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戦争を起こす「ヤツ」を裁く 赤根智子著『戦争犯罪と闘う』を読む。

品の悪い表現をお許し頂きたいタイトルですが、赤根智子さんの『戦争犯罪と闘う』(文春新書)を読みました。

赤根さんは、オランダ・ハーグにある国際刑事裁判所(ICC International Criminal Court)の所長で、トランプ大統領の迫害?嫌がらせ?の対象になられています。

ハーグには、もう一つ国連組織である国際司法裁判所(ICJ International Court of Justice)があります、ちょっとではなく、大いにまぎらわしいのですが、赤根所長のICCの真ん中のCはcriminal、つまり犯罪(としての戦争など)を起こした人を裁く国際施設で、ジェノサイド(大量虐殺)、人道に対する犯罪、戦争犯罪、侵略犯罪といった国家責任者という立場を越えた国際的重大「犯罪」を犯した「個人」の責任を問う・・・裁くことが責務です。などと判ったように書きながら、その仕事の重大さ、難しさ、そしてしばしば迫るであろう身の危険などは、及ばずながら、少し想像できました。赤根所長は淡々と記載されていますが、実際は、言葉に出来ない厳しさだけでなく身の危険を感じておられるだろうことに想いが至ると、いてもたってもおれない気持ちもあります。

もうひとつのICJは、最後のJ、すなわちjustice 正義、国家間の紛争を裁く司法の国際事務所で、国連の一部です。

新書であるだけでなく、「犯罪」は何となく理解できるとしても、「司法」とか「裁判」とか、ごく普通の人間にはあまり関与する機会がなく、したがって知識が乏しい分野について、赤根所長はとても読みやすく判り易く書いてくださっていますので、私も親し気に、
赤根さん・・・と記載させて頂きます。

私は、この本を読みながら、その昔の自分の国際保健稼業時代を思い出しました。80年代末から90年代、私はいくつかの紛争近傍地での保健医療事業に従事しました。日本国民は、憲法第9条の下、戦場(紛争地)での活動は禁じられています。護られているといっても良いかと思います。国際的には軍隊と認識されている自衛隊ですら、いわゆる「PKO法案」が成立するまでは紛争地活動は制限されていました。私は、そのことはそれでとても良いことだと思う一方、わが国がそれを維持し続けることは困難だろう・・・でも、何としても、それを継続すべきだが、そのためには何をしたらよいのか・・・答えはないのですが、時折、思いました。国際分野で面識を得た人々の中には、身内に「戦死者」がいたり襲撃で亡くなったりの方がおいででした。戦後80年、ただの1人の戦死者も出していない日本が何時までもそれを護るために、何をしたら良いのか・・・と銃声の中で思ったこともあります。
誤解なきよう強調したいのは、私は国と国の戦争であっても、一国内の地域対立的紛争であっても武力行使は絶対反対です。紛争地で見たのは負けた側はもちろん、勝った側でも良いことは何もない。戦いの後には人的物的だけでなく精神的文化的破壊しか残りません。

私の戦争経験は幼児期の第二次世界大戦、わが国の大東亜戦争末期に始まります。空襲警報のサイレン、不気味なB29の爆音の記憶。戦後は、手足を欠いた痩せた傷痍軍人の姿、パンパンと呼ばれ、派手な服装で駐留軍兵士にまとわりつく女性の姿、そして荒廃した国・・・国際保健現場で目にしたのも同じでした。戦いに華やかな「戦果」などはない、勝っても負けても残るのは荒廃した街、むなしさを持つ一時的繁栄に踊る人々の姿です。実際、紛争自体で亡くなる人の数はそれほど多くなくとも、紛争状態がために感染症が蔓延し、栄養状態が衰えた人々の数の方が深刻です。タンパク質やビタミン欠乏などの学問的レベルではなく、小麦粉、ジャガイモ、トウモロコシなど主食の食べ物そのものがない。栄養失調の痩せた母親、しなびたおっぱいにしがみついているしわだらけの赤ん坊、子どもたちは立っているのがやっとというほど痩せて空虚な目をしていました。妊産婦ケアなど、夢のような飢餓集団、予防接種、安全な飲み水、薬、医師、看護師、病院・・・何の意味も持たない言葉でした。おのれの非力さを痛感する日々。そもそもが貧しい所で起こる戦さ、それがために感染症で亡くなる子どもたち。

自然災害も多数の命を奪います。地震、洪水、台風、最近では雨すら災害です。しかし自然災害と戦争は決定的に違います。人間の意思では自然災害は起りません。戦争は「人」が原因です。国と国、国内紛争で民族や宗教、貧困や歴史的怨恨、複雑な歴史ある周辺国との関係、資源と領土、外国の経済力の介入、原因は色々ですが、最後に戦いを始め!と決めるのは人間、そのような「ヤツ」らは絶対に安全な場所にいる。

死ぬのは兵士、逃げ惑うのは住民、母親、子ども、見捨てられるのは障害者、老人、弱きものです。戦いが壊した地域社会の中では下痢や麻疹やありきたりの栄養失調がはびこり、日本ではありえないお産の合併症で女性が亡くなります。

8月は日本でも大雨による被害が多発しました

理不尽!あるまじきことですが「戦争を起こす『ヤツ』が感染症で死ねば良い!」と思いました。実際、長い内戦が続いていたアンゴラでは、ダイヤモンド産地を資金源に戦闘を続けた反政府勢力UNITA指導者ジョナス・サヴィンビの病死後、2002年に内戦が終結し、スリランカでも、長年、政府と戦ったLTTE(タミル・イーラム解放のトラ)指導者ヴェルピライ・プラバカランが、2009年の政府軍との戦闘で亡くなった後、半世紀以上の内戦が終りました。「一人の指導者が死ねば戦争は終わる。」という事実です。どの紛争にも歴史があり多数者が関与します。終結に至たる政治的軍事的要件は異なります。が、戦いでは特定(指導)者の意思が途方もなく大きいことは事実です。では、その「ヤツ」をどうするか。殺せばいい?誰が、どうやって・・・

赤根さんの本は、私がその昔に抱いた無謀な想いに対する、理性的かつ正当な解答でした。誰かが「ヤツ」を殺すのではなく「裁く」のです。戦争開始を命じた者、虐殺を命じた者も国家指導者である前に一個人です。その個人が、何を命じ、何を行い、どんな罪を犯したのか、その責任は何か、その証拠を積み上げ、正当な法によって裁く、それがICCという仕組みだと理解できました。

ICCは、人類が長い歴史の末にたどり着いたきわめて文明的な、しかし極めて困難な試みです。権力者だから裁けない、戦争だから仕方がない、勝った側は罪にならない、そんな世界から、たとえ国家最高指導者であろうと、重大な「国際的」「人道的」「犯罪」を犯した個人には責任があると証拠をつきつける仕事・・・スゴイことです。赤根さんの本を読んで判ったことは、そんなすごい仕事を背負いながら、ICCは自前の警察的軍隊的防御力がない・・・戦争犯罪人だ!と決めた「ヤツ」を逮捕するには覚悟が必要ですが、アメリカ、中国、ロシア、インドなど、ICC非加盟国には大国が多い。国際政治の巨大力学の中で「法」を貫くICCの任務がどれほど厳しいかは想像に余りあります。

その昔、いわば戦争「下流」に身を置く医師だった私の仕事は、難民となった人々の健康を護る、感染症予防のため子どもたちにワクチンを打ち、栄養障害対策を講じ、妊産婦や赤ん坊を護ることでした。実際の紛争地では救急外科的任務も大事です。ですが、水道の蛇口は開きっぱなしで床にあふれた水を一生懸命拭いているような事態も多々ありました。医療的に申せば対症療法、熱があるから熱さまし、痛いから鎮痛剤です。根本療法ではありません。痛感したことは、対象療法も必須だけれど、それだけでは戦争は止まらないし、なくならないことでした。思い出します。2度目のワクチン接種にたどり着いた、海抜3000mを超える国境の難民集落は、直前の襲撃で根こそぎ破壊され誰もいない・・・予防接種で護れる健康が襲撃で皆殺しの対象になったのです。

それ故、健康を護る、人を救う活動と同時に、人を痛めつける、苦しめる行為そのものに責任を負わせる仕組みは必須なのです。「戦争を起こしたヤツが死んでしまえばいい」・・・かつての私は紛争地の片隅で、そんなやぶれかぶれの想いを抱きました。

赤根智子さんの『戦争犯罪と闘う 国際刑事裁判所は屈しない』を読み理解できたことは、戦争を起こす「ヤツ」らに死んでもらうのではなく、証拠を示し、弁明の機会も与えつつ法廷で裁くという、優れて高度で理性的な解決法の確実な実践です。戦争だから何をしても許されるのではなく、それを命じた者の責任は問うという人類の叡智。如何に大きな権力を持っても、人を殺す、傷つける、他者の人生を破壊する責任からは永遠に逃れさせない。けど、このような仕組み、考えがどこまで確実に実践できるか、楽観できないことも理解できます。横暴な大国の為政者・・・ICCはささやかでも、何人〈なにびと〉も侵すことを許さない人類全体の良心です。

途方もなく重要だけれども、きわめて困難な重責、今は身の危険もあるかもしれない、世界で最も大事な職責のトップが日本人であることを、私たちは誇らしく思い、そのお立場をしっかりと護らねばなりません。

赤根智子所長!!ご健康に留意されてのご貢献を切望します。負けないで下さい。