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Chair's Blog 会長ブログ ネコの目

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「国」とは何か?

「国が○○をする」、「国とは何か?」を大上段にかざして国際政治を論じたいわけではありません。

しばらくは「わが国初の」と形容詞付きの高市早苗首相の、先の選挙での公約でも、最初が「危機管理投資」と「成長投資」で「強い経済」を実現するであり、これまでの「経済・財政政策」を「責任ある積極財政」に大きく転換します!と断言され、様々なリスクを最小化する「危機管理投資」、先端技術を開花させる「成長投資」などにより、皆様=国民の「安全・安心」を確保するとともに雇用と所得を増やし、消費マインドを改善し、事業収益が上がることで、税率を上げずとも税収の増加に向かう「強い経済」を実現します・・・と、日本の経済の立て直しを第一にあげられています。次いで、食料安全保障の確立、エネルギー・資源安全保障の強化、現在と未来の生命を守る令和の国土強靭化対策、サイバーセキュリティ対策の強化、健康医療安全保障の構築・成長投資と人材力の強化・・・と、国家という文字はありませんでした。主語は、私は・・・でしょうか。

では、なぜ、突如「国」なのか、です。先週末2月7日、国立ハンセン病資料館特別展「ハンセン病問題と家族」にあわせて開催される特別企画連続講座「ハンセン病問題と家族」の第2回を聴講したのです。

1月24日の第1回は大槻倫子弁護士の「ハンセン病問題と家族訴訟」でした。
今回は2回で、ドキュメンタリー上映「ハンセン病と優生手術 70年経て見えた実態」(朝日新聞社)の上映に続いてお話されたのは家族訴訟原告番号75番さんでした。実名ではなく・・・なぜ75番と名乗られるのか。日本のハンセン病問題に関心をお持ちの方々は、ご承知のことですが・・・わが国では、感染症のひとつに過ぎないハンセン病対策にとても、とても非情な事態をつくってしまってきたのです。

ハンセン病に罹患した人を隔離することは、その昔には、どの国でも基本的にありうることでした。先般の新型コロナでも、ソーシャルディスタンスとは、他の人から物理的に距離を取ることで、これもある種の隔離行為でした。

が、わが国では、かつてらい病とよばれたハンセン病の原因らい菌の感染力は極めて弱く、隔離という手段は必要ないと学術的にも国際的にも明らかなった後も延々と強制的に隔離し続けた稀有な国だという、負の歴史があります。1930年代後半、戦争に突入しつつあった国は健康な国民重視のあまり、各地各所で無らい県運動を厳しく繰り広げました。1940年頃までの世界はハンセン病を隔離対象としたことは事実です。しかし、その頃、特効薬が開発され、また、さほど隔離の必要がないと学術的にも確認され、1950年代には欧米が、遅くとも70年代以降、世界のほとんど国で隔離は廃止されました。

わが国は1907(明治40)年に「癩予防ニ関スル件」が審議され、1931(昭和6)年には全患者の強制隔離を規定する「癩予防法」を制定しました。戦後、世界の趨勢に反して、1953(昭28)年には古い法律を引き継ぐ形で、改めて「らい予防法」を制定、このらい予防法はハンセン病患者を強制的に療養所隔離することを目的としています。「国」の方針としての「無らい県運動」を通じた終身隔離が続き、患者と家族に深刻な差別と偏見をもたらしてきていました・・・といっても、隔離が徹底的されればされるほど、大衆には問題が見えず、無関心のまま・・・私自身、わが国のハンセン病「問題」に関わるのは2013年に笹川記念保健協力財団(現笹川保健財団)に転職以来であり、それまでは無関心ノンポリ的でした。反省しています。

1996年のらい予防法廃止後、20年も経ってから75号さんたちの「家族訴訟」が始まり、2019年、熊本地裁が国側に賠償を命じました。以後、現在も名誉回復と補償が行われています。

感染し隔離されたご本人も、ご家族が発病したあとに残された方々も、国の方針に翻弄されてきました。問題は、国立療養所に隔離された感染者たちが自ら立ち上がり厳しい闘争を経て1996年にらい予防法が終り、その後、ご家族が立ち上がられました。共に「国」に対して、です。

国立ハンセン病資料館

結果として、国民の健康を護ることが主務であったし、今もそうである厚生労働省が延々と守り続けたハンセン病罹患者の隔離政策は、それまでの居住地での村八分的扱い、夜逃げ、一家心中、家族の離散、国立療養所内での偽名の使用などなど、言葉にはできない扱いが為されてきました。

今回、ご講演された「家族訴訟原告番号75号さん」は、お身内の発病者故に、ご家族の人生が大きく変えられたお一人です。その発病者のお母さまは100歳をこえられた現在、70年以上を療養所で過ごしておられます。世間の差別偏見に対抗する手段が「75号さん」という表明でしょうか。

75号さんは、「隔離政策は、病気だけでなく『存在そのものを消す』ような差別を家族にももたらしました。国は誤った政策を認め、家族補償金制度を設けましたが、今も多くの家族が沈黙の中に置かれています。」と仰せでした。講演を聞きながら、「国」とは何だろうと思いました。

国という人物はいません。国をカタチ作っているのは個々の人間です。その個々の人間は、隔離されている側の個々の人間と同じく、父がいて母がいて、兄弟姉妹がいて、家族、子がいて・・・

「国家とか、国とは、何か」を思いながら、ハンナ・アーレントの『悪の凡庸さ』を思いました。

この本は、ユダヤ人国際政治学者ハンナ・アーレントが、若き日、雑誌「ニューヨーカー」の特派員としてナチス・ドイツの親衛隊中佐でユダヤ人大量殺害の責任者であったオットー・アドルフ・アイヒマンが、イスラエルの諜報隊モサドによって逃亡先アルゼンチンで拘束され、イスラエルに連行後、1941年、人道に対する罪などで裁かれる裁判を傍聴した記録です。
アーレントは、数百万人のイスラエル人を死に追いやった責任者が極悪人なら納得できるが、アイヒマンは、怪物でも狂人でもなく、上司の命令に従い、規則をまもって黙々と働くまじめな役人であったことを指摘しています。その意見は、イスラエル同胞の激しい反感を買いますが、アーレントの意見は、自分できちんと考えないまま、命令に従う人間こそが最大の暴力を生むと指摘しています。
アーレントは、これを「陳腐な悪とか悪の凡庸さ(banality of evil)」と呼んでいます。

かつてのハンセン病政策を思いますと、恐らく、強制隔離が決まる過程では、発案者(の医師)は「感染症だから・・・」といい、政治(家)は「社会が必要だから」とし、官僚は「制度だから」といい、多くの医師は「法律で決まったから」とし、国民は「仕方ない」としたのでしょう。私がその中にいても、恐らく、そうだったでしょう。誰も「自分は悪だ」とは思いもしない。しかしその結果が、誰かおよびその家族の人生を破壊し、誰かと誰かを引き離した。本質に無知あるいは無関心な大多数者は誰かの尊厳の剥奪に関与してしまったことにも気づかない。国とは何か・・・と大げさにいいたくありませんが、国という、実態のつかみどころがない、よく判らないものは絶対的正義の装置ではないのではないか・・・と思います。

『新版 エルサレムのアイヒマン』ハンナ・アーレント著

「国家がぁ・・・」と怒鳴りたてるような事態が起こることは防がねばなりませんが、個々の私たち人間の思考が停止してしまうこと、そんな人間もどきが集まって成り立つ国やシステムが安易に動かないように、ちょっとじっくり考えたい、国や国家という前に、考える力をもった一人の人間であり、命令だからと唯々諾々と行為することが誰かの尊厳を壊していないか考えねばならないのだと、75号さんのお話を聞きながら思いました。

ハンナ・アーレント