会長ブログChairman Blog

科学は進歩していますが・・・

毎度のことで昔のお話です。大学卒業後数年し、小児科医としては、少し稀な病気も含め、日常診療に関しては、上司からも信頼されるようになっていた頃です。当時、「新生児」を独立して扱う分野はなく、都会の大病院でも、赤ん坊は「〇〇ママベビー」と記載された熱型表〈診療録の中の体温記載グラフ〉が、ママの診療録/カルテに挟み込まれていただけの1960年代後半でした。

今思えば、夢のような時代・・・勤務していた大阪某大病院の出生数は毎月100以上でした。が、生まれる数が多ければ、当然、赤ちゃん特有の病気も増えます。その中に、それほど多くはなかったのですが、新生児特有の出血症がありました。腸での出血では、黒い、ほとんど血の塊がうんちとして排せつされます。生後数日の赤ちゃんの感情はさだかではないものの、何となく嫌な表情・・・多分気持ち悪かったのでしょう。そして時に脳内の細い血管からも出血、これは大人の脳出血同様、対処が適切でなければ亡くなったり後遺症を残したりしました。

新生児科など無かった時代、上司から赤ちゃんの出血症を研究してはと勧められました。新生児の出血症、ウ~ン出来るかなぁ・・・と、毎日、赤ちゃんから採血しながら思いました。ご承知かと思いますが、新生児は多かれ少なかれ黄疸を発症します。重症黄疸では、黄色い色素が脳のある部分に沈着し脳性まひを起こします。毎日毎日、黄疸検査・・掌に載りそうな未熟児ちゃんからの血液1ccは貴重です。検査科と協力して、僅かな血液での検査を工夫しました。また、小さな赤ちゃんの血管は当然細く、私の採血技術は天下一品、上手でした。もちろん、介助する看護師助産師ドノの支援との合作でしたが、吸血鬼「ドラキュラ」の異名も頂きました。

血液が固まるには、血中の凝固因子(タンパク質など)が働きますが、その中でビタミンK(VK)が関与して肝臓で生成されるものがあります。新生児出血症では、そのVK不足のため、すべての新生児ではないにしても、出血しやすいのです。当時、手探りながら、色々なことを調べ発表しました。うんちの代わりの血便は見えますが、頭の中の出血はすぐに判らないこともあり手遅れになりがち。なぜ、ある赤ちゃんに発症するのか・・・6年間に数千人以上の新生児を診させて頂き、必要な場合に検査し、時にはママの血液や母乳も頂き、出血とVKの関連、母乳児に多いこと、生後2、3日目に最初の危機があること、いくつかの合併症がきっかけになること、当時合成されつつあったVK注射薬、後にシロップが有効なことを報告させて頂きました。これら赤ちゃんのおかげで、「新生児出血症」関連論文を書き、博士号も頂きました。その後、国際分野に転向した私には、医師として、分娩にお付き合いするためには夜勤兼務の今風にはブラック職場でしたが、辛く厳しくも働き甲斐は十分の日々でした。

新生児出血症は、今でも完全解明はされていないようですが、出血症予防のため出生直後と1週間後さらに生後1ヵ月時にビタミンK2シロップが投与されています。50年の間に新生児出血症対策はウンと進みました―科学の進歩です。

前置きが長くなりましたが、そんな過去なので、時折、新生児関連文献を斜め読みしますが、最近の二つの論文、科学の進歩そのものですが、50年前とは異なるため息・・・ウーンです。

一つは、「妊娠中母体高血圧症だった母親の子どもの〈出生から若年成人期までの〉死亡に関する全国人口ベース集団研究(Maternal hypertensive disorder of pregnancy and mortality in offspring from birth to young adulthood: national population based cohort study.)」British Medical Journal 英国医学雑誌の論文です。

概要は、デンマークの1978~2018年の40年間、妊娠中、高血圧が著しく「妊娠障害」をきたした女性から生まれた子どもを全国ベースで追跡しています。1978年生まれは既に40歳、中年です。妊娠・出生・その後の母児の健康の経緯がきちんと登録追跡されて出来た研究です。研究に含まれた240万人強(正確には2,437,718人)の子どもは全てデンマーク生まれ、同国健康登録簿で追跡され2018年12月31日までの死亡または移住を含みます。

色々な統計的処理はなされていますが、「妊娠高血圧症」診断を受けた妊婦は102,095人、内 67,683人は「妊娠高血圧腎症」、679人が「子癇」、33,733人が「高血圧」。 追跡期間中、これらの妊婦からの子どもの死亡は781人(10万人/年当り58.94人)、子癇妊婦からの子どもの死亡は17人(10万人/年当り133.73人)、高血圧妊婦からの子どもの死亡は223人(10万人/年当り44.38人)、同期間中の高血圧症状のない妊婦からの子どもの死亡は19,119人年(10万人/年当り41.99人)。結果として、妊娠高血圧症妊婦とそうでない妊婦からの子どもの全死亡の発生率の差は0.37%、生後の子どもの死が母親の妊娠中高血圧症に関連するであろう割合は1.09%、全子ども死亡に対する母親妊娠高血圧症の存在は、子の若年期までの死亡リスクを26%高めたとしています。その他、周産期(生まれて1週間以内)死亡、心血管系・消化器系・内分泌・栄養/代謝系各疾患の死亡リスクも高めたとし、妊娠高血圧症、特に子癇や妊娠高血圧腎症の妊婦の子どもは出生後若年成人期まで総じて少し死亡率が高く、さまざまな原因の死亡リスクも増加すると結論付けています。統計学的処理と40年の経過観察の成果はすごい!です。が、単純に申せば、妊婦の健康管理の重要性と女性の教育・・・妊娠中の母/父親健康教育の重要性です。

もう一つは、医学を含む科学全般を網羅するScience誌の“Sequencing projects will screen 200,000 newborns for disease genes(新生児20万人の疾病遺伝子スクリーニングプロジェクト)”です。 副題に“Projects in the U.K. and New York City face questions of cost and ethics(英国とニューヨーク市では経費的また倫理的疑問も)”とあります。簡単に云えば、遺伝子を全部調べ先天的な病気の原因を解明する・・・事が目的です。

生まれる赤ちゃん全員の遺伝子DNA配列を決定し、将来、何らかの病気になる危険性?ある遺伝子を見つけ出すという壮大な計画・・・英国では2022年12月12日から、アメリカ ニューヨーク市は来年から実施の約200の稀な遺伝病について10万人の赤ちゃんのゲノム配列解読計画を発表したのです。この論評では、ニューヨーク市の人口構成はきわめて多様だが、10万人の赤ちゃん対象のプロジェクトを始める・・・と。目標は、通常の標準スクリーニングでは検出できないが、治療可能な稀な疾患を見つけるためで、上手くゆけば、将来の病気の遺伝子を見つけ、早期警告し、放置すれは起こる障害や死さえも回避できるといいます。

が、一人の赤ちゃんの全遺伝子解読は、それを誰がどのように利用するかもありますが、深刻な病気を引き起こすか引き起こさないかを、赤ちゃん時代に遺伝子的に決めることが親を不必要に心配させるのではないかなど、多くの倫理的問題はあります。英国プロジェクは政府出資の企業(ゲノミクス イングランド)ですが、その最高責任者スコット氏は、同時により多くの小児疾患も検出できることが、「非常に差し迫った必要性だ」と仰っていますが、そうでしょうか?

再び大昔に戻ります。
フェニルケトン尿症(生きるのに必須の栄養素タンパク質を構成する20数種のアミノ酸の中の一つフェニールアラニンは体内で、たんぱく質分解酵素によってチロシンという別のアミノ酸に変化し使われます。この際、必要な酵素〈の活性〉が欠けているか低いとフェニールアラニンは代謝されずに体内に蓄積する先天的疾患で、知能発育遅延やけいれんを来たし死に至ることも)など、先天的代謝異常症を一滴の尿から検出する方法が工夫されました。新生児のおしっこを取るってなかなかに難しかったですが、今では、ほぼすべての赤ちゃんはその他の先天代謝異常スクリーニング検査を受け、見つかった場合、早期治療されているはず。その後、すべての新生児のかかとからろ紙(コーヒーフィルターみたいな紙)に一滴の血液を採り、検査センターに送る方法で最大数十の先天代謝異常のスクリーニングがなされ、異常が見つかったら、特別食事療法で治療されているはずです。スクリーニング検査は、相当数の検体を一気に検査することで稀な病気を見つけられるのですが、経費が掛かることは当たり前、ですが一人の異常児、やがて大人をケアする経費や、何よりその個人の健康を考えると経済性だけで決められるものではありません。では、全ゲノム配列決定は同じでしょうか?一人当たり最大1,000ドル・・・現在なら一人当たり約140万円、それで一生を左右する病気を防ぎ、さらに生命を失う異常を見つけられたら安いもの!でしょうか?

英国での1 億 2,900万ドル(176億円強)の計画は、2023 年後半から国民保健サービス(NHS)でのケアを受ける妊娠中の親に参加を呼びかけるそうです。2年間で10万人新生児登録を目指しているそうですが、リスクや成人期以降の発病遺伝子だけの警告を避け、両親は5才までに発症がほぼ確実でかつ十分研究されている遺伝子病200の結果のみを受け取るそうです。この事業では、最低、遺伝性疾患を持つ赤ちゃん500人を見つけたいそうですが、このような検査を全国的に行えば、英国全土ではそんな遺伝性疾患を持つ赤ちゃんが年間約3,000人は見つけられると推定しています。科学の進歩ですね。でも、でもね・・・と云いたい気持ちもありますが、皆さまは如何お考えでしょうか?