JP / EN

Chair's Blog 会長ブログ ネコの目

猫イメージ

イランのその後‐最高指導者の死後、イランの人々は何を望んでいるのでしょうか

ある国の為政者が自国を侵す危険性がある・・・危険だ!だから、その危険の原因である放射能処理および関連する核物質処理能力を止めろ・・・と交渉中に当該国の最高指導者もろとも武力指導層を爆殺したのが、先日のイスラエルとアメリカのイラン攻撃でした。巨大な暗殺計画・・・戦争のカタチで行われたこの事態は、あまり海外に関心を持たない人びとにも大きな衝撃を与えたように思います。

しかし、です。なんといっても最大の衝撃を受けたのは、当然ながらイランの人々でしょう。イランは、しかし、現在伝えられている限りですが、その国内の様子はまとまっていないようです。

首都テヘラン他の主要都市では体制支持派の人々の嘆きの様子、追悼集会の様子が報道されています。当然、主な武力主体である革命防衛隊や宗教組織の動員もあるでしょう。どうしても最高指導者は「殉教者」として讃えねばなりませんし、当然、敬虔なイスラム教徒は本心からその死を悼んでいるでしょう。なんといっても1979年のイスラム革命以来、イランは宗教指導者による統治こそが国家正統性の基盤でしたから、それをまもらねばという勢力は依然として中心グループでしょう。そして、非業の死を遂げた指導者を悼むのはイランの人々のあたりまえの気持ちでしょう。

しかし、しかしです。同時に色々な空気もあるようです。
若い世代を中心に、宗教指導者を絶対視する政治が終わって欲しいとの声は、以前からもありましたし、現在、それが少し顕わになっているようにも見えます。

2022年9月13日、「マフサ・アミニ事件(マフサ・アミニと云う若い女性が首都テヘランの駅で、イスラムの女性の正規衣装とされているヒジャブ〈イスラムの女性が常用する頭や身体を覆う布〉の付け方が不適かつタイトなパンツスタイルが良くないと風紀警察に逮捕され、バンで警察署に連行、その後意識を失った状態で、救急車で病院に搬送され、3日後に死亡した。)」を契機とした大規模抗議運動で見られたように、女性の服装規制や宗教警察、表現の自由の制限に対する不満は長く蓄積していると思います。そしてそのすべてが宗教と結び付けられている・・・宗教は嫌、と思う若者は増えていましょう。ですから、一部の人々にとっては今回の「出来事(戦争状態をこう呼ぶのは不適切な気がしますが)」が「体制転換の可能性」を示すものとして受け止められているとも云われているのでしょう。

アメリカとイスラエルによるイラン攻撃の知らせを喜ぶ人たち。「トランプ大統領、ありがとう」、「イランを再び偉大にしよう」、「シャーよ永遠に」などと書かれたプラカードも見える(2月28日、米ロサンゼルス)BBC NEWSより

ですが、宗教支配が終わってほしいと思っている人々が、皆、欧米型の民主主義を望んでいるという保証はありません。とてもややこしいうえに、私の理解も深くはありませんが、大体のところ、イランには大きく分けて三つの趨勢があるとされています。まずはこれまでのイスラム共和国体制を維持しつつ、宗教色を穏健化して行こうというグループです。妥当な考えでもあるようですが、若者は必ずしもそうは思っていないそうです。二つ目は明確に宗教と政治を分離し、いわゆる世俗的な国家が良いとする人々・・・ですが、何でもあり化の社会を想像すると、ちょっと怖い・・・他国のことですが・・・最後は少数派で、1979年の革命前の王政(パフラヴィー王朝)復活を支持する人々・・・これは世界の趨勢からも無理ではないかと思いますが。

そしてイランにとって無視できない勢力が二つあります。一つは海外に住む数百万人とも言われるイラン人ディアスポラ(離散した民族、海外に移民した人々)と、イラン内のクルド民族です。

クルド人の居住地(Wikipediaより)

まず、欧米(アメリカ、カナダ、ドイツ、フランス、イギリスなど)には大きなイラン人社会があり、今回の事件後も多くの都市で集会やデモが行われています。その総数は数百万人とされていますが、ここでも対照的なふたつの声があります。一方では「宗教独裁は終わるべき」、「イランは普通の民主国家になるべき」とする声です。が、他方では、「外国による政権転覆はイランの主権を破壊する」という外国の干渉を警戒する人々も多いのです。あたり前ですが、中東では、かつてのイラク戦争(2003年3月20日、米、英、豪他の有志連合軍がイラクの武装解除、同国が保持するとされた大量破壊兵器排除を理由に『イラクの自由作戦』を開始、サダム・フセイン政権を倒した。ついでですが、日本はこの戦争に戦後初めてPKOを派遣、イラク南部のインフラ整備と治安維持任務を実施)の混乱や、比較的最近のリビアの国家崩壊などを経験していますから、体制変換がすなわち国家崩壊すに至ることを、身をもって経験しています。簡単に乗れる話ではないでしょう。

けれども、「民主主義」というか当たり前の市民社会への渇望は確かに存在します。1979年革命で亡命した一家の孫世代でアメリカ、オーストラリアで働く研究職の知人がいます。彼らは、ごく普通でいいの・・・と云います。しかし、のごく普通が、何時、どの形で実現するのかは見えていません。
そもそも1979年の、「ホメイニ革命」とも呼ばれる王政終焉時にのぞまれたのは今のような宗教指導者による国家ではなかったようですが、難しいです。

もう一つの人々は中東の山岳地帯・・・トルコ、イラク北部、イラン西北部、シリア北東部、アルメニアに広く居住するクルドの人々です。その人口総数は3,000万~4,800万ともされ、「国家をもたない最大の民族」とも呼ばれます。イラクの復興・・・でしょうか、攻撃後の内部蜂起を期待してでしょうか、アメリカが関与しているともいわれるこの人々の意向がどうなのか・・・気になるところです。