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『新古事記』村田喜代子を読んで

一昨日のnippon.comニュースレターに、「読書離れ深刻 : ベネッセ・東大の共同調査で子どもの半数が読書時間0分」(2023.10.31)という記事がありました。今や「読書の秋!」などというフレーズは死語なのでしょうか?でも、猛暑の後のさわやかな季節、ほんの少しの時間を、携帯やiPadやパソコンからはなれて、特に若い学生諸氏には、ぜひ、紙の書物を手にして欲しいと思います。小学校の恩師山本先生は、「ガンコウ シハイニテッスル(眼光紙背に徹する)まで本を読め!」が口癖でした。1950年頃、まだ、第二次世界大戦敗戦の余韻冷めやらぬ時代、農村部ながら餓鬼どもには何のことかサッパリ判りませんでした。が、毎日云われ続けたことで、本を読むことの重要性は身に付いたようです。久しぶりの読書感想です。

村田喜代子氏の新作『新古事記』(講談社)です。私、この著者が好きですが、特にこの新著は読み応えあり、今年の読書の秋No1です。

第二次世界大戦のさなか、ナチスドイツやソビエトによる原子爆弾の開発先行を怖れたアメリカは、世界中の物理学者を俗世界と隔絶されたニューメキシコ州ロスアラモスのメサとよぶ地に集めさせました。この書は、突然、異様な隔離生活に追い込まれた研究者たちのそれではなく、理由は明かされないまま、家族だけは同行をゆるされるため、急遽、若き物理学者と結婚して、わけの判らない異様な環境下の制限付き生活に入った、日系女性の手記の形をとっています。その妻は、咸臨丸(カンリンマル。幕末、徳川幕府がオランダから購入した木造軍艦。1860年に艦長勝海舟以下、遣米使節を乗せ、日本の船として初めて太平洋を横断)の船員だったおじいさんのDNAを継いでいます。項を改めて書きますが、現在炎上中のガザとイスラエルは、要はユダヤ人問題です。第二次世界大戦時、ナチスドイツの「ホロコースト」から逃れた沢山の学者の中には原爆開発と関係する学者がたくさんいます。ユダヤ人たち、そして敵対国Japanのルーツを持つ妻・・・小説家のお考えになること・・・ウ~ン、微妙で面白い!!

小説は、軍に護られて?あるいは監視下におかれ、外部社会と遮断された状況下で、秘密裏に原爆開発にいそしむ学者たちの傍らの妻たちの退屈な生活・・・です。が、日米戦争下に、日系人末裔である女性の二つの祖国と先祖への複雑な心境、未曽有の人殺し兵器の開発と、妻たちや犬の妊娠分娩・・・死と生の対比、人種、国籍、平和と紛争・・・最大にハラハラしつつも、壮大な歴史のひとこま、今、生き延びた日本人として、こんなことがあったという現実を、楽しく読むことに対して、ちょっと忸怩たる想いの瞬間もありましたが、深刻だった時代の、戦時中なら憎っくき敵国の状況が、小説という芸術、文化に昇華していることを実感しました。通常、走り読み的に2、3日で読み終わるのですが、この作品は少し重く、出張先の海外で読み終わり、同行の若い仲間に、絶対に読みなさいと!!とお節介婆ぁしました。

アフガニスタンもミャンマーも膠着状態、ウクライナへのロシアの攻撃はもうすぐ2年、その先行き定かでない中、世界の爆薬庫(失礼)みたいなイスラエルとパレスチナで激烈過激な戦争がはじまりました。少しきな臭い地域も増えています。紛争から得るものは何もない!!のに、人類は、ホントに何も学んでいない・・・『新古事記』、是非読んでください。

最近、アメリカでは、『新古事記』に描かれた「マンハッタン計画(1939-1946)」の指揮を執り、原爆の父と、一時は寵児とされながら、ロシアのスパイを疑われて失脚したオッペンハイマー博士の映画が評判のようです。原爆、ヒロシマ、ナガサキを壊滅させた非人間的兵器の開発者の映画ですから、日本封切はないのかもしれませんが、ちょっと気になる映画です。アメリカまで見にはゆけませんが・・・
『新古事記』にも、オッピーと愛称されたオッペンハイマー以下、実在の学者のお名前がたくさん出てきます。そういえば、先般訪問したコペンハーゲンには、ナチスドイツが原爆開発することを怖れ、ロスアラモス(のオッペンハイマーに?)に、ナチスドイツが開発しつつあった原子炉設計図を渡したとされる有名な理論物理学者で、1922年のノーベル物理学賞受賞者ニ-ルス・H・D・ボーア(1885.10. 7-1962.11.18)のボーア研究所がありますね。「ボーアの理論」とか、習ったような気がしますが・・・

『新古事記』には、著者村田喜代子氏がヒントを得られた底本があります。実は、難民援助に関与した1980年代、かなり戦争関連本を漁った記憶があります。その本の推薦文に、ちょっと反応した記憶がありますが、このことは、また、別に書きます。
『新古事記』と命名された所以、きちんと理解できてるか判りませんが・・・村田喜代子氏の本は面白い・・・ゲラゲラ笑うではなく、interestingつまり興味深いのです。印象に残っている他の2冊です。

アメリカで本年公開した映画、世界初の原爆の開発者「原爆の父」と呼ばれる理論物理学者ロバート・オッペンハイマーの一生を映画化。日本公開は・・・

『飛族』(文藝春秋)は、国境の孤島のような離島に住む二人の高齢女性のお話です。鳥は死者の生まれ変わりと信じて「鳥踊り」に興じる老女・・・離島に乱舞する鳥と踊る老女、ちょっと怖い。何だか、現実を超越し、あの世に近い現世のはずれに生きている・・・のか死んでいるのか判らない人々の単調な日常の日々。でも、国境、密漁船や台風、環境破壊・・・九州付近の離島のどこかで実際にある、あった話のようでもあります。でも、不法侵入者が出てくるなど、現実的でちょっと怖いですよ。

『エリザベスの友達』(新潮社)は、一言でいえば、認知症の高齢者のお話です。租界(無理やり侵略して自国の領地にした外国の地域。ここでは天津・・・中国のそれ)での華麗な生活経験を持つが、現在は施設で、最後の日々を送っている超高齢女性のお話です。華やかだった若き日の想いと、現在のよれよれ的現実・・・でも、認知症だから〇〇ときめつけるではなく、周囲=ケア/面倒をみる人が穏やかに、やんわりと付き合えるならば、ご本人たちは、多分、幸せなのだと確信できます。現在の本職である在宅/訪問看護の人々にもお勧めの小説。私自身、この主人公のような最期を送りたいと思っています。ちょっと看護、介護の教科書的にも読める。ご一読を。

さわやかな時候です、老いも若きも、近くの図書館で、ご自宅で、通勤の電車で、書物を繰って欲しい・・・