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医療から公衆衛生 International Health国際保健、Global HealthグローバルヘルスそしてPlanetary Health地球保健

毎度の古いお話です。1960年代末、駆け出し医師の頃、ヨーロッパ観光の付き添いで国際線に乗ったのをきっかけに、30代に入ってからは、ほぼ毎年のように、何らかの国際学会に参加する機会がありました。1964年の東京オリンピックを期に、わが国は先進国の一角として輝いていましたが、70年代後半、アメリカ国立衛生研究所の一角 NIEHS 国立環境衛生研究所の客員研究員として働いた頃、日本ではまだ見ぬコンピュ―ターも、高名な研究者のお宅にはあり、やはりかの国のダイナミックさには圧倒されるものがありましたが、ニューヨークなど大都会だけでなく、地方都市の住宅地でも、ベトナム戦争後遺症的なやや荒廃した印象がありました。この時代まで、私は、先進国の医療施設の中での医療しか見えていませんでした。
80年代後半、難民支援に従事した折、結構経験ある臨床小児科医だった私は、当初、難民キャンプという現場では機能できませんでした。

病院という医療施設の中では、多分野にわたる複数専門家が持てる知識と能力を活用し、使用可能な機器資材を投入して、一人の患者の病気に対して立ち向かいます。Cure治療とはそのような過程です。難民キャンプ、また、多くの開発途上国の、特に地方では、そもそも医療施設が無いか、あってもほとんど機能せず、必要な資機材薬剤がない・・・しかもそんな環境下に、一人、二人でもなく、多数者の健康をどう維持するかが仕事です。もちろん、肺炎の子どももいました。何とかわずかな薬剤を使って、一時的に治療することは出来ても、同じ子どもが、もう一度、同じように肺炎にかからないという保障を提供することは不可能であるだけでなく、一人の肺炎の子どもの周りには、同じ危機にある子どもが沢山存在していることも稀ではありませんでした。病院医療では、結構、バリバリ働いていた臨床小児科医であった私は、数ヵ月、落ち込み、悩み、考え、年若いイギリス人のパブリックヘルス経験者に弟子入りして、やっと訳が判りました。私は、何万人の難民の子どもの中のたった一人しか見えていないのに、彼女は、難民という集団を診ていたのです。

公衆衛生Public Healthに目覚めた瞬間、私の人生は変わりました。
後に、1990年代初頭に、勉強の機会を得たジョンズ・ホプキンス大学公衆衛生大学院は、世界初の公衆衛生(Public Health)大学院ですが、その中には、ある国が他の国の保健衛生・・・医療でなく、集団の健康をみる公衆衛生的介入のための学際的知識実践を研修研究する分野として国際保健(International Health)が、1960年代から開設されていました。世界に先駆けたそれは、現在に到るも世界の画期的な開発理念でもあるプライマリー・ヘルケア(PHC)の戦略を創案したカール・テーラー博士によってはじめられたものです。幸運なことに、私は既に50歳でしたが、テーラー先生とそのグループの知遇を得て、たくさんの国際保健の知識や考え方とともに、世界的な人的ネットワークの中に入れて頂きました。それは、今に至る私の日々の責務の根底にあります。

さて、開発協力でいうInternational Health国際保健では、ある国がある国に・・・という、やや二国間関係的に理解されているように思っていましたところ、90年代中頃からはグローバルヘルスという名称を用いる人々増えました。いわば持てる国=開発国が持たざる国=未開発な国への関与という二国間の交流に対して、世界的というか複数国間との印象が加わりました。例えば、1990年代に出た国際保健の教科書的書籍は“Textbook of International Health”ですが、2011年に出た同様の書籍は“GLOBALHELTH Disease, Programs, Systems, and Policies”です。そうして、実際に行うことに大きな違いはありませんが、何となく、広がったかな・・・という感じは致しました。

さらに地球上の健康に関する考えが発展したのは2015年でした。
ロックフェラー財団の名前をきかれたことがあるかと思います。
先に述べたジョンズ・ホプキンス大学公衆衛生大学院は、石油事業で大金持ちになったジョン・ロックフェラーI世が、1913年に設立した財団の支援で開設されています。同財団は、人類の福祉増進と教育の支援を目指していますが、2015年、同財団と世界的な医学週刊雑誌ランセットが、「Rockefeller Foundation-Lancet Commission on Planetary Health」を立ち上げました。

ある国のPublic Health(公衆衛生=集団/人々の健康)からInternational Health(国際保健=他国の人々の健康)そしてGlobal Health(地球保健=多数国の人々の健康)を超えたPlanetary Health=地球規模の人々の存在とその基盤となる環境を守る)に到りました。

今回の新型コロナパンデミックを思えば、私の健康がどこかの国の人々の健康と直結していることを実感します。そして、新しいウイルスは、世界の開発・・・地球環境の破壊によって、これからも出現し続けるでしょう。私たちの健康をまもるためには、他の国の人々の健康そして地球規模の問題への取り組みをも視野に入れないと不可能な時代なのです。

今、この瞬間にも、北極や南極の氷床が、また、ヒマラヤやアルプスの氷河が解け続けているでしょう。それは、私一人そしてあなたの責任ではありません!危機的時期を超えているのです。プラネタリーヘルスとは何じゃ?私には関係ないわ!とそっぽ向くことがあなたの健康を蝕んでゆくのです。

ノルウェーの平和学者ガルトゥングの構造的暴力の理論によりますと、暴力を行使する主体が存在しないような暴力こそが構造的暴力としていますが、誰かがどこかで石油を使って温暖化が進む・・・どこの誰かは、自分の行為の結果が何をもたらしているかに気が付かない・・・例えば、格差社会で、貧しく生存が危ぶまれている人々が存在しても、誰の所為でそうなっているのか、誰が悪いのかを指名することは不可能です。ガルトゥングのいう行為者が不明な暴力が構造的暴力・・・ということが地球規模の問題に当てはまるような気がします。

ではどうしたら良いのでしょうか?プラネタリーヘルスは、ヘルス保健分野を超えた新しい概念ではありますが、ロックフェラー財団の支援で、2016年にはPlanetary Health Alliance(PHA プラネタリーヘルス同盟)も生まれています。国際看護師協会や、わが国でも、長崎大学などが既に本分野に関心を示され活動が始まっていますが、世界では40ヵ国の200以上の組織、機関が参画しています。

笹川保健財団が、直ちにこの分野で大きな活動を繰り広げる状況にはありませんが、日本全国に広がっている「日本財団在宅看護ネットワーク」を通じて、地域の人々に、世界の先端の考えではありますが、世界のどこに住んでいても必須のプラネタリーヘルスの考えを広げてまいりたいものだと思っています。