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2025年度の概算医療費の報告。医療費がまた増えた・・・

8月28日、厚生労働省が「令和7(2025)年度 医療費の動向」(厚生労働省HP)を発表しました。報道用の概要にありますが、昨年の医療費の概算49.2兆円はその前の2024年度より1.3兆円(2.6%)増加しました。(厚生労働省プレスリリース参照)などと分かった風に書きましたが、そもそも49兆円ってピンとこない。49万円はまぁ判る、490万円はちょっと格好良い高級車1台、4900万円は地方都市の3LDK新築マンションの購入費。その上、億の桁になると想像力がない・・・

も少し見ますと、受診延日数は0.7%の減、ほんの少しですが受診日数は減りました。が、1日当たりの医療費は3.3%の増、入院医療費は19.6兆円で2.3%の増です。厚労省の説明では医療費増2.6%のうち「高齢化の影響」は0.6%だそうで、医療費増は高齢化のせいではなく、1日当たりの医療費増(3.3%)の影響とされています。

「令和7年度 医療費の動向」(厚生労働省プレスリリース)より

必須の医療は行わねばなりませせん。医学、医療技術の進歩、高価な薬剤も増えました。必要な場合、それにお金が使われることは当然です。

しかし、です。わが国の人口は減り続け、働く世代も減っているなかで医療や介護、福祉を要する高齢者は増え続けています。「具合が悪ければ、とりあえず病院!」「高齢者?とりあえず入院!」というこれまでのやり方、仕組みはもう無理です。国という巨大単位でなく、身近なご一家の日々を考えると、ウ~ンそうだなと思われることもおありでしょう、お年寄りも病院好きでした。

私も立派な後期高齢者ですが、高齢者は入院すると体力が落ち「廃用症候群」と呼ばれる寝たきりになりやすいことを正しく理解すると、高齢者の入院はある病気を治せても全体として「病院=安全な場所」、「治療=将来の健康の保障」にならないことが判ります。つまり、ある病気は治療できてもベッド上の時間が長くなり、ほとんど歩かなくなると食欲は落ち、筋力は衰え、時には「せん妄(病気などが原因で脳機能が急激に混乱し、正常な対話や行動ができなくなる)」を起こすこともあります。よくあることですが、歩いて入院したのに退院時は歩けない・・・もあります。いわゆる「廃用症候群」です。若者なら1、2週間の入院は問題でなく、退院するとほぼすぐに元に戻ります。そもそも最低の身体機能で生きている高齢者はたった1週間で「自宅で暮らせた人」が「要介護の人」に変わってしまいます。

しかし、医療費を節約するために入院を避けるのではありません。不必要な医療を減らすし、高齢者の生活能力を護るために在宅ケアを勧めたいのです。誤解のないように申しますが、「必要な入院を止めよ!」、「医療費節約のための在宅ケアを!」でありません。入院後、病気は治ったけれど寝たきりになると介護・福祉経費が増えるだけでなく、ご家族の物的財政的そして人的負担が増え、しかも本人の生活の質QOLが劣化します。それを防ぎたいのです。

ですから、入院に関する医療費だけをみても社会全体で必要なケアや福祉コストは判りません。笹川保健財団が進める在宅看護センター事業は「治す医療」だけでなく「暮らしを守る医療」を、看護力を使って進めるものです。「病院か在宅か」という二者択一ではないのです。

在宅ケアの様子(ささへるジャーナル記事より)

肺炎、心筋梗塞、脳卒中、骨折など、入院しなければならない病気、入院すれば治る病気は当然ありますので、必要な時には速やかに入院すべきです。ですが、病院でなければ出来ない治療が終われば、速やかに生活の場に戻っていただく、些細な変化、病状の小さな変化なら在宅医療・看護での対処は可能なのです。

言葉を変えれば、「入院させない」ではなく「入院しなくても安心な生活の場でのケアの仕組み」をつくるのです。日本のように、特別な障害者を除けばほぼすべての大人が読み書き可能で、各地には在宅医療、在宅看護が広がりつつあることを考えれば、在宅ケア、在宅看護の役割はますます大きくなりましょう。私どもが進めている在宅看護師の役割も大きくなってきました。そして効果的です。

ご自宅で脈を取り血圧を測り、服薬確認だけが在宅看護ではありません。しかるべき研修を受け現場経験を重ねたベテラン在宅看護師はご本人やご家族との対話から、食欲や睡眠はどうか、歩けているか、服薬は適切か、家の中で転倒しそうな場所はないか、ご本人の認知機能はどうか、ご家族が疲れ切っていないかなど多様な状況評価も行います。最重要事は、ご本人は本当はどこでどのように暮らしたいのか、病院では見えにくい私生活の中の願望や問題にも出来る対処を致します。

繰り返しますが、在宅看護は医療費節約のためでもなければ、高齢者を病院から排除するためでもありません。子ども、障害のある人、難病を抱える人、そして望まないまま死に至る病を得て人生の最終段階にある人、それらの人々を住み慣れたご自分の棲み処、思い出が詰まっているだろう地域で最後まで心安らかに過ごせるように、その中での療養を維持するための手段、方策です。

ですから、今直ぐは無理でも、中長期的には、高齢社会であろうとなかろうと、高齢者や病人が「病院に行かなければ安心できない」社会でなく、「誰もが在宅でも安心して療養できる」社会になることが重要でしょう。それが可能なら、結果として不必要な救急搬送や過剰入院、再入院は減り、病院では真に必要な医療が適正に行われ医療費や介護費の増加もコントロールできるでしょう。

病院と自宅の中間施設・看護小規模多機能型居宅介護事業所(ささへるジャーナル記事より)

今、重要なことは私たちの意識を変えることと、状況を組み立てる順序です。医療費を削るために高齢者を家に置くのではなく、高齢者の暮らしと機能をまもるための在宅ケアの仕組み作りです。その結果、誰もが安心して在宅で療養できること、そして不必要な医療費が減ることです。

49兆円を「誰が払うのか?」ではないのです。
医療費が増えると、いつも「患者負担を何割にするか?」「保険料をどうするか?」「診療報酬をどうするのか?」という、あえて申せば不毛な議論が沸騰します。それは必要ですが、その前に問うべきことは限られた医療費、日本の資源が真に国民の、すなわち私たちの健康と生活を護るため、良くするために使われているのか、私たちがそれを濫用してはいないか、自分たちがそれを考えることではないでしょうか?