた年でした。あの日、宗像市から車で30分、福岡市東区に借りたマンションに帰って、TVをつけた時、2機目のハイジャック機がワールドトレードセンター南棟に突入する瞬間でした。既に最初の機が突入した北棟の上部から黒煙が噴き出ていました。一瞬、これは何?ニュース?ドラマ?何チャンネル?と混乱しましたが、聞きなれたアナウンサーの声がニュースであること、現実に起こりつつある事件であることを繰り返していました。CNNに切り替えたところ、「ビル周辺で異様なものを見つけても触ってはいけない」という警告のテロップでした。テロ・・・が疑われているのだと確信しました。

その約10年前のアフガニスタン難民支援、数年前のWHO本部緊急人道援助部勤務では、得難い経験をしました。90年代に広がったComplex Humanitarian Emergency(複雑な人道の危機、通称CHE)を扱ったこともあって、テロ関連の資料にも目を通していました。民間航空機というおよそ武器とはなり得ないものを用いて、同時に、数ヵ所のアメリカのシンボル的建造物を攻撃する!!何という計画、誰がどう企画したのか、武器を使わずに恐怖を与える・・・何ということでしょう。

テロの語源は、フランス革命時にあります。典型的な資本主義革命とされるフランス革命は1789年7月14日に勃発しましたが、すっかり落ち着くには、数年間の血生臭い時代がありました。

この革命期の後期1793~94年頃、権力を握ったロベスピエールは、反革命派、自分に対立するものを次々にギロチンにかけました。ギロチンは、その昔の死刑執行は斧で首をはねたそうですが、死刑執行人が未熟だったり下手くそだったりすると、一撃で死を与えられずに苦痛をあたえることから、受刑者の苦痛を和らげる「人道的」目的で開発された、柱の間にうつ伏せにした死刑囚の首に3、4mも上から大きな刃物を落し、瞬時に首を切断する道具で、人道的死刑だそうですが、これを頻用したことで、ロベスピエール時代の為政形態を恐怖政治(フランス語でla Terreur ・・・テルール)と呼びました。これがテロの語源。当時の恐怖政治(テロール)は、権威者が自分に歯向かうものをやっつけることでした。

フランスブルボン朝の最後の皇帝ルイ16世と妻マリー・アントワネットも断頭台でギロチンにかかったことはよく知られていますし、革命でしたが、何と恐怖政治元祖のロベスピエールの首もギロチンで切り落とされています。

その後、テロは、弱者が強者である政府や特権階級を懲らしめるために行う、政治的意図を持った暴力的行為とみなされてきました。1990年代末、WHO本部勤務時の仲間との勉強会で、当時、世界的に広がりつつあったテロリズム時代の最初は、1995年、日本のみならず世界を震撼させたオウム真理教地下鉄サリン事件と仲間たちが結論づけた時の云いようもない不安感を、今も覚えています。

現在のテロリズムは、様々な集団、時には個人が、自らの目的を達するために、誰にでも行う暴力行為に拡大されているようですが、本来は、政治的な意図をもって行われています。現在、幾らかの不穏国、地帯で起こっている暴力行為をすべてテロと十把一絡げに呼ぶのは、ちょっと抵抗もありますが、テロ行為が頻発する社会、世界こそが問題だと思います。

9.11の半年後、ニューヨークで、避難された方や被災者のご家族の調査に参りました。とても印象的なコメントがありました。

ひとつは、最初に飛行機が突入した北棟の、わりあいと下の階におられた女性で、妊娠中だったこともあって、いったん避難したあと、大丈夫・・・と戻った方がおられたが、お腹の赤ちゃんを考え、事務所には戻らなかった・・・「子どもが私を救ってくれた」とのお話。

もう一ひとつは、「アメリカは国内を攻撃された経験はない。これは、アメリカ本土を襲った、そして負け戦になるかもしれない戦争なんだ!」とおっしゃったご年配の男性です。

当時住んでいた福岡で存じ上げた方のお身内が犠牲者だったことも知りました。

あれから20年。その期間が、長いか短いかを云々することはできませんが、私、そしてすべての人はそれだけ老いました。

1990年頃、酷暑のペシャワールの疎水で泳いでいた丸坊主のアフガン難民の少年たち・・・私は、当時、嬉々として彼らに予防接種を行いました。病気を防いで生き延びた彼らにどんな生活が待っていたのか・・・それからは、さらに30年が経ています。

誰一人、タリバンになっていないと信じたいですが、そんな甘い環境ではありますまい。彼らはどうなっているのでしょうか・・・テロという文字をみると、疎水でふざけていた彼らを思い出します。