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突然の「パールハーバー」発言

初の外遊先にアメリカを選ばれた高市首相はご帰国後、早速、次なる任務にあたっておられます。お疲れ、いえ、ホッとされたでしょうか、ご帰国時の羽田ではにこやかに、そしていつものように周囲の方々に会釈されていました。

小康状態もありますが、全体としては拡大しそうなイラン攻撃とホルムズ海峡封鎖の最中、国際的な猛者メディアがイッパイの中、常に予測外の発言をなさるトランプ大統領との対談・・・どんなお気持ちかと忖度することすら憚られました。案の定、日本メディアの質問で「なぜ、イラン急襲を同盟国に通報しなかったのか?」に対して出たのが「パールハーバー」でした。

直後にアメリカの知人二人が別々に「大統領は失礼すぎた!アメリカ国民として、日本の首相にお詫びしたい・・・」とメイルを送って来ました。一国を代表する首相を迎えて、歴史的にも外交儀礼の観点からもふさわしい話題ではない・・・と彼女らは書いています。単に日本国の首相が当惑する話題だからではなく、外交の基本原則に関わる恥ずべきことだと(二人ですが)異口同音に書いています。アメリカのメディアも同じ言葉を使っていました。知人たちの反応は単なる感情的外交辞令ではないので、何度も繰り返しメイルを読みました。二人は、大学関係者ですが法律や外交の専門家ではなく、国際保健分野の知人とそのお連れ合いのご意見なのです。

高市内閣総理大臣の米国訪問(令和8年3月18日~21日)外務省より

まず、なぜこの発言が不適切かについて私見を述べます。わが国の外交は、「外交三原則」を基礎としています。それは日米同盟強化、近隣諸国との関係強化、日本経済の成長を後押しする経済外交の推進ですが、それにもまして歴史的トラウマを政治利用してはいけないとの常識的合意があるようです。今回の発言での歴史的トラウマは日本のそれではなくアメリカ側の問題としてでもあります。

「パールハーバー(1941年12月8日(日本時間)に日本軍がハワイ・オアフ島真珠湾のアメリカ海軍基地を『奇襲』し太平洋戦争の火ぶたを切った攻撃)」は、アメリカにとって単なる過去の一出来事ではなく、「奇襲」「犠牲」「国家的屈辱」と結びついた、いわば国民的トラウマでもあります。そして、外交の場は未来志向関係の構築の場で、相手国の歴史的「痛点」を持ち出すことは信頼関係を損なうとされています。今回、問題なのはトップ会談の流れに必須でない、唐突な引用が失礼極まるとされます。日本国首相が、戦後80年の和解や共同追悼訪問しているのならまだしも、単に「(相手が当惑する引用で)歴史を蒸し返した」または「心理的優位を誇示したい」と見えることはすべきでないというのがアメリカの良識です。

パールハーバーの発言に関する記事(2026年3月20日)Reutersより

次に同盟国への配慮ですが、率直に申して、大統領にはそんなものはない。ご本人はそんなものを気になさらない・・・現在の日米安全保障上の同盟関係は、日本は台湾をめぐる状況、アメリカはイラン攻撃に関し、微妙な時期ですが、この二国間関係は壮絶な第二次世界大戦の果ての和解の上に築かれたものです。ですから、過去の敵対行為を持ち出すことは外部に向けて、「(日米の)同盟は完全に相互信頼されていない」とのメッセージを送りかねません。さらに外交では、実際に発言される言葉以上にその場の雰囲気や言葉の「含意」も重要らしいことは常識的に理解すべきでしょう。ですから発言が突発的で不用意なだけでなく外交的に未熟とされた・・・最後に、外交儀礼(プロトコル)として、また首脳会談の暗黙のルールとして、相手国の名誉を傷つけない、歴史問題は慎重に扱う、事前調整されたテーマ中心に議論するとされるなか、今回のパールハーバー発言はいずれもこれら原則から外れています。アメリカのメディアや知人たちが“embarrassing(恥ずべきこと)”と表現した背景は単に内容だけでなく大統領としての品性や外交能力への疑義が含まれている・・・と、知人たちは書いています。

では、わが国の首相はどう対応すべきだったでしょうか、日本の知人は「あなたが尋ねれば教えてあげたのに・・・」と云えば良いと云う人もいますが、このような状況で重要なのは「感情」ではなく「人間の品格」でしょう。ウ~ム、そうですが、言うは易く行うは難し・・・

最も避けるべきは、真正面から反論したり不愉快な態度をとったりすること、いわば同じ土俵に乗ることでその場の雰囲気をぶち壊し、当然、外交的にもまずいことは想像できます。では、軽く受け流す・・・「歴史は歴史ですが、我々は現在最も重要な同盟国ですね」みたいな答えでしょうか。

理想的には「過去にそんなことがあったから、私たちは和解し、理解しあい、同盟に至った。」歴史を認め、どちらも批判せず、未来志向の対話・・・でしょうか。

パールハーバーの発言に関する記事(2026年3月19日)The Washington Postより

私の日本人の理性的な知人たちは決して無関心ではなく、また、過剰反応もしません。感情的になったりナショナリズムを振りかざしたり、怒ったりはしませんが、静かに眉をひそめ、歴史を学ぶことの重要性を述べています。

パールハーバー・真珠湾(への奇襲作戦)は日本には重大かつ無視できない歴史的事実ではありますが、それを肯定したり否定したりではなく、なぜそれが起き、私たちはそれから何を学んだかを問い続けることが重要です。最近、意識することが多い日米同盟もそれが不必要な事態から、それがないと私たちの安全が保障できない事態までの幅の中で、冷静に判断すべきです。誰かのたった一言で、それが揺れたり消えたり強大になったりしてよいものではないでしょう。ちょっとうっとうしい・・・けどなしでは済まないのです。成熟した国民として「嬉しい発言ではありません。が、不適切な発言を不適切と認識しつつも全体の関係は見失わない」姿勢が必要でしょう。

国際保健に従事していた頃、いくつかの国でややこしい事態に関与した間、外交とは「言葉の力」だとつくづく思いましたが、今回の大統領発言は失言ではなく、ある種の意図があったとしても国と国のトップ会談の中では取り分け言葉に重みがあることを改めて感じました。

同時に歴史は消えない、それが故に私たちは100年、200年後の世界にも恥ずかしくない行為が必要だとも。

日米首脳夕食会 高市総理による挨拶(令和8年3月19日(現地時間))外務省より