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マスクの話 その2

日本衛生材料工業連合会のホームぺージには、日本のマスクの歴史は明治初期とあります。主に、粉塵除けだったとか、金網に布地をフィルターとして取り付けたものだそうです。が、このマスクは1918-19年のいわゆるスペイン風邪(インフルエンザ)大流行時に役立ったとも記載されています。一方、江戸時代に島根県の石見銀山では、鉱山病予防に「福面」が考案されたとあります。鉄製枠に梅肉をはさんで薄絹を張ったマスクですが、梅のクエン酸が鉱塵吸入を防いだそうです。

私どもは、マスクと云えば、昨今、皆が着けている鼻と口を覆う形を想像します。英語では、それらはfacial maskと顔面が付いています。単にマスクと云えば、仮面でしょうか?仮面などというと、私などは、古めかしくベルディだったかのオペラ「仮面舞踏会」などを連想しますが、30年位も前、一世を風靡した「少年隊」とかのデビュー曲です!!と若い知人から、クレームが付きました。が、顔面を覆うマスクは、日本ではお面です。おかめとかひょっとことか、天狗もありますね。その昔、アフリカ諸国、チベット、ネパールやブータンなどなど、興味深い趣ある民芸品のお面を集めました。アフリカ製は木というか木彫り、アジアは紙を溶かして固めて色付けしたものが多かったように思います。

度々の引用で恐縮ですが、世界的な医学週刊誌The Lancet 2020年5月22日号に興味深い記事
「医療用マスクの歴史と使い捨て文化の台頭(A history of the medical mask and the rise of throwaway culture)」がありました。ちょっとなぞってみます。

新型コロナウイルスのパンデミックで生じているマスク不足は近代医学と公衆衛生学の脆弱性の象徴だと決めつけていますが、人々がパニックになって買い占めたり、臨時のマスク製造者が現れたり流通が混乱するのは、医学史的に別の要因があると・・・何、それです。それは1960年代以降、従来の再利用可能なマスクを使い捨てにしたのは、1955年、Life誌が「何でも捨てちゃえ型暮らし」と命名した消費者文化が医療体制にも影響したとしています。ウーン、私が医師になったのはそれより10年後でしたが、まだまだ再使用資材全盛、ガラス製注射器、ステンレス製注射針、検査のための試験官も毎回洗っていました。が、そのことである種感染症が広がったことも事実です。

さてさてマスク。

歴史的に、鼻と口を覆うことは、近世ヨーロッパの衛生習慣として始まった・・・中世のペスト流行時(14世紀)、鳥のようなマスクをした医師の姿が残っています。嘴の中に香水やスパイスを入れて病気の原因と考えられていた瘴気(ミアズマ、悪い空気)を中和しようとしたのだそうです。

少し学問的になりますと、1867年、イギリスの外科医ジョセフ・リスター(1827-1912、ほぼナイチンゲール同世代)が、手術後の傷が化膿するのはルイ・パスツール(1822-1895)が顕微鏡的に証明したモノ=細菌が引き起こすと仮定し、防腐剤を使用すればよいとの考えを示しました。感染という考えの初めです。1880年代には、新世代とよばれた外科医らが細菌の創傷侵入を防ぐために、大げさな無菌戦略を考案、手だけでなく、器具や術者の息も問題!と疑いました。ブレスラウ大学(現在はポーランドのヴロツワフ)外科主任ヨハン・ミクリッツ(1850-1905)は、息から滴る液が培養可能な細菌を含むと実験で証明した地元の細菌学者カール・フリューゲ(1847-1923)と共同研究し、1897年から手術時にマスクを着用し始めました。「2本のひもでつながれたガーゼで鼻と口とあごひげを覆うように顔をすくい取る」のがマスクです。パリでも、外科医ポール・バーガー(1845-1908)が、術者や助手が話すと、唾液中の細菌が術野に落ちるとし、同年、手術室でマスクを着用しはじめました。いずれも、細菌を殺すのではなく、細菌を避けて感染を防ぐやり方には、疑問を持つ医師もいたようです。例えば、ベルリンの医師アレクサンダー・フレンケル(1845-1941)は、「創傷完全無菌化のため、ボンネット、マスク、ベール付手術衣全体」に懐疑的でしたが、マスクは次第に普及します。1863年から1969年の106年間の欧米の手術室写真1,000枚以上を調べたところ、1923年には2/3、1935年には、ほとんどのスタッフがマスクをしていました。

1905(明治38)年、わが国は、ポーツマス条約により、ロシアから当時の満州、租借地であった関東州(旅順、大連など)を引き継ぎましたが、1910–11(明治43-44)年、この一帯でペストが流行りました。その時と1918–19(大正7-8)年のスペイン風邪(インフルエンザ)流行時の一般住民のマスク使用は、それまで病院手術室での感染防止策だったマスクが地域へ出た最初と考えられています。インフルエンザ大流行の間、警察や医療従事者の他、アメリカでは一部都市居住者のマスク着用が義務付けられています。サンフランシスコでは、インフルエンザ死亡が減ったのはマスク着用政策のせいとされています。街に出たマスク、この時点で手術室での用途を超えました。

20世紀に入って、マスクの工夫が始まりました。通常は何層かの綿ガーゼに金属フレーム付不透過性層を加え、洗浄可、金属部分は滅菌可で「長期間使用可」で特許を取ったアメリカ人もいました。再利用マスクの細菌ろ過率も検査され、マスクに細菌を噴霧したり、ミスト化した細菌噴霧室内にマスク着用ボランティアに入ってもらうなどなど。そして、マスクの細菌ろ過程度にはかなり差があるが、適切に使用すれば、感染を防げることが確認されました。

次は1930年代、医療用マスクの使い捨て紙マスク化と、1960年代の合成素材マスクの導入です。1960年代初頭まで、不織布や合成繊維製の使い捨てマスク広告が看護や外科系雑誌に出ていました。効果抜群、快適で利便性に富む・・・と。従来型とは異なり、カップ型マスクは顔にぴったりと収まり、吸気も呼気もろ過し、湿気を防ぎますが、滅菌すると合成繊維が劣化するため、一度しか使用できません。

再利用可のかつてのマスクは、1969年、病院管理者が、注射器、針、処置用容器入れ、外科器具のすべてを「完全使い捨て制」にする広範な病院改革として導入されました。確かに、使い捨ては、いい加減な滅菌によるリスクが減るだけでなく、実は人件費削減、消耗品管理の簡易化の流れに乗っていました。激しい売り込みもあって、使い捨て消耗品が増えました。

「業界後援」の研究では、新しい合成材のマスクは従来型再利用可綿マスクより優れているとしており、1975年の綿マスクを含む最後の研究が、4層綿とモスリンからなる再利用マスクは人気抜群の使い捨て紙マスクや新しい人工呼吸器よりも優れている、「綿はうまく組み合わせた場合、合成布と同程度の効果がある」と述べ、別の研究でも、再利用可マスクは、洗うことで繊維が引き締まり、細菌を通さなくするとも示唆しましたが、市販の綿マスクがなくなった後では、職人や家庭での手製マスクと市販の使い捨てマスクの比較では、後者がすぐれているとされ、きちんと製造した再利用可能な綿マスクは研究対象から消えてしまいました。

COVID-19大流行の間、街に出る際、市民のマスク着用が推奨されている国もあります(この論評は5月22日号に掲載されていますが、出稿は3月頃?)。また、典型的参加型草の根運動で、自分が使うだけでなく自家製マスクを近隣病院に提供するよう勧める活動も広がっています。地域社会の個々人が使用する再利用可能マスク生産はいくらかの解決法と人々への安心感をもたらしますが、現在、世界的になっている医療用保護具不足の解決にはほとんど役に立ちません。医療従事者や病院では、使い捨てマスクの再利用法を研究していますが、これとて、1970年代までの、本来、再利用可能なマスクでの実験とはまったく違います。

かつては、再利用可能マスクは医療用兵器の重要部分でしたが、1960年代の使い捨てマスク導入により役割が終わりました。使い捨てマスクとレスピレーターは、ケアの程度にあわせて設計される特定ろ過機能を備えており、今後も医療用個人保護具の重要部分であり続けるでしょう。

次なる大流行時のマスク不足に対応するには、使い捨てマスクの大量備蓄を超えて、救命に必要な資材にも適用されている使い捨て消費文化というリスクを考慮する必要がありましょう。

いつか、1918年に医療研究者が書いたように「マスクは繰り返し洗浄し、無期限に使用される」とまた、云わねばならないかもしれません。

たかがマスク、されどマスクです。

皆さま、マスクは飾りではありません。きちんと鼻と口を覆いましょう。あごの下、鼻の下のマスクは、していないも同然です。