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Chair's Blog 会長ブログ ネコの目

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ザンビアの母子保健を考える

ザンビアから帰って1週間が過ぎました。

アフリカの・・・ザンビア・・・といえども、日々の変化は当然です。私が、国際保健の現場に入った四十数年前に比べると、事態は大きく変化しています。そして、かつてのように、経済力や多少進んだ知識や技術を持っている、いわゆる「先進国」が、自分たちが良かれと考える計画を、いわゆる「開発途上国」に押し付けるような「古典的援助」では効果をもたらさないことも歴然としてまいりました。

かつての「援助」、つまり持てる者が持たざるものに一方的に流すやり方ではなく、国際「協力」、つまり両者が力をあわせて、「途上国」のそれぞれの地域の人々が、本当に必要だと思うことを、支援を提供する側も、それを受ける側も、ともに意見交換し、工夫して追求するやり方が当たり前になりました。さらに、今では、ある国とある国二ヵ国の関係だけではなく、そしてそれぞれの地域だけではなく、私の国もあなたの国もそれ以外の国々の、すべての人々を含めた世界規模の健康「グローバルヘルス」を求めること、さらに人間が住むだけでなく、人間の生存をゆだねている環境、多様な生物の生存もよって立っている「地球まるごと」の「環境」をも含めた健康「プラネタリーヘルス」を護らねばならない・・・との考えが発展しています。素晴らしいことです。

さて、母子保健と申しますが、それはきわめて範囲の広い、そして最も重要な保健事業です。
今回、ザンビアでのロシナンテスの母子保健事業を拝見し、昔を思い出しました。

マザーシェルターでの妊婦検診の様子

母子保健、横文字でMaternal and Child Health、略してMCHと申します。私は、母と子のどちらに重点を置くかで、CHとかMCHとか申したこともありますが、ロシナンテスの始められたのは、差し当たって母性、母親に重点を置いた、つまりMの大きなMCHと拝察しました。それは、かの地の状況からはとても妥当です。理由は二つあります。まず、女性・・・母親がきちんと知識を修得すれば、その知識の多くは、世代を超えて必ず女の子には伝わります。他の理由は、ロシナンテス助産所(マザーシェルター)の傍の、以前から稼働しているヘルスポスト(日本語では診療所と云いたいところですが、日本の診療所とはとても異なるレベル、でも役に立っています)の受診録を拝見したところ、毎日平均20~30名の受診者で、生後数ヵ月から50歳代まで、やや女性が多いように見受けました。しかし、いわゆる妊娠や分娩や授乳そして育児に関する受診はありません。当然ですが、この国で多いマラリア、下痢、ちょっとした皮膚疾患などが大半で、つまり母子保健の相談はヘルスポストの通常業務にはなっていないのです。ですから、たった2、30mのところにできた助産所の大きなMの母子保健事業は、既存のヘルスポストとの連携でも成果を上げると確信しました。ちなみに、パラパラ拝見した2022年後半からの受診録の最年長は54歳!それ以上の高齢者もおいでとは思いますが、わが国の受診者はおおむねお年寄りばかり・・・大いに違う、この国の若さを実感しました。

妊婦と彼女のパートナー、ヘルスワーカー、川原医師

さて、その昔、女性が妊娠分娩での医療施設受診を妨げる要因は大別すると三つでした。本当の大昔、4、50年前には、まず、①が文化社会的要因、②が物理的要因、そして③が保健医療的要因でした。文化的とは、出産を特別の病気とはみなさないのは良いとしても、そのために医療を利用することを、古典的考えの、失礼ながら伝統的オヤジが反対することです。住まいのすぐ傍に病院があっても、父や祖父、一族の長老、地域のオヤジ指導者が受診を認めない・・・そんな時代もありました。ついで物理的要因とは、医療施設にどうやって行くかの問題。少し離れた地や首都圏には受け入れが可能な病院があっても、道がない、川があるけど橋がない、移動手段の車がない、車があってもガソリンが手に入らない、お金がない・・・などなど、つまり医療施設へ行き着く手段がないことでした。最後の保健医療的要因とは、病院や助産所があっても、きちんと訓練された専門家が24時間勤務していない、あるいは必要な医療器材や消耗品がない、電気や安全な水がない・・・など医療施設の問題でした。これらは、いわば現場で活動している人々の実感でしたが、1994年、アメリカのJohns Hopkins大学コミュニケーションプログラムセンターから、有名な“Too far to walk: Maternal Mortality in context”(S Thaddeus , D Maine)という論文 が出ました。この論文では、スマートに図1のようにまとめられています。

その後、この考えが発展していくつもの論文が発表されています。そして2018年には、ハイチでの活動をまとめたカナダのLaurentian大学助産・健康科学学部から第4の要因が打ち出されています。(図2)つまり、新しい概念として、地域ぐるみの責任として妊産婦死亡を防ごうとの志向がでています。日本や韓国の、途方もなく下がり続ける出生率を思うと、まるで山の登り道と下り道のような感じがしますね・・・

ところで、ザンビアでは、1の要因は解消されています。2は、ロシナンテスの助産所に3、4時間も妊婦さんが歩いてくるという状態を鑑みると、何らかの手立ては必要でしょうが、まったく手段がないということではありません。何とか助産所、診療所に行くことは可能ですから、大いに希望はあります。3の問題は、これからどう事業が展開されるか・・・なのですが、現時点では、たかが数分のエコーです。しかし、自分の中で育まれているイノチを実感することをママになろうとする若い女性が実感するとともに、出産時の感染を防ぐ破傷風の予防接種、感染していないことを確認するエイズ/HIVの検査、貧血や浮腫の有無・・・日本式に申せば、科学的正確度は低いですが、それでもそのようなことに気を付けた検診制度があることは素晴らしいことです。そしてその自分の妻のエコーをドキドキしながらのぞき込んでいる若いパパ予備軍の男性たちのお顔つきからとロシナンテスの男性ヘルスワーカーたちを見ていると、第4の要因はクリアされていると思いました。

そして、来年・・・もう一度、見学に行きたいな・・・と欲が出ました。