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「神よ 女王陛下を護り給え “God Save the Queen”」 から「Kingを護り給え」に

エリザべスII世陛下が亡くなられました。

慎んで哀悼の意を表します。

その即位70年を祝われ、ロンドン中がお祭りのようだったのもつい先日だったような気がしますし、亡くなられるたった2日前の9月6日には、治世の間の14番目の首相となるリズ・トラス氏に組閣を要請されているお姿が放映されましたのに・・・。

最後の最後まで、公務を全うされたのですね。

BBCなどを見ると、多くの行事が中止また延期になっています。

当然のことでしょう。そして、女王陛下崩御を知った国民らがバッキンガム宮殿前広場で“God Save the Queen(神よ女王陛下を護り給え)”を歌ったとも報道されています。

この「国歌」・・・ですが、イギリスにはいわゆる慣習法という成文化の有無にかかわらず、大昔から、国民を律してきた慣行(昔からの習わしとして行われてきたこと、usages)と慣習上、則るべき規範(準則customary rules)があり、それによって国歌として認められてきたものだそうです。ただ、さすがにデモクラシーの国であり、文書化されているいないにかかわらず、習慣法は、個人の正義(private justice)と公共の福祉(public welfare)の一般的概念に基づくものだそうです。

王位に空白はなく、イギリスは既にチャールズIII世陛下の御代になり、国歌は、“God Save the King(神よ国王を護り給え)”に替わっていることでしょう。

毎度の昔話ですが、紛争地で働いている時、いくつかの国の国歌をみたことがあります。今は、見るだけでなく、パソコンでもスマートホンででも実際に聴けますが、それらの文言、詩の部分をみますとドキッとするほど激しく、血みどろ文言にびっくりするものもあります。アメリカの国家「星条旗よ永遠なれ」は、イギリスとの戦争の最後に作られたもので、いささか「イクサ」状況がうたわれていますし、フランスの「ラ・マルセイエーズ」もフランス革命時に作られたため、戦争ではないのですが、民衆に武器を取って戦おうと鼓舞しています。わが国の「さざれ石(小石)が岩になって、それに苔が生えて覆いつくすまで・・」といった、悠久の自然を歌った、ゆるゆるしたものは珍しいように思いました。もちろん、それぞれ解釈によって、色々な問題が派生することは理解しています。

さて、イギリス国歌の第1節は、国王、今までは女王陛下の御代が長く続くように・・・との祈りですが、第2節は、敵を蹴散らし潰走させ・・・と勇ましくなります。が、改めて、第4節を読むとびっくりです。「わが国イギリスだけでなく、神の慈悲が世界中の国々に、、、人類は一つの兄弟であり、家族であるべきことを知らしめる “Not in this land alone, But be God’s mercies known, From shore to shore! Lord make the nations see, That men should brothers be, And form one family, The wide world over.」と、畏れ多くも、わが財団設立者笹川良一翁の言とほとんど同じ、びっくりしませんか?

第5節は、またまた、敵や暗殺者から陛下をまもりたまえ・・・第6節はイギリスの17、18世紀の高名な指揮官ウェイド元帥の活躍‥反乱鎮圧の話と、少し勇ましくなりますが、あまり他国の国歌を云々することは不躾ですね。

女王陛下の思い出などと大げさなものではないのですが、実は内緒の話があります。

その昔、1975年青葉薫れる5月、女王陛下が訪日されました。東京での式典、行事を終えられた女王は京都ご訪問後、伊勢志摩に向かわれました。そのお召列車が、当時勤務していた奈良医大に近い近鉄八木駅を通過するのを、こっそり見に参りました。当時は検査室勤務であり、少時、抜けることが可能だったからですが、ホント、内緒でした。もう時効です。

構造上、急なカーブもあってスピードを落とす列車が通過する際、プラットフォームから女王陛下のお姿を拝見したいと皆が願ったのです。が、定かに拝見できたとも申せないのですが、日の丸とイギリス国旗ユニオン・ジャックを手にしたプラットフォーム上の人々の興奮を懐かしく思い出します。

イギリス国歌 

「世界の民謡・動揺」より)