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アメリカの大学と政府の動き

私ども笹川保健財団では、2021年度来、「Sasakawa看護フェロー」事業を進めています。

日本の看護師資格をもつ人々が広く世界を視野に、今現在はアメリカ、カナダに限っていますが、多様性にあふれた保健系大学院で、新たなテーマで研鑽することを支援しています。円安になった現在、最大年間1,400万円(10万ドル)の授業料、住居費と毎月14万円(1,000ドル)の生活支援を行っています。これまでに、35名がSasakawa看護フェローとなり、26名が、両国の15大学院に学び、8名の修士、1名の博士が生まれつつあります。

アメリカの大学は、5月頃が修了式なので、今年もぼちぼち帰国者が報告に来て下さる頃です。
そして6月には新しい学年に向けた活動が始まります。各大学によりますが、○○に重点を置いたサマーセッションの開催とか、新学年が稼働するまでの間を利用した課外活動や地域共催のイベントなどなど・・・例えば、特別に地域と因縁のある映画の上映やコンサート、さまざまなアート展もあります。そして大学周辺では、ショートパンツ姿の若者が闊歩して、夏!!と新学期を迎えます。

多くの大学では学部が主体ですが6月に新入生のためのオリエンテーションプログラムも実施されます。日本の多くの大学とは異なり、広大なキャンパスをめぐるツアーや入学や学習単位を取るための登録手続き、そして当該大学での生活を如何に楽しく効率的にするかも含めたガイダンスや情報伝達セッションもあります。大学院では、研究プロジェクトに関する説明やちょっとしたカンファレンスがあることもあります。自分がそれに参入しなくとも、関心をもっている学生や教職員、時には地域の人々が、ご自分の知的刺激のため、あるいはその大学がどんな研究に携わっているのかを知るためでしょうか、それらの催しに参加されることもあります。時には、研究資金をゲットの機会も、と聞いたことがありますが、そうです6月は、アメリカの大学のスタートアップの時期なのです。

そんな中、先般『さよならトランプ、米研究者が海外脱出 揺らぐ「知の大国」』(日経新聞 2025年5月28日)の記事を読みました。う~ム・・・既にかつて国際で一緒に働き、その後、大学で教職についていた知人がアメリカを離れると知らせてきました。学問を否定しているわけではないのでしょうが、学問、研究する人々が迫害されていると感じていることは、かつての中国の文化大革命やカンボジアのポルポト政権の行った文化の否定を思い出させます。

上記、Sasakawa看護フェロ-プロジェクトもあって、アメリカ政府の大学へのプレッシャー?をフォローしてきました。

そもそもの始まりは2025年1月でした。トランプ大統領の就任時からです。1月20日、就任直後に、連邦政府全体が行ってきた多様性、公平性、包括性(DEI)プログラムを即時廃止する大統領令を発令、政府(連邦機関)のDEI関連職員が解雇されはじめました。1月29日には、「反ユダヤ主義対策の追加措置」を行うとともに、大学に対し外国人の学生や教職員による反ユダヤ主義的行為の監視と報告を義務付けました。そしてこれによってコロンビア大学など複数大学が政府資金を停止されたり調査の対象とされたりしました。

2月14日には、教育省(日本の文部科学省)から大学に対して「人種を考慮した入学や奨学金制度の即時廃止を求め」、違反した場合には政府支援の停止をほのめかしました。(Executive Actions Under the Trump-Vance Administration Touching on DEI and Gender | NAFSA 参照)研究への圧迫ですが、2月17日、世界に冠たる研究所であるアメリカ国立衛生研究所(NIH)が大学への間接経費(研究そのもののための経費ではなく、研究実践のための準備などの経費)支給上限は15%に制限と発表、これにより多数研究機関が財政的圧迫を受ける可能性が出ました。

渦中のハーバード大学(メインキャンパス)

3月3日には、新しい教育長官が着任しましたが、大統領は教育省廃止を目指す方針を明言されていました・・・その後はどうなったか・・・

3月14日、反ユダヤ主義対応が不十分としてコロンビア大学への政府支援4億ドル(571億円!!)を停止。翌日には同大学のパレスチナ人学生活動家マフムード・カリル氏がICE(移民・関税執行局)に逮捕されました。一方、ハーバード大学へは、政府からのカリキュラムや採用方針の変更を拒否したとして、23億ドル(3,290億円!!)の政府研究資金を凍結し、税制上の優遇措置も取り消すと通告しました。

「学問の自由」と申しますが、何でも好き勝手が許されるわけではないことは常識でしょう。ただ学問の自由は、大学の自治と同じことだと思います。大学は、そこで行われる授業や研究の自由だけでなく、そこで働く人々の採用や行動、考え方の自由闊達さを保証することにおいて、「学」の自由や「大学」の自治がまもられるはずです。

わが国は、少なくとも第二次世界大戦以降、今日まで、人種や国籍、思想や主義主張で大学やそこで学び研究する人をしばることはなかったと思いますが、現在のアメリカでは、外国からの学生、特に中国やパレスチナ出身者に対するビザの取り消しや監視強化が進められています。当然、国際的な学術交流は阻害されましょう。よその国のことにあれこれ口出しすることは慎まねばならないことかもしれません。が、研究資金が制限されれば、当然、優秀な研究者が減るでしょう。そして大学の研究活動が妨げられるだけでなく、その大きな知性によって育まれるだろう次世代以降へ影響が必ずあるでしょう。

私どものSasakawa看護フェロ―プロジェクトでも大学院への入学は許可されたものの、実際に大学での研究が始められるかが決まらないものも出てきました。

アメリカの高等教育機関に対する圧力ではありますが、恐らく、その影響は世界的になるでしょう。既に、いくつかの国々で教職や研究職をオープンしてアメリカからの参入を期待している国もありますし、わが国でも、学生受け入れの体制が報じられています。

今後、アメリカ学術界発の騒動は国際的な研究や教育の体制、特にその自由に大きな影響を与えることになるでしょう。

1980年代後半に勤務した中国北京で交流した研究者が仰せでした「文化大革命(1966~76)の影響は一世代二世代後かもしれません・・・」と。
アメリカの大学に向けられている大統領から「圧力」が速やかに、穏やかに収まることは、アメリカだけでなく世界の学問、学徒に良い影響を残すはずです。
現在の騒ぎの影響が早く消えて欲しいと切望します。