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改革は必要ですが・・・「アメリカの混乱:健康と医療を守るために立ち上がる」

「アメリカの混乱:健康と医療をまもるために立ち上がる」とのタイトルで世界的な医学週刊誌Lancetの2025年2月8日号(405巻 10477頁)に編集論評・・・社説を載せました。

WHO(世界保健機関)とパリ協定(第21回気候変動枠組条約締約国会議〈COP21 2015.12〉採択の2020年から運用開始の世界の平均気温上昇を産業革命以前に比べ2℃より十分低く保つ・・・1.5℃に抑える努力を続ける)からの撤退。USAID(世界で人道支援事業を展開するため1960年代に設立された米国政府機関。職員約1万人)の閉鎖。援助そして世界で展開中の保健プログラムの停止、約3兆ドル(450兆円)にのぼる米政府助成金・融資凍結と国際分野から始め、次いでMEDICAID(メディケイド。アメリカ国内の貧困者保健補助)が危機に瀕している、NIH(米国立衛生研究所、世界最大の生物医学研究機関)の主要活動の一時停止、CDC(疾病予防管理センター)の活動停止命令、60年間継続してきた(国内)疾病罹患率と死亡率の週報の中断、ジェンダー政策の劇変と国内にも矛先を転じています。」(記事抜粋、日本語訳)

Lancet誌の編集論評欄 2025年2月8日号

The Lancet誌は、1823年にイギリスの外科医トーマス・ウェイクリーが創刊し、現在では査読制(専門家が発行するに値するかどうかを審査する制度)をもつ世界で最も知名度の高い週刊医学雑誌です。

この社説「American chaos: standing up for health and medicine」では、同誌はトランプ大統領の政策がアメリカ国内外の健康と医療研究に深刻な影響を及ぼしていると厳しく指摘しています。

具体的には、上記のようにWHOやパリ協定からの脱退、米国国際開発庁(USAID)の閉鎖、連邦助成金や融資の凍結、国立衛生研究所(NIH)や疾病予防管理センター(CDC)の活動停止命令、ジェンダー多様性の否定、メキシコシティ政策の復活、60年ぶりに発行が停止された「罹患率・死亡率週報(MMWR)」などが挙げられます。これらの行動は、アメリカ国民や米国の対外援助に依存する人々の健康に対する広範かつ有害な攻撃であり、医療・科学研究コミュニティへの攻撃でもあります。研究者の作業能力は大幅に制限され、言論の自由も制限されています。特定の用語(「ジェンダー」、「トランスジェンダー」、「LGBT」、「ノンバイナリー」など)の使用が米政府のウェブサイトや科学雑誌への投稿で禁止、CDCの職員や契約者は新しい論文の投稿が一時停止されています。

Lancet誌でも、「査読者の減少や著者の自己検閲といった影響が既に現れており、医療機関は新政権を公然と批判することをためらうかもしれないが、そんな臆病さは間違っておりトランプ大統領の決定で生じる損害は非難されるべきだ。米国援助(エイズ救済緊急計画資金も含む)を90日間もやめることは、たとえ救命的人道援助を例外にするとしても、HIV予防やリスク集団への支援が宙に浮いてしまう。これらはぼんやり心配だというものではなく、既に多数医療従事者が解雇され診療所が閉鎖され、患者たちは影響を受けている。イーロン・マスク氏はUSAIDを「悪」や「犯罪組織」と呼び、同機関を骨抜きにするための虚偽を流布している。これらの決定は完全に間違っており、その影響は広範囲に及び、疾病管理と健康の公平性において達成されてきた数十年の進歩を後退させる。トランプ氏の行動は、特に女性の健康、性と生殖に関する健康と権利を攻撃するものでありさらに気候と健康に関してなされてきた遅々とした進歩が止まってしまうかさらに逆転する危険性も高い。医療界と科学界は団結して立ち上がるべきで、Lancet誌は、その意気込みは大統領任期の4年間、アメリカ政府の行動と健康に対する政府決定の結果を監視・検討するという説明責任を果たす活力の中心だ。」と結論づけています。(記事抜粋、日本語訳)

もう一件、JAMA(アメリカ医学学会誌)が、同じような論調の視点を載せています。(「US Science in Peril」2025.2.14)著者は、コロナの最中にCDCの所長に着任されたRochelle P. Walensky博士とそのパートナーでハーバード大学小児血液学教Loren D. Walensky教授ご夫妻です。著者は「NIH(米国立衛生研究所)が突如機能停止し科学界は大きな混乱をもたらした。2月7日には政府研究助成金間接費を15%に削減する決定がなされ研究基盤が脅かされる事態が生じている。この削減によりアメリカの科学研究は持続性を失い国際的な競争力が低下すると懸念している。殊に、初期研究者のキャリアアップ支援が不足したり研究資金が減ることは科学の発展を妨げ、政府はNIHの構造改革を検討しているが現在ある問題を解決する十分な内容にはなっていない・・・NIHの研究こそが医学の発展を支えてきたし、科学研究への安定的支援がアメリカ社会全体の健康と未来を保障してきたのに・・・」と慨嘆しておられます。(記事抜粋、日本語訳)

JAMA 2025.2.14「US Science in Peril」

就任後1か月の間に議会の承認を必要としない大統領令を頻発しながら、アメリカそして世界の変革にまい進される大統領を批判するというのではなく、ヘルス=健康・医療、そして人々の安全を懸念するという立場の論評です。

最近、アメリカではテキサス州の複数の地域で麻疹が流行っているとの報道(「Potential measles exposure reported in San Antonio, San Marcos and Comal County」KTSA HPより)があり、長い国境を接しているカナダでも数例の患者が出ています。(「Two new cases of measles reported in the Laurentians, 24 total in Quebec」CTV NEWSより)またアメリカでは季節性インフルエンザが依然として高い頻度ではやっており、(「Weekly US Influenza Surveillance Report: Key Updates for Week 7, ending February 15, 2025」CDC HPより)昨年来養鶏場でジワジワと広がっていた鳥インフルエンザが牛に広がり、人でも感染死が生じ、カリフォルニア州では非常事態宣言もでています。(「米国で初の鳥インフル死者、乳牛に拡大、加州は非常事態宣言」NATIONAL GEOGRAPHICより)これらの感染症については、アメリカ国内だけでなく世界の実態を素早く把握し情報を発信していたCDCや多様な医学的研究をリードしてきたNIHへの風当たりも厳しくなっています。かつて国際保健分野に従事していた頃、各地で交流したアメリカの国際的な保健支援機関USAIDも閉鎖されました。

ある国の政治体系や方針を云々することは本意ではありませんが、ちょっと心配、大いに心配です。これが余計な心配で終わって欲しいと願っています。

現在のUSAIDのHPには閉鎖のお知らせが・・・