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ウクライナ その12 ロシアの侵略100日後のウクライナ

「71年前、ある晴れた雲一つない朝、空から死が落ちてきて、そして世界は一変した。一つの閃光と火の壁が街を破壊し、人類は自らを破滅する手段を手に入れたことをはっきりと示した。(Seventy-one years ago, on a bright cloudless morning, death fell from the sky and the world was changed. A flash of light and a wall of fire destroyed a city and demonstrated that mankind possessed the means to destroy itself.)」

2016年5月27日夕、短時間でしたが、被爆地広島を訪れた初の現職アメリカ大統領バラク・オバマのスピーチの最初です。大統領候補時代の “Change!! Yes We Can!”を彷彿とさせるスピーチでした。

日本へのお詫び文言はなかったものの、全体として人間の傲慢さや開発への反省、戦争という手段の無慈悲さと非生産性・・・から非戦を訴え、ヒロシマが担うべき歴史的役割と意義を強調されたものと私は受け止めました。日本国民としては、ちょっと感情的に不消化でもありましたが、全体としては格調高い理念・・・でしょう。

わが国は、1945年以来、熱い戦争の場に参画してはいません。

が、それをもって、わが国が、戦争とは毫も関係ない・・・とまでは申しませんが、ただの一人の戦死者も出さず、ただの一人をも戦場で殺さなかったこの77年の年月がどれほど貴重なものかと思います。憲法九条をどう解釈するか・・・紛争地で働いていた頃にも、今、安全な地にいながら、戦火がボウボウと燃えているウクライナを想う時にも、きちんと言葉には出来ない思いもあります。

憲法九条の重みを今こそ実感していますが、もし、どこかの国のたった一人の為政者が、フト、わが国を襲撃しようと思い、襲撃布告後、攻め込こもうとした時、この法律で何が出来るのでしょうか・・・・3ヵ月間、恐らく、今日も生き延びた・・・との実感すら持ちえないかもしれないウクライナの戦士たち、燃えさかる住まいや工場に放水する消防士らしき人々やボランティアを観ながら、云いようのない不安にかられることもあります。

ここ1、2週間のウクライナをめぐる報道では、善戦しているとはいえ、ウクライナ軍の戦力低下は著しく(『ウクライナ軍、戦車など兵器の半分失う 損害公表し支援訴え―2022.06.19』)、戦争は長期化の傾向(『ウクライナ戦争「何年も続く可能性」 支援維持訴え―NATO事務総長―2022.06.19』)にあるのですが、ゼレンスキー大統領は激戦地の南部を奪還しようとしている(『ウクライナ大統領、南部奪還を決意 ロシア軍、東部に激しい砲火―2022.06.19』)ようです。

一方、ロシアの側からは、欧州委員会がウクライナの加盟を勧告し(『ウクライナを「候補国」に EU加盟めぐり勧告―欧州委―2022.06.17』)、英首相(『英首相、キーウ再訪問 ウクライナ軍に訓練提供―2022.06.18』)に続いて、仏独伊首脳がキーウ訪問を訪問しウクライナのEU加盟を支援(『仏独伊首脳がキーウ訪問 ウクライナのEU加盟支援―20220617』)するなど、戦争を仕掛けたのはロシアですが、その苛立ちを深める事態が進んでいます。さらに国際刑事裁判所(ICC)がウクライナに事務所を開設し、戦争犯罪捜査を始めます

ウクライナという広大な平原、自然に恵まれた豊穣の地を最悪の人工産物である武器でめちゃくちゃにしあっているこの侵略戦争が、2022年2月24日に始まった直接のきっかけはロシア大統領の決定であることは否めません。

が、目下、激戦が続いている南部、東部ウクライナの人口や使われている言葉からすると、確かにロシア系が優位であることも否めません。ウクライナが、真に独立国となった1991年以来、西(親西欧)にふれ、東(親ロシア)に振れている政治形態や、長い歴史の中の人種の交わり・・・

この侵略戦争が簡単には終わらないことを、終わらせられないことを危惧します。

戦争を始めるのは簡単だが終えるのは難しい・・・ましていい形で終わることなど不可能だ・・・と、紛争地支援の猛者たちと嘆いたWHO緊急人道援助部での日々を思い出します。

ヒロシマで、バラク・オバマ大統領はスピーチをこう結ばれています。

「私自身の国の物語も、簡単な言葉から始まった。『全ての人間は生まれながらにして平等であり、その創造主によって、生命、自由および幸福の追求を含む不可侵の権利を与えられている』。(米独立宣言)この理想の実現は決して容易ではなかった。わが国や国民の間でさえそうだった。しかし、この話に忠実であろうと努力する価値はある。それは、真剣な努力に値する理想であり、大陸そして海を越えて広がる理想だ。全ての人間の絶対的な価値を示し、全て生命は大切であるという揺るぎない主張だ。われわれは皆一つの人類という家族の一員であるとの根源的で必然的な考え方だ。これこそ、われわれ皆が伝えなければならない物語だ。

これが広島を訪れる理由だ。愛する人、自分の子供たちの朝一番の笑顔、台所の食卓越しの夫や妻との優しい触れ合い、心安らぐ親の抱擁といったことに思いをはせるためだ。こうしたことに思いを寄せると、71年前にここで同じように大切なひとときがあったということが分かる。亡くなった人々は、われわれのような人たちだ。普通の人には分かることだと思う。皆、戦争はたくさんだと思っている。科学の驚異は暮らしの向上に焦点を当てるべきで、命を奪うものであってはならないと考えている。国々やその指導者が決断を行うときにこの単純な知恵が反映されれば、広島の教訓は生かされたことになる。」