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Chair's Blog 会長ブログ ネコの目

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高市首相の施政方針演説を読んで‐「語られなかったこと」の意味‐

長年、世界のジェンダー指数の底辺にあったわが国に女性の宰相が生まれました。またまた古い昔話ですが、思い出すのは1988年11月、わが国初の紛争地文民派遣でパキスタン・ペシャワールに赴いた時、イスラム文化の同国初の若き女性宰相ベナジール・ブット氏のことです。当時のイシャク・ハーン大統領が任命の際に語られた「ベナジールは若い。が、何より祖国を愛している」という言葉に国民が熱狂した姿を今も覚えています。(ベナジールのその後については、敢えてここで触れません。)当然ですが、わが国初の女性宰相もジェンダーを超え、政治家として評価されるべきです。

さて、過日の施政方針演説です。全編を通読、構成は、1.はじめに、2.経済力、3.技術力、4.外交力、5.防衛力、6.情報力、7.人材力、8.治安・安全の確保、9.むすび です。はじめに、と結び、を別にすると、経済力の項の分量が圧倒的ですから、首相が何に重点を置かれているか中を読まなくとも判ります。次いで外交力と人材力です。

そして、首相が変われば明日にも戦争が始まりそうな云い方もありましたが、防衛力やインテリジェンス(情報力)はわずか、治安・安全の確保もそれほどではありません。

保健医療・福祉は人材力の項に含まれますが、ちょっと総花的で触れられていないわけではありませんが、ビビビッとくる直接的言及は多くありません。「持続可能な社会保障制度の確立」「少子化対策の推進」「医療・介護人材の確保」「全世代型社会保障の構築」「健康寿命の延伸」といった文言は確かに存在しますが、それらは経済成長を支える基盤的な社会保障であり、労働参加促進のための子育て支援であり、財政規律の中での諸々の制度の持続可能性といった文脈のように読めました。が、私はこれらを批判したいのではありません。

現在の世界情勢をみれば、いずこの国も国家安全保障環境が緊迫しています。いくばくかの紛争地での保健計画に関与経験を持った者として、宰相が防衛や経済基盤強化を優先的に語られることは理解できますし、経済成長によって社会保障を支えるとの発想も、ちょっとエラそうに申しますと論理的に理解可能です。が、あえて申せば、何か気になるのは個々の言葉や語られた「分量」ではないのです。

日本は、人類史上初の超高齢社会に突入し、なおその先頭を走っています。しかも世界に例を見ない少子化も進行しています。ガクガクと落ちる出生数をみれば、2、30年後に存続が危うい地域も少なくはありません。そして医療・看護・介護・福祉は単なる「財政負担」ではなく、地域社会の継続を保障する基盤、人的資本であり社会的信頼を支える装置です。しかし今回の施政方針演説では、地域医療の再設計も、在宅医療・看護の基盤整備も、介護現場の崩壊リスクも、医療・福祉人材の構造的不足も、人口減少社会における制度の抜本的再構築も、ほとんど触れられていません。首相は、なぜ、多くを述べられなかったのでしょうか。 ????ですが、思うに「社会保障は既存制度の延長線上で維持」との前提があるのかもしれません。わが国には1961年導入の国民皆保険という世界に誇るべき制度があります。現在は、その維持自体が難しい局面にはありますが、それでもとにかく「制度は機能している」という前提があったのかもしれません。

が、現実的にみると医療・介護・福祉は微修正でなんとかなる段階ではないと思えます。人口構造も根本的な見直しが必要です。とはいえ、子どもを産むかどうかは極めて個人的な、それも女性の選択によります。国家の重要課題ですが、極めて個人的で繊細な領域です。だから深く語られなかったのかな?というのは読みすぎでしょうか。も少し固い解釈は、まず安全保障と経済力を軸とした国家再構築を進め、その成果で福祉を充実させるという考えかな・・・です。しかし現在の世界が追及するSDGs(Sustainable Development Goals 持続可能な開発目標)の根幹でもあるPHC(Primary Health Care プライマリー・ヘルスケア=住民中心、公正なヘルス)を学び実践してきた立場からすれば人々の健康と生活の安定は「成長の結果」ではなく「成長の前提」であるのです。つまり、人が安心して暮らせる社会基盤があってこそ、経済も技術も発展するのです。

戦後80年、わが国は一度も戦争に巻き込まれず平和を享受してきました。その中で高齢者も、慢性疾患を抱える人も、障害を持った人も比較的安定した保健医療サービスを受けて、自宅や住み慣れた地域で暮らすことができていました。それは経済力だけではなく、地域の連帯、制度への信頼、専門職の献身という社会資本が機能してきたからでもあります。

今回、施政方針演説で大きく取り上げられなかった分野が軽視された、ということはあり得ないでしょう。
ご自身も慢性疾患を抱え、パートナーも障害をお持ちの首相が保健や福祉を無視されることはあり得ない。けど、自らの経験から、とりあえずは機能していると認識されたとすれば、私は、自分たちに向けて一言云いたいのです。私たち保健福祉に携わるものこそが、現在の問題をどのように把握し、どのような解決の道があるのか、自らのビジョンと方向性を提示すべき時なのかもしれません。

国を護るとは、軍備やインテリジェンスによるNational Security・・・国の安全保障だけではありません。個々の国民が安心して暮らせる社会基盤を護ることもまた、安全保障であり、個々人が持って生まれた能力を適切に発揮できる個人的安全保障Human Securityもまた、国を護ることにつながります。ですから、経済力強化は重要ではありますが、その成果として何を護るのか、個々人の尊厳とは何か、個人の、そして社会の健康とは何か、地域社会とは何か、どうあるべきか・・・それらを政府や首相に丸投げするのではなく、私たち国民自身が考え、語り、担えるべき責任を担う覚悟をもち、その上で託すべきを政治に託す・・・それが成熟した国民の責任ではないか・・・だいぶエラそうに云いました、スミマセン。

そんなことを思うと、施政方針演説の中で語られなかったことこそ、何か優先項目があるのではないか、今回の施政方針演説は、わが国が、私たちがどの方向へ舵を切ろうとしているのかを国の為政者が示されると同時に、少なくとも保健医療福祉分野に携わる私(たち)にも「自ら語れ」と静かに問いかけているように、私は感じられました。