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~『飛族<ひぞく>』と『五島崩れ』~島の物語

 

村田喜代子氏の『飛族<ひぞく>』を読みました。

日本の西方か南方にある養生島に、92才のイオさんと88才のソメ子さんという二人のあわび取り海女さんが住んでいます。2,30年前には、それなりの集落があった島は、もはや限界集落を超えて、いつ消滅してもおかしくない人口二人、平均年齢90歳なのです。そこに大分県の「山の中」に嫁に行ったイオさんの娘65才のウミ子さんが母親を引き取ろうとやってきました。

イオさんの夫、ウミ子さんの父は、クエ漁のさなか、台風に巻き込まれて遭難死、遺体も上がらなかったのです。だから、島にある海辺の墓を捨てて、大分の山の中なんぞには行けないとイオさんはいいます。二人の海の女たちは、嵐で亡くなった男たちは、ミサゴやイソシギやアジサシという鳥に姿を変えて島に戻っていると信じている様子・・・そして、それらの鳥との対話のような鳥踊りの練習に熱中します、近隣の島々との合同盆踊りで踊るのだといいながら。輪廻の思想があるのでしょうか。

長閑な島の、二人の老女の生活は淡々としています。が、息苦しくなるようなビビッドで国際感覚を要するお話もあります。

人が一人でもおれば、巡回船を回し、電気や水のインフラにも食料移送と保存にも経費が掛かるのです。そして、二人が住む国境近くの島では、中国の不法船団も見え隠れしています。国境とは、侵入者、難民、避難民と国民を区別するための人工の、架空の障壁です。鳥は、それを軽々と侵しているのですが・・・

鯵釣り後の浜辺で、中国語でウミ子さんを詰問したのは、小型巡回船で国境近くの島々を回る波多江島役場の若いお役人鴫<シギ>さん。水産大学卒の鴫さんは知的で優しく、凛々しいのです。鴫さんの任務は多種多様ですが、不法侵入の警戒だけでなく、過疎地の島々の活性化を考え、災害時の孤立老人たちのお世話もします。が、この方、不要ないさかいを避けたい・・・国同士のもめ事も防ぎたいと知恵を働かせているような、だから、無人島にはしたくない、たった一人でも90才でも、ヒトがいて人の気配があればよいと。だから、実際はもう出漁することもない漁船の大漁祈願の幟を揚げたり、ウミ子さんをモデルの島おこし写真を撮ったり・・・愛国者という言葉が不適切なら、地域のガーディアンです。

そんな日々の中、国際問題の防御役になっているなど考えもしない二人の老女は祈ります。

イオさんの夫たちが遭遇し遺体も上がらなかった巨大な台風という自然災害の犠牲者も、病気や加齢から朽ちるように亡くなる隣人たちへの悼みも共に、よそ者になってしまったウミ子さんには理解できない祈りの言葉・・・でーうーすーが・・・「でうす」はdeus、ラテン語の神様です。

同じく九州出身の芥川賞受賞者森禮子さんの『五島崩れ』を思い出しました。

こちらは、島原の乱の後、キリスト教徒迫害を逃れて五島列島一帯の、人里離れた、貧しい集落に逃げ、隠れ住んだキリシタンの人々の物語でした。その人々が、何世代もの間、密かに口伝えた祈りの言葉には、耳慣れないラテン語やポルトガル語からの言葉が記されています。パライソとはパラダイスで天国、パードレは父の意ですが、キリスト教では教父さま、カテキズモ(教義)、デウス(神様)、オラショ(隠れキリシタンの唄)などなど・・・

隔離された人々、隔離されている人々、そしてそのような人々への差別や偏見・・・私どもの日々の仕事は、そんなことが少なくなってゆくための闘いのような気がします。

『飛族』も『五島崩れ』も小説・・・創作ですが、どちらもドキュメンタリーのように読めました。前者は、現在進行中の、そして後者は、過去にあった・・・

 

ゴンクール兄弟の箴言

「歴史は過去にあった小説であり、小説は過去にあったかもしれない歴史である」

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