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戦争と医学

2026年4月2日に送られてきた世界的な医学週刊誌『JAMA』のオープンオンライン号に、Public opinions on US Military Medical Research.(米国における軍事医学研究に対する市民の意識)という論文が載っていました。アメリカでの軍事医学研究(military medical research)に対する市民の意識調査の結果です。

要約しますと、アメリカの軍隊での研究は、感染症対策や外傷(戦傷)治療、ワクチン開発などを主導してきたが、これらの研究は国家安全保障への貢献とともに、人体実験やそれらからのデータを利用するという倫理的懸念があるとしています。これに対して、世論の肯定的評価では、①戦傷医療やパンデミック対応への貢献と、②外傷治療や救急医療など一般的な医療への波及効果であり、懸念や不信では、①軍による研究の透明性不足、②被験者の同意や倫理性に関する確認があいまいなこと、③(医療の)軍事目的優先への警戒があるとしています。

興味深いことに、アメリカの人々は単純な賛成や反対でなく、「条件付き支持」が多いことでしょうか。倫理性が保障され、透明性が担保されれば支持するという姿勢です。特に若年層や教育レベルが高い人々ほど、倫理性や国家統治への関心が高いようです。結果として、軍隊的な医学研究では、社会的に有用だとみなされ、信頼性があり、倫理的に妥当で透明性がある(内緒ではない!)ことが不可欠なようです。

Public Opinions of US Military Medical Research(JAMAより)

この論文を読んで、思い出したことがあります。血液型の研究です。

血液型は、1900年にオーストリアの医師カール・ラントシュタイナーによって発見されました。血液型というものが判ったことで、輸血という救命的医学処置の安全性が高まりました。そのことは戦争とは関係ありません。が、1914年に始まった第一次世界大戦では、武器の進歩とともに大量輸血を要する戦傷が増えました、1939年からの第二次世界大戦でも多数の負傷兵に対する迅速な輸血によって救命された兵士はたくさんいます。予め血液型によって分類された血液の保存、A、B、O型そしてRh型という血液型分類が実用化され、輸血のための交差適合試験の方法が確立したとされます。戦争のための医学、血液学ではありませんが、戦争が契機になって発展したことは災害時に必須のトリアージという救命のための選別手段も同じです。

戦争と医学と云えば、1853-56年のクリミア戦争(ロシアが南下政策としてオスマン帝国(現在のトルコの前身)に宣戦し、ビクトリア女王下のイギリスとナポレオンⅢ世のフランスとイタリア北部のサルデーニャ公国がオスマン側についた戦争。ぐずぐずした戦いの後、パリ講和でオスマン帝国の領土保全、ロシアのバルカン方面への南下中止が合意された)で、大英帝国陸軍の前線病院の衛生環境と栄養を改善したナイチンゲールの功績が思い出されますが、戦争によって医学的環境が激変することもあります。一方、戦争という異常事態の中で、あってはならない人権的問題もあります。安易に、簡単に羅列すべきではないですが、ナチス・ドイツのアウシュヴィッツ強制収容所で実施された低温実験(凍死・蘇生の研究)、高圧度実験(減圧室での窒息死)、不妊化実験(人種政策)、双子研究(遺伝研究)、残念なことですが、わが国の関東軍・・・いわゆる731部隊が中国ハルビン郊外で実施した麻酔なしの生体解剖、ペストなどの感染実験、生物兵器開発、アメリカ軍の放射線による生物実験などなど・・・愛国心が変に活用されると何でもありになります。

脱線しましたが、これらの経験から、反省を込めて医療倫理が確立され、ニュルンベルク綱領(ナチス・ドイツの非倫理的人体実験に対し、第二次世界大戦後のニュルンベルク裁判の一環として1947年に行われた「医者裁判」の結果の『人間を被験者とする研究に関する一連の倫理原則』。後の「ヘルシンキ宣言」といった研究倫理確立に繋がり、医療倫理の発展、患者の権利確立へと発展した)やヘルシンキ宣言(1964年、ヘルシンキでの世界医師会が採択した『人間を対象とする医学研究の倫理的原則』を定めた国際的指針。以来、何度も時代に合わせ修正されている。2013年のフォルタレザ総会、2024年改訂など)、そしてインフォームドコンセントが生まれたのです。

『アウシュヴィッツ収容所: 所長ルドルフ・ヘスの告白遺録』ルドルフ・ヘス著、『悪魔の飽食』森村誠一著

医学、科学は誰のためにあるのか、何のためにあるのか・・・簡単には理解できませんが、「倫理」というヒトが人であるために必須の学問?考え?を思います。が、そんな難しいことではなく、現代風に申せば「Leave no one behind(誰一人取り残さない)」であり、私ども笹川保健財団にとっては財団創設者笹川良一翁の言葉「世界は一家、人類はみな兄弟姉妹」であり、それを推進するための要諦がプライマリー・ヘルス・ケアだと私は考えています。住民つまり私たちが自分自身で、自分たちの生存環境、生活のあり方を考えること・・・誰かにしてもらうことばかりではなく、自ら考えることが肝要だとするヘルス・ケアの根幹です。いつか詳しく・・・