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プライマリーヘルスケアを語る2冊の本

プライマリーprimaryとは、「初めの」、「最初の」の意味ですが、「主要な」とか、「引率する/誘導する」という意味もあります。小学校がelementary(初等の、易しい) schoolとともにprimary schoolでもある所以だと思います。このプライマリーprimaryのつく重要な保健用語にPrimary Health Care(プライマリー・ヘルスケア)があります。

1977(昭52)年、世界の人々の健康を護ることを使命とする国連機関WHO(世界保健機関)の総会で、「西暦2000年までにすべての人々に健康を!“Health for All by the Year 2000(HFA)”」というスローガンが満場一致で採択されました。そして翌年、かつてソビエト連邦の一角だったカザフ共和国の当時の首都アルマ・アタで、そのHFAをどう実現するかを論じる百数十カ国、67国際機関の会議が開かれました。そこで合意されたのがPrimary Health Care(プライマリー・ヘルスケア 通称PHC)の考えです。この78年会議は今では第1回PHC会議ともされますが、今でも古い人間はアルマ・アタ会議とか合意された中身をアルマ・アタ宣言と、開催地名でよぶことがあります。

PHCは、なぜ、40年以上の今日でも世界で重要視されているのでしょうか?

第二次世界大戦後、唯一とも云える無傷の戦勝国アメリカが世界復興を先導しました。戦場となり荒廃したヨーロッパの復興、アジアの安定(これはすぐに朝鮮動乱とベトナム戦争がありましたが・・)、それまで「第三世界」などとやや疎外しつつも多数宗主国が搾取してきたアフリカの開発が始まりました。最初、目が向けられたのは「経済開発」、国の発展を測るに、国民総生産(GNP Gross National Product 国の経済の大きさを測る指数のひとつ)や国内総生産(GDP Gross Domestic Product 一定期間内に国内で産出されるサービスなど付加価値をも含む生産総計)など経済指数が重要視されました。経済発展は重要ではあります。誰も貧乏を好みません。が、経済だけに目を向けると、格差を生じることは必至であり、生産力や消費が評価されるあまり、個々人の生活が蝕まれかねないことは現在も経験するところです。

そのような中で、人間の健康に目を向けさせたHFA/PHCの考えは、経済一辺倒だった「開発」というものが目指すべき真の目的は何なのかを問う、画期的な理念だったと申せます。「健康であること」、「健康を護る手段を確保できること」は人間の基本的人権だと再認識させたとも申せます。

1980年代はPHC全盛の国際協力時代でしたが、だからといって世界がすっかり良くなったわけではありません。が、人々の考えは少しづつ変化しています。開発の評価には、経済指数とともに、平均寿命、子どもの死亡率や罹患率、予防接種率、女性の健康に関わる指数(合計特殊出生率〈一人の女性が一生に産む子どもの数〉、妊産婦死亡)など健康関連の数字とさらに識字率や就学率、特に女性の開発にかかわる指数も重要視されるようになりました。

PHCが、経済による開発の中に「健康」を持ち込んだということは、その後の「健康を規定する社会的要因(1986)」、「人間開発指数(1990)」また「人間の安全保障(1994)」といった数々の開発理念の基となったと、私は考えています。昨今、毎日のメディアで見ない日はないほど普遍化しているSDGs(Sustainable Development Goals 「持続可能な開発目標」2015)の中にも多数の健康関連事項が含まれる理由でもあるとも思います。

PHCという考えが画期的なところは、健康とそれを護る手段が基本的人権でだと改めて謳ったことありますが、その担い手は、国家や専門家だけでなく、個々の人間、私たち一人一人にあるとしたこと、顔の見えにくい経済理論とは一線を画していること、健康を護るための主体は「私」と思いしらせたことだと思います。今更、何を‼ そんなこと当たり前? でも実践できていないのが、残念ながら、世界の大勢です。

国際保健の現場で、PHCにさらされた後ではりましたが、私は1991年に、アルマ・アタ宣言の草稿を書かれたカール・テーラー先生の知遇を得ました。何たる幸運、神さまの思し召し!!でした。

カール・テーラー先生は、「人々が自分の健康を護るためには、健康の重要性と健康であることの意味を、人々が自ら考え、自ら工夫することが大事・・」で、時間はかかっても人々が自ら立ち上がれる助けが大事・・・お金持ち先進国の専門家が、大金を投資したり、先端機器や道具を持ちこんで、やってあげても何も根付かない・・・。時間はかかっても、人々が自分で考え、自分の足で立ち上がれるように協力すること」が大事と繰り返されました。

では、一見、開発途上国のための理念的に理解されているPHCは日本など先進国では無用でしょうか?

確かに、電気、上下水道や交通・通信、医療・教育施設などが整備されている国々と途上国での応用は異なりましょう。しかし、医療資源というよりは国の資源を無駄にしないで効率的に、例えば、わが国が誇るべき国民皆保険制度を維持するためには、日本でもPHCの考えは必要です。

では、どのように・・・

PHC関連の学術論文、報告書、解説書、書籍も沢山ありますが、私の尊敬するお二人の実践家の書かれた比較的新しい著書をご紹介します。もちろん、やや専門的ではありますが、お二人は、判りやすく記載されていますし、日本の高い識字率と国民の学識から、どなたがお読みになってもご理解頂けるPHCの考え方、そして実践の記録、保健医療者としてのよって立つ原点をご高覧頂きたいと思います。

1冊目は、青年海外協力隊医師としてチュニジアに派遣された後、日本の・・そして世界の地域医療を先導された若月俊一先生の佐久総合病院でも研鑽された後、いくつかの地域病院でご貢献されつつSHARE(国際保健協力市民の会)という国際的NGOを作られ、育てられた本田徹先生の『世界の医療の現場から』です。本田先生は、世界のどこにあっても、地域の人々を中心に置いた効率的で献身的な医療を実践されています。沢山の賞を受賞されていますが、謙虚なお人柄を、私はいつもまぶしく拝見しています。先生の、も一冊『人は必ず老いる その時誰がケアするのか』もお勧めです。超高齢化社会に突入した日本が、これまで通り、いつでもどこでも一定の医療を受けるには、住民としてどうしたら良いのか・・・との難問を、先生はお考えなさいよ、と優しく問われていると私は思ました。

2冊目は、上記の若かりし日の本田先生が研鑽された佐久総合病院で、佐久という鄙に根を生やして農村医学とは仰せですが、実はPHCそのものを、世界に先駆けて実践された若月俊一先生の弟子としての日々を踏まえ、現在も、若月イズムを伝道されていると私は思っている色平哲郎先生の『農村医療から世界を診る 良いケアのために』です。この本は、現在も、長野県その佐久総合病院で農村医療に携わっておられる色平哲郎先生が、『日経メディカルOnline』に連載中の「医のふるさと」を中心にまとめられたものです。先生の博学ぶりとチョイうるさ型(失礼!)のご意見が続きます。が、医療の原点ともいえる個々の住民に立ち向かう医師の心構えと申すか人間力の重要さが実感されます。

有難いことに、現在も職にありますが、私は既に生物学的に引退年齢を超えた後期高齢者であり、いわゆる臨床医学からは40代でドロップアウトしています。その年寄りの冷や水的意見ですが、近代的科学的学問としての医学の進歩は止まるところはありません。新型コロナに対するmRNAワクチンの恩恵は、皆、享受しているように・・です。が、さまざまな環境に暮らす人々を癒す保健医療の専門家として、先端技術だけが手段ではありません。現場で、何をどこまで行使するかは、その術者の考え、科学性と、あえて申せば、宗教か芸術性との兼ね合いでもあるようにも思います。かつて、日本だったら・・と思いながら、為すすべなく亡くなる子どもたちを見送った、難民キャンプの粗末な診療所を思い出します。

お二人の多様な人生経験豊富な医師の臨場感ある医療のあり方をご高覧頂くと、わが国においても、あなたにおいても私においてもPHCという考えは、つまり、世界のどの地域、どのレベルの医療にあっても共通なのだとご理解頂けると信じます。