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モンキーポックス サル痘の話

2022年5月22日から第75回世界保健機関WHOの総会が開かれています。

そのWHOが、天然痘という感染症が撲滅されたと宣言したのは1980年の5月でした。

天然痘(small“pox”)は、現在、世界中に広がっている新型コロナと同じくウイルスの感染症ですが、症状はまったく異なります。感染してから1、2週間の潜伏期を経て40度を超える高熱、頭痛、関節痛の後、「全身に」「一斉に」紅斑(赤い発疹)が現れ、一斉に丘疹(ふくらみのある発疹)化し、それが水疱(みずぶくれ)化し、膿疱(ノウホウ。ふくらみの中がウミになる)化し、そしてかさぶたとなる経過をとる・・・と教科書的解説です。発疹は、全身に現れ、水ぼうそうのように、新しい発疹と古いモノが入りまじることなく、一斉に発生し一斉に水ぶくれ化し、一斉にウミとなり、そして、運よく生き延びることが出来ればカサブタ化して、後に少しへこみのある「アバタ」を残す・・・が、致死率が高いのです。

日本でも何度か流行しており、独眼竜として知られる奥羽の武将伊達政宗は天然痘で視力を失ったとされています。世界では、1977年、ソマリアの青年を最後に、地球上からこのウイルスに感染して発病する人はいなくなりました。種痘という予防手段と、最後の最後の発症者を追跡し隔離し、周囲へのワクチン接種を完遂するという疫学と公衆衛生学を、それこそ草の根を分けて実践された先達の功績です。天然痘ウイルスの自然宿主(そのウイルスを保持できる生物)は人間だけなので、このウイルスを保持する人間がいなくなることで感染は途絶されたのです。

私が、その天然痘のポツポツ=poxにとても良く似たmonkey“pox”サル痘という感染症をみたのは、1998年のコンゴ民主共和国でした。古い資料を探し出せないので、少しうろ覚えですが、当時のコンゴ民主共和国(以下DRC Democratic Republic of Congo)のWHO国事務所長のムディ博士と話したことを思い出します。

サル「ポックス」は、1958年、ベルギーの研究所で実験用に飼われていたサルで見つかったsmall“pox”(天然痘)に似た症状からmonkey“pox”(サル痘)と命名されましたが、このウイルスそのものは、元々、ネズミの仲間が持っているらしいのです。この感染症が注目を浴びたのは、1970年、天然痘撲滅作戦中のザイール(現コンゴ民主共和国)で、天然痘様のpoxを持つ少年が見つかったからでした。

ムディ博士からうかがった経過です。ザイールからDRCと国名が変わったものの、1990年頃までの同国の疫学調査(どこで何人発生しているか)では、年間数名から十数名であり、亡くなる人はほとんどいなかったそうです。

ところが、この国は80年代後半から90年代に広がった国内紛争のために疫学調査は中断した上、あるか無きかの保健サービス・・・粗末な診療所も破壊されてしまった。1997年、32年間の長きにわたって君臨!!していたモブツ大統領が失脚逃亡した後、カビラ新政権になった頃に着任したムディ博士が新たに調査を始めたら1,000人を超えるサルポックス患者が見つかったというのです。そして、啓発用のパネルを作ったからといって頂いた写真が、最近のTVに出ているものと同じで、ちょっとびっくりしました。

ムディ博士とは、何度も、コンゴ民主共和国の各地を訪問しましたが、その折々に、アフリカの歴史、保健医療問題、治安、海外からの良い支援や悪い介入・・・などなど、夜を徹して、英語と一部フランス語を交えてご教授頂きました。

私がWHO本部に勤務した20年以上前のアフリカの多くの国の、特に地方には、いつでも機能するような基本的機材が整って、それを動かせる医師や技師や看護師が常在している、日本でなら当たり前の医療施設はありませんでした。その上、暴力沙汰、紛争が発生すれば、そのような粗末な施設でも襲われ、破壊されることも稀ではなく、したがって医師や看護師が殺されたり避難したりするのもよくある話でした。当然、薬や資材補給も止まります。そして、学校も同様、先生が避難したり殺されたり・・・紛争は、ヘルスと教育をずたずたにするのです。

当時とても珍しかったこの感染症が、数年間の間に、年間千の単位に急増したのは医療の問題だけではないとムディ博士はおっしゃいました。アフリカ大陸では、アルジェリアに次ぐ大きさ、いわゆるサブサハラアフリカでは最大の面積をもつDRCの大半は熱帯ジャングルです。戦いを避けて、人々は時にその熱帯密林に逃げ込み、何ヵ月も何年も暮らす・・・正確には生き延びることもある。そして、です。その際、さまざまな動物との接触は望むと望まざるにかかわらず密になり、ウイルスが種(人間を含む動物と種類)を超えて移動する、つまり感染する機会を作っている・・・

当時、DRCにもう一人の知人がいました。今では同国の国立生物医学研究所所長を20年以上も務め、2019年の第3回野口英世賞を受賞したジャン=ジャック・ムエンべ=タムフム博士です。度々のDRC訪問時、治安不穏時にはホテル代の節約もあって、首都キンシャサのムエンべ宅に避難したものですが、この世界的なウイルス学者ともサルポックスの話をしたことがあります。

2000年頃です。「見かけの皮疹は天然痘そっくりだが、ウイルスの遺伝子配列は異なるようだ・・・だから直ちに天然痘のような激烈な感染症化することはないだろう・・・」と云った後、しかし・・・と、ムエンべ博士は続けました。

「どんなウイルスでも、種を超えて移動する間に変質し、しばしば病原性も変化する危険性はある・・・」と。

それから、20年以上、この感染症のことを思い出すことはありませんでした。それが、先週、2022年5月13日以降、猿痘ウイルスの流行地ではない12の国からサル痘患者が続けて報告されているとのWHOの発表です。

2022年5月7日、イギリスでの最初の発症者は、比較的最近、もともとサル痘が存在しているナイジェリアを訪問しているので、その地での感染かと思われますが、他の報告例は、そのような国への旅行歴が証明されてはいません。つまり、このウイルスは、元祖的地域を超えて広がったことになります。そして現在までの発症者は、主にプライマリーケアや性感染症クリニック(Sexual Health Clinic)を受診している男性で、男性同士の性交渉者(MSM Men who have Sex with Men)に限られている・・・HIV/AIDSの最初のようですが、恐らく、早晩、女性へも広がる懸念はあります。

1960年代、医学部学生だった頃、感染症の時代は終わった!!などと聞いたことがありました。人間の傲慢さは、感染症を復活させるだけでなく、戦争、紛争を再発させ、環境を破壊している・・・のでしょうか?少し謙虚になる必要を感じませんか?

忽那賢志先生が、判りやすい解説をアップされています。ご高覧下さい。