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Chair's Blog 会長ブログ ネコの目

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戦争・・・何のために戦うのでしょうか?

表題のようなことを云うと、世界状況にうとい世間知らずのアホぅの愚痴となりかねないとは思います。

けど、第二次世界大戦時にはほんの幼児でしたが、私は空襲警報に怯え、山の中腹に掘られた防空壕に、おにぎりをもたされて、逃げ込んだこともありました。田舎暮らしではありましたが空腹感も経験しました。たった一度ですが、10数キロメートルほどの地点にあった航空機工場が爆撃された夜は、自宅の庭に掘られた防空壕の中で、子どもながら、まんじりともせずに夜明けを待ちました。後に知ったB29爆撃機の唸るような轟音、ズシン!と地を伝ってくる爆弾投下、そしてそのたびにバラバラと崩れる防空壕の土の壁・・・

1945年8月15日、自宅近くの小学校校庭の朝礼台の上に置かれた大型鉱石ラジオからの玉音放送が流れる場面も覚えています。中身は、もちろん、聞き取れず理解もできませんでしたが、抜刀した士官らしき兵隊が肩を震わせ泣きだした異様さ、そして地面に伏せて号泣される姿にびっくりしました。戦争は終わりましたが、今でも、ある種のサイレンの音を耳にするとドキドキします。80年経ってもトラウマがあるのです。

長じて四十代に国際保健に身を置くようになって、いくつかの紛争地やその付近の難民支援に従事しました。どの国の、どこの地方であれ、子どもは子どもです。垢にまみれたり、ぼろをまとっていたりしても屈託ない子どもが大半でした。油断するといたずらをする、悪さをしては素早く逃げて、カラカラと声を上げて笑っている。しかしその中に、その昔の自分のような怯えた姿をみることは常でした。はしゃいでいても、どことなく怯えがあると感じたのは思いすぎかもしれません。が、その表情には、悲し気なというより絶望的なまなざしをみました。戦争は嫌だ・・・と書いてありました。

3月15日、日経新聞の直言 Think with NIKKEI 欄に、ストックホルム国際平和研究所(Stockholm International Peace Research Institute、以下SIPRI)所長カリム・ハッガグ氏の「軍拡競争は戦争抑止にならぬ」が載っていました。

紛争地勤務時には、この世界最大の戦争と軍備の“数字”を、毎年というか毎月、世界に提示してきた最も権威ある平和学の独立研究機関のデータを眺めては、これを保健分野にどうやって持ち込めるか・・・を仲間と話しあったものです。SIPRIの情報からは、「世界でどれだけ戦争にお金が使われているか」、「軍備が増えているのか減っているのか」が明確に示されています。世界中の政府や国際機関や研究者に広く使われています。

直言」(Think with NIKKEI 日経新聞 2026年3月15日)

昨年9月にSIPRI所長になられたカリム・ハッガグ氏は、今、まさに紛争色が深刻な中東エジプト出身の外交官、エジプト外務省出身の、いわゆるキャリア外交官で国際的な要職を歴任されているそうです。安全保障・中東政治・国際関係がご専門だそうですが、この研究所の所長としては、個々の戦争にコメントされるのではなく、研究所全体の方向性や運営管理がお仕事でしょう。でも3月15日の記事では、今、ボウボウと火が燃えている中東の安全保障、世界の大多数が望んでいるのに進まない核不拡散や軍備管理、そして広く国際秩序や多極化について、「紛争管理は対話を通じて探れ」と述べておられます。

ハッガグ所長が指摘されるように「これまでの同盟関係を軸とした国際秩序」が揺らいでいることは事実です。ウクライナへのロシア侵攻やパレスチナでのイスラエルとの紛争は別としても、アフリカや中東での地域レベルの衝突が増えています。中東=イスラムはすぐに熱しやすいとは申しませんが、曰く言い難い連帯感があります。それがすぐに戦争につながるわけではありませんが、この数年、ウクライナ侵攻後に膨らみつづける武器産業・・・そしてそのせいだけではないかも知れませんが、失われる健康の機会が増えていると、私は思います。

桜が満開になると、毎年、なぜか雨が降ります。浮かれすぎるな!と誰かに諭されているような気になることもあります。

何時でも、何処でも戦争の悲惨さはたくさん語られます。ですが、その裏側で粛々と進んでいるのは武器市場(しじょう)です。武器も科学の進歩とともに進化します。科学の進歩を押しとどめることはできません、それがたとえ武器であっても、です。

SIPRIデータによれば、2024年の世界武器産業上位100社の売上高は6790億ドル(約107兆円、日本の年間予算とほぼ等しい)、過去最高だったそうです。戦争は破壊・・・物理的な破壊とともに人々の心を殺します。そして同時に人々の生活環境を崩壊させ、消耗を生み補充が必要になります。そして再び、さらに破壊力の大きな武器の次なる需要を生みます。ウクライナ侵攻で、それが加速したのでしょう。ヨーロッパでは再軍備が強まり、武器企業の売上が急増しているとも聞きます。ウクライナのお陰・・・・

私たちにとって戦場は遠く、武器産業も身近には見えません。そして利益はどこか別の場所に積まれているのでしょう。昨年2025年度の世界の軍事支出は2兆7000億ドルを超えたそうです、日本円にして319,514,001,118,299 円。319兆円・・・日本の予算の3年分です。しかも武器産業は10年連続で増収だそうです。戦争が起こると、その恐怖が周辺に広がり、備えが競争され、やがて世界全体が軍備拡張の渦に巻き込まれかねません。けど、SIPRIのハッガグ所長は「軍拡競争は抑止力ならない」と断言されています。軍備費の一部があれば、アメリカが撤退した世界保健機関(WHO)に必要な資金は十分待兼ねるのに・・・と私とかつての国際保健仲間は、時々、ぼやきます。

2024年度 世界の軍備費(SIPRIより)

戦争という社会的病気が蔓延し、微生物による生物学的病気が広がる・・・戦争による死という直接の健康障害以上に、発生しなくてもよい感染症流行や母子保健サービスの劣化が救えたはずの命を亡くしています。紛争の影の見えない死・・・それらは戦場での死に比べて驚くほどわずかな経費で救えるのに・・・戦争が長引けば長引くほど武器は売れる。でも、どんなに破壊力の大きな武器が、どれほど売れても健康は守れないし、平和は生まれない。世界の賢い為政者が、戦争に駆けると同じ熱量で健康に投資してくださったなら、世界はもう少し静かで、もう少し安心できる場所になるのに・・・
桜は、雨に打たれても凛として、私たちに問いかけているように思います。お前たち、何時まで何をしているのか?

雨に濡れる桜・・・