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Chair's Blog 会長ブログ ネコの目

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アメリカとイランの停戦

FIFA(Fédération Internationale de Football Association 仏語)こと国際サッカー連盟の2026年ワールドカップ、日本にとっては第2戦目、わがチームはチュニジアに快勝しました!このような戦いは勝っても負けても嬉しいです、納得です。

アメリカがイスラエルと共に2026年2月28日に開始したイランに対する「大規模な戦闘」では、アメリカがイラン国民に対し「聖職者らによる支配体制を打ち倒す」よう呼びかけました。お節介!ではすみませんが、そもそもなぜこの期に及んでアメリカが攻撃開始したのでしょうか?その前のベネズエラ大統領の拉致といい、何か腑に落ちない・・・そして、アメリカはどこかの国への戦争に際して、いつも禍々しい名称をつけらますが、今回の対イラン軍事行動は「Epic Fury エピック・フューリー(壮絶な怒り)」、そしてアメリカをそそのかしたかのような攻撃仲間イスラエルは「Lion’s Roar ライオンズ・ロアー(獅子の雄たけび)」でした。言葉が出ません。

FIFAワールドカップ ロゴ(写真:FIFA)

初日の、初回の攻撃で、イランの最高指導者アリ・ハメネイ師とご家族、そして指導層クラスが殺害されました。何ということ!!と思いましたが・・・どうすることも声を上げることもできませんでした。後から知ったのですが、攻撃2日前、アメリカとイランが「イランの核開発計画をめぐって間接的に協議していた」が合意されなかった・・・だから攻撃する・・・

攻撃されたイランは、中東全域の特にアメリカ軍の基地に対して「アメリカとイスラエルによる一方的かつ違法な攻撃への報復」として爆撃しました。アメリカやイスラエルが他国を攻撃する際の国の承認や宣戦布告(アメリカでは正式な宣戦布告の権限は連邦議会にあるそうです)の承認など、広大な権限を持つ大統領の決定とどう異なっているのか・・・色々報道されていますが、結果として他国を武力攻撃したのです。後追いですが、2月28日朝、テヘラン攻撃後、米国大統領は、「イラン政権はアメリカを標的とした終わりのない流血と集団殺りくを展開してきた」こと、「同国が核計画放棄のあらゆる機会を拒み、ヨーロッパや米軍の外国基地を脅かす長距離ミサイル開発を進めている」と述べ、それらが近い将来アメリカ本土に到達するとソーシャルメディアに投稿されています。

一方、イスラエルはイランの核施設、軍事的インフラ施設を空爆し、イランは報復に何百発ものロケット弾やドローンをイスラエルに投じました。イスラエルとイランは、とても仲が悪い!ということは、何となく理解していますが・・・難しい国際関係です。

イランは、いわゆるホメイニ革命の1989年来、イスラム教の最高指導者が最高権威ですが、アメリカ軍の爆撃後、その最高指導者ハメネイ師の死を発表、国営テレビが40日間の服喪期間に入ると報じました。暗殺、攻撃を危惧しほとんど地上に姿を現されなかったハメネイ師がピンポイントの攻撃で殺されることの脅威は理解しましたが、その是非は今も微妙、何か納得しがたい・・・一方どこかの国が違法に核兵器を開発することは絶対に受け入れがたい・・・

約3か月半にわたるアメリカ+イスラエルとイランの戦闘は、ホルムズ海峡の石油輸送船の通行遮断をもたらし、世界の経済問題そして世界中の人々の生活と密接に関係することも理解できました。そしてこの理解しがたい「戦争」は、この度、パキスタンの仲介で停戦に合意しました。
では、中東は落ち着くのでしょうか?

アメリカの盟友イスラエルはレバノン国を拠点とするイスラム教シーア派の政党かつ武装集団ヒズボラの拠点への攻撃を続けています。ややこしいですが、預言者ムハンマド(モハメット)が興したイスラム教にはシーア派とスンニ派という二大宗派があります。大半のイスラム教徒はスンニ派で、サウジアラビア、トルコ、エジプトなどなど大国がそうです。そして10~15%のイスラム教徒はシーア派でイラン(国教)やイラク、レバノンの住民多数が信奉しています。

日本人の私には、色々あっても停戦したのだから・・・と思いたいのですが、中東の人々、特に2月に突然爆撃を受けたイランの人々や同国と宗旨を共にするレバノンのヒズボラの人々は「停戦?アメリカとイランのことじゃ。フン!こっちは別!」と思われているのかもしれません。難しいです。

三大一神教(キリスト教、イスラム教、ユダヤ教)のひとつユダヤ教がいわば国是のイスラエルはイランだけでなく、レバノンのヒズボラ、ガザのハマス、イエメンのフーシ派などなど、イランと深い関係をもつ武装組織を攻撃し続けてきました。イスラエルには「アメリカがイランと停戦しても、ミサイルが飛んでくる危険性が残る・・・安心できない」という理由でしょうか、良くわかりませんが、アメリカ対イランの戦争はイスラエル(+アメリカ)対ヒズボラ(+イラン)の戦いのようで実は別なのでしょうか・・・例えは不適切ですが、わが国の戦国時代、織田家と武田家が和睦しても、配下の豪族たちがそれぞれ別の理由で争い続けていた・・・みたいな。

Imam Reza Shrine(イラン Wikipediaより)

もう一つ私の理解を超えているのが今回の仲介役パキスタン、30数年前に住みました。1979年、隣国アフガニスタンは旧ソビエトの侵略を受け、国民の1/3以上と云われた数百万の難民を送出し、その多くがパキスタンに滞留しました。以来、何かと不安定な感があります。わが国も、昨今のGDP(国民総所得、国民の金持ち度)の低下を想うと他人のことは申せませんが、それでも短期間生活したが故のある種の親近性から心配するパキスタン国の経済・政治・治安問題を想うと、率直なところ「エッ!他所の争いを仲介するほど国内は安定しているの?」と思いました、失礼ながら。

が、この国、中東外交には一定の存在感があります。まず、イスラム国家としての信頼感とでも申すべきでしょうか、世界最大級のイスラム国家として、サウジアラビアや湾岸諸国と関係が深く、多くの国から話を聞く相手のようです。つまりイランとも対話するし、そのイランと長年のライバル関係のサウジアラビアとも話せる外交関係があります。それに、あまり感心したくはないですが、イスラム圏唯一の核保有国としての重みもあるとされています。

世界で認知されるためには、お金持ち度もありますが影響力というか存在感といったことも重要です。長い単一民族的歴史の中で育ち、それ程宗教色が強くない私のような日本人には判りづらいのが中東、そして宗教的関係、小ぶりながら影響力をもつ武装組織、そして民族性や敵の敵は味方・・・とも云えない複雑な関係。「停戦したのに、まだ、戦うの?」と思うと同時に、複雑な関係にある中東の国々の知人の顔を思い浮かべました。

Faisal Mosque(パキスタン Wikipediaより)