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アダム・スミスをめぐる2冊ーケアの経済性

「経済学の父」ともよばれるアダム・スミス(Adam Smith 1723.6.5‐1790.7.17)の名前や、かの有名な著書『国富論』とか、その中にたった一回だけ書かれているに過ぎないのに、経済をかじっていなくても、また、その意味を正しくは理解できていなくとも、一度や二度は耳にしたり読んだりした「(神の)見えざる手」という言葉をご存じかと思います。

アダム・スミスは、イギリスの経済学者、倫理学者とか哲学者とされていますが、彼が生まれた頃は、激しくイングランド「国」と対立していた・・・歴史をつまみ読みしますと、イングランドから少しいじめられ気味ながら、少し意地っ張りで突っ張っていたスコットランド「国」の生まれです。

も少し申しますと、私たちは、イギリスとか英国とか申しますが、正式なイギリスの国名は「グレートブリテン及び北アイルランド連合王国」で、イングランド、スコットランド、ウェールズ、北アイルランドの4地域から構成されています。エリザベスII世女王陛下を継がれたチャールズIII国王が、すぐにこれらの地方を訪問された理由も、それぞれ微妙な関係を思うと納得です。

17世紀、イングランドとスコットランドは、王さまの権力と宗教がらみでもめ続け・・・と云っても良い時代でした。17世紀初頭のステュアート朝とよばれていた時代には同じ王さまが両地域を統治したこともあって、1705年5月にイングランド王国とスコットランド王国は併合、さらに1801年1月にアイルランド王国も併合しグレートブリテン及びアイルランド連合王国が生まれました。が、第一次大戦後の1922年12月に、そのアイルランドの大半が脱退してしまい、1927年4月以降は現在の「グレートブリテン及び北アイルランド連合王国」となります。19世紀、大英帝国ともよばれたヴィクトリア女王治世下においては、日の沈まぬ国と云われるほど海外に進出していました。別の言い方をすれば世界中に植民地を持っていたのですが、その名残は、現在も本国を含む54ヵ国が自由で平等であり緩やかな連帯をもつイギリス連邦British Commonwealth of Nationsを構成していることです。

前置きが長くなりましたが、昔、それほど発展した地域でもなかったのに、教育には優れたところがあったというスコットランド生まれのアダム・スミスの名前がついた2冊の本をご紹介します。

一冊は、『アダム・スミスの夕食を作ったのは誰か?』スウェーデン生まれのジャーナリストが書いた経済と女性の話・・・経済書でもありますが、ジェンダー論とも申せます。よく言われますが、女性が担ってきた家事、育児、病人の世話・・・今風に申しますとケアという、人間が人間らしく生きるために必須の活動は、男性優位思考の経済界、経済学の中ではきちんと認知されていないことを鋭く追及した本です。経済・・・読みたくない・・・ではありません。是非、ご一読を。スカッとします。

近年、経済は著しく発展しました。が、市場経済ばかりが大きくなって、個々の人間、私(シ)の生活は何だか、以前よりさえないと感じておられる方もおいでかと思いますが、その上に経済発展のツケが今の地球温暖化だとしたら、何だかなぁ・・・です。で、どうしたら良いの?人類を幸せにするという経済学の究極の目的はどこへ行ったのでしょう。

経済Economicsの語源はギリシャ語オイコノミクス(οικονομικός)で、「家」を意味する「オイコス」と「法」を意味する「ノモス」の合成だそうですが、日本の「家政」というのが一番近い感じと教わったことがあります。ところが、近代産業化以降、経済学は「家」を離れてしまった。そして家の中でシコシコと続いてきた家事は現在の経済の中には見えていないのです。このことは、今までも云われていましたが、専業主婦の仕事、家庭の実務専業者が担う「見えざる仕事」や、さまざまなレベルのケアは直接的に経済(発展)と関連しておらず、経済的に適正に評価されてきていない・・・炊事・掃除・洗濯だけでなく、例えば、家庭内でのしつけ(正しい意味で!!)は、未来志向的には国家の将来にも関わると私は思います。また、高齢者や障害者への良質なケアは一体どれ程の経済量になるのか、難しいですね。実は、私どもが現在進めている看護による地域保健・医療の拡充に対しても、経済的な問題がいっぱいあります。

その中でめぐり会った、『アダム・スミスの夕食を・・・』は、とても読みやすくて勉強になりました。実際、アダム・スミスがひたすら学問に没頭し、現在の私たちをも啓発する優れた経済学や倫理学の本を書けたのは、生涯独身だった彼の身の周りの世話を母親が行っていたからですが、その母親の為した世話の経済性はどう評価されている?? エェッ!私、コンビニですけど・・・ではないのです。誰かが何かをするには、そのヒトの生活が成り立つように、どなたかの見えない支援がなくてはなりたたない。その経済性です。

内容な深刻ですが、とても面白く読めるのは、原著もさることながら、中村璃子さんの翻訳力だと思いました。とくに、原著では、”In which we see that you aren’t selfish just because you want more money(お金を増やしたいからと言って、わがままになることはない)” を、「ナイチンゲールはなぜお金の問題を語ったか?」とされています。目からウロコバリバリはがれましょう。看護だけでなく、健康に関わる専門家だけでなく、すべての女性と、そして経済的にバリバリご活躍の男性こそ必読です。

もう一冊は、『アダム・スミス 共感の経済学』です。原題は“Adam Smith What He Thought and Why It Matters(アダム・スミス 何を考えたか、なぜそれが大事か)”です。

こちらは、なんとイギリスの、主に財務畑でご活躍の現役国会議員によるアダム・スミスの伝記、かつその考えを解説したものです。書評などによりますと、アダム・スミスは世界最大の経済学者であるにもかかわらず、その人柄も考えもあまり理解されてないと、博士号をお持ちの研究者でもある国会議員ドノが思われた。で、アダム・スミスがなぜアダム・スミスになったかをその生涯をなぞって解説されています。ちょっとではなく、かなり難しいですが、ま、勢いで読み終えて下さい。なぜなら、翻訳書の題にある「共感empathy」という言葉は、誰かが誰かに「同情sympathy」したり、誰かを「憐れむcompassion」こととは異なり、誰かの苦しみ、苦境を共有する気持ちです。単に、お可哀そう・・・と物をあげたり、何かをしてあげることではなく、その立場になって一緒に考えること。翻訳者が仰せになっているように、経済分野だけでなく、今や世界のトレンドでもあります。私自身は、正しい意味の「共感」こそ、ジェンダー、年齢、国籍、人種、主義主張、そしてあらゆる立場を超えて、ヒトがヒトを適正に理解する際の基礎的感性だと信じています。とても難しいですが。

本書によれば、アダム・スミスは、自分より少し先に、イングランドで生まれたアイザック・ニュートン(1642.12.25‐1727.3.20)の思考を取り入れています。ニュートンは、木から落ちるリンゴをみて万有引力に思い至ったように物理学者です。が、その他力学、光学、微分積分法など、ほとんどの近代科学にそれこそ科学的基礎を与えた人ですが、「我、仮説を作らず!」と宣言しています。

アダム・スミスは、「アリストテレスのように、さまざまな学問分野に順序立てて取り組み、新しい分野についてもすべての現象に当てはまる共通原理を見つけ出す方法もあれば、アイザック・ニュートン卿のように最初に証明済みのいくつかの原理を定め、そこからすべての現象を同じ原理で結び付けて説明する方法もある。後者はニュートン方式と呼べるだろう・・・」と書いています。経済学と物理・・・ムムムですが、どちらの基礎にも共通する哲学的思考があったのでしょう。

私どもの世代と普遍化してはいけませんが、私どもの世代以降、どうも、その哲学というかリベラル・アーツと云うか、基礎的教養・素養が弱いことを改めて、二冊のアダム・スミス本で実感いたしました。台風一過の秋、アダム・スミスとニュートン関連本を今年の秋の読書テーマに致したいと思います。