会長ブログ Chair's Blog

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看護師が社会を変える-2

長く生きてきたので、時々、何故・・・したのとか、〇〇〇というところはどんなところなのかとの問いが、最たるものは、医師の私が、何故、看護師のことを??と云うのがあります。

あちこちで同じことを申しているのですが、私が看護力に注視するようになったのは、その昔LDC(Least Developed Country 後発開発途上国)との呼称があった頃の、本当に貧しい途上国の田舎や、紛争地で働いていた頃です。

病院がないとか、診療者つまり医師ら保健スタッフが常駐する医療施設がないだけでなく、電気もなく、安全な飲み水も確保されておらず、住民の多くが読み書きできないような地域、そんな地域でも、大勢の人々が暮らしています。朝日と共に起き、日没とともに眠るのは、まことに自然にかなっていますが、それは天候が安定し、それなりの収穫があって、人々が元気ならば・・・なのです。私自身、ナイーブな(ある意味「馬鹿な」と同意語)開発初心者だった頃、泥を練り上げた壁に、蘆か葦のような茎を重ねた屋根の集落を見学したことがありました。たまたま、夜半、宿舎が壊れそうな豪雨でした。あの集落の家々はどうなっただろうかと、まんじりともしないまま朝を待ちました。再度、その集落に車を走らせましたら、あちこちの水たまりでは子どもたちが泥んこになって騒いでいました。家々はびくともしていませんでしたが・・・長老に、うかがいましたら、カラカラと笑った後、仰せでした。

「オマエなぁ、雨が降ったら濡れればいいんじゃよ・・・」と。家の中でも・・・

そんな環境でも、赤ん坊は生まれ、子どもは育ち、女性は孕み産み、母乳を与え、人々はやがて生を終えます。女性の多くに貧血があり、しかし、それでも家事、育児、薪を探し、水汲みに長い道のりを往復し、農作業もこなします。当然、色々な健康問題があり、しばしば感染症も広がります。そんな時に、それらの不健康と立ち向かうのは、Village Health Worker(村落保健員)とか、Lady Health Worker(女性保健員)とかとよばれる、欧米のNGOによる短期間の保健訓練を受けただけの保健員でした。時には、都会で、看護教育的な訓練を受けた人がいることもありました。少しでも保健の知恵がある人が一人でも存在すれば、特に女性、乳幼児の状態が良い・・・と云うより、マシでした。きちんと看護師とよべる人でなくとも、下腿の浮腫を指摘できる人がいるかいないか・・・で、妊婦の健康は異なる…と、実感させられました。

看護師が人々の健康をまもっている!!のです。看護師といっても、日本の看護師のように、きちんと学習してきた人ではなく、いささか偏見のある言い方ですが、看護師もどき・・・かもしれません。でも、そのような人々がいるといないのでは大違いなのです。

予防接種の準備をする看護師

しかし、それが紛争地になると、村の女性保健員が人々の健康を護っているのに、村のオトコどもは銃を持って戦いに馳せる・・・命を落とすか、手足を捥<モ>がれ、障がい者になる・・・

保健員・・・看護師が地域の健康を護っているのに、と怒りを覚えることもありました。しかし、村の長老、一族の長の決定に逆らうことは不可能なのでしょう。男たちは銃を捨てることが出来ず、闘いに明け暮れる。地域の開発は等閑<ナオザリ>にされ、安全な食料と水は確保されず、栄養障害が潜在し、感染症が蔓延する。開発途上から抜け出せない国、地域だらけでした。

1977年 第30回WHO総会で、“Health for all, by the year 2000(西暦2000年までに、すべての人々に健康を)”のスローガンが満場一致で合意されました。正確には、西暦2000年までに、すべての人々が社会的経済的に生産的な生活を送れるような健康を達成できるように・・・なのです。そして翌年、これを実践するための戦略として、Primary Health Careが提唱されました。それは、次回・・・

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