会長ブログ Chair's Blog

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国の消長の続きの続きー国家と差別偏見

以前、2月、3月に、国のことについて書いたことがあります。またまた・・・ですが、理由が二つあります。ひとつは6月4日、中国の天安門事件です。その日・・・1989年のこの日、アフガン難民支援でパキスタンに住んでいた私のところに、北京経由の飛行機で友人が来ることになっていました。その飛行機が、なかなか着かない・・・その理由が天安門事件でした。

それ以前から始まっていた全国的民主化運動に対峙する学生たち、100万人が立ち並べるという天安門広場とその両側に続く片側5車線の13.5キロメートルのまっすぐな長安街が人、人、人、そして戦車で埋まった、為政者の指示によって、軍隊が市民、学生と対峙しました。戦車の前に立ちはだかる人の姿が、後にパキスタンの新聞でも報道されました。

国を護るための軍隊が国民に銃を向ける・・・双方にはそれぞれ言い分があるのですが、万人に納得のいく答えはありません。31年も前だった・・・と、5月28日の全人代(中華人民共和国=中国の立法府かつ国の最高権力機関)が、香港に対する「国家安全法」の制定を採択したニュースを見ました。そして、数年前の香港雨傘革命を思いだしました。簡単に意見を申せる問題ではありませんが、中国の内政、香港における「一国二制度」という文字が目に浮かびました。国とは何でしょうか?

もうひとつは、世界の民主主義のリーダーであって欲しいと願っている、願っていたと過去形で書くべきかもしれませんが、アメリカの最近の「事件」、そして大統領の言動です。新型コロナウイルスは、まだ、おさまってはいませんが、同じように、メディアで取り上げられています。ことは、アフリカ系アメリカ人である黒人ジョージ・フロイド氏が複数の白人警官に取り押さえられる過程で殺されました。その中の一人が「息が出来ない!」と訴えるフロイド氏の首を膝で押さえ続けて「殺してしまった」過程は、一部始終が録画され、世界に流れました。

6月8日付けワシントンポストには、「警官の銃によって、毎年1,000人近い人が殺傷されている」とありましたが、毎日2人か3人の国民が警官に撃たれているのです。しかし、この「事件」は、ある「警官」がある「黒人」「市民」を「殺した」という次元には留まらない広がりを持っています。

すなわち、フロイド氏の死は、これまでの同様事件を超え、過去の同様の黒人差別撤廃運動を超え、そうです、あのローザ・パークス事件(注1)を超えて、すべての人に対する差別偏見へのすべての人々の憤りを連帯しつつあるように思います。だからこそ、短時間にアメリカ全土に広がり、今や“Black Lives Matter(黒人の命が大事)”通称BLMという世界的運動に到ったのでしょう。そうです、人々の意識は軽々と、瞬時に国境を越えます。

BLMは、単に広がっただけではなく、人々の中に見えない杭を打ち込み、何らかの行動を起こす人数を増やしているだけでなく、アメリカ国内では、過激化もしました。その過程で、大統領が州兵出動を示唆しました。大げさに申すのではなく、人々が正義のために立ち上がったのに対し、為政者が抑圧する・・・失礼な言い方ですが、何だか途上国のような、と思い、また、30年前の天安門を思い出しました。為政者が国民に銃を向けることがまだ起こる、しかも民主主義のアメリカで・・・

国は国民を護る責務がある・・・かつて難民支援で働いた時に、何度も思い返したことです。

その国という言葉ですが、日本語には、国、邦、くに、クニがありますが、意味はあまり変わらないと思います。英語では“state”、“nation”、“country”という単語があります。

Countryは、地理的な広がりからの国土であり、どんな人が住んでいても、どんな政治体系でもかまわないのに対し、nationは、民族的かたまりから見た国です。国民という意味もあるnationという単語は、難民支援に関与していた頃には意識しました。最後のstateは、United States of Americaのそれですが、語源はラテン語statusで、ある地域の中の住民への支配権を意味するとされます・・・ので、私は政治信条的結びつきによる範囲をいう国だと思っています。

アメリカの独立宣言の初めの方には、「われわれは、以下の事実を自明のことと信じる。すなわち、すべての人間は生まれながらにして平等であり、その創造主によって、生命、自由、および幸福の追求を含む不可侵の権利を与えられているということ。こうした権利を確保するために、人々の間に政府が樹立され、政府は統治される者の合意に基づいて正当な権力を得る。そして、いかなる形態の政府であれ、政府がこれらの目的に反するようになったときには、人民には政府を改造または廃止し、新たな政府を樹立し、人民の安全と幸福をもたらす可能性が最も高いと思われる原理をその基盤とし、人民の安全と幸福をもたらす可能性が最も高いと思われる形の権力を組織する権利を有するということ、である。」とあります。

この理念の下にできた国がアメリカ・・・としたら、ジョージ・フロイド氏が、人々を護るべき警官に殺されたこと、それに抗議する人々と警官の対立も、民主主義の国アメリカには、まったくもってふさわしくなく、美しくないと思います。多民族国家アメリカを束ねる理念は、民主主義でしょうに。

アフリカ系アメリカ人女性として初めて国務長官(2005年 ブッシュ政権)に就任されたコンドリーザ・ライス氏のワシントンポスト(2020.06.05)への投稿「今、私たちは、アメリカの人種問題に立ち向かうことを求められている(This moment cries out for us to confront race in America) 」を読むと、アメリカでのこの問題の根の深さと、その対策として個々人がなすべき意識改革の重要さが判ります・・・と簡単に云ってはいけないと思いますが、「人種」問題だけでなく、様々な差別偏見という、きわめて個人的な意識を、改めて、自覚しなおしています。

格調高いライス氏の投稿は短いので、ざっと読めば、雰囲気が判りますが、英語の達人である知人による翻訳を添付しておきます。

今、私たちは、アメリカの人種問題に立ち向かうことを求められている

注1 ローザ・パークス事件:1955年、アラバマ州モンゴメリーという町で、公営バス(当時のアメリカ南部州では、人種分離法<ジム・クロウ法>によって、公的な場所では白人と黒人の席は完全に隔離されており、しかも運転手が白人席を広げることも許されていた)で、運転手の命令に背いて白人に席を譲ることを拒否したことで、ローザ・パークス氏が逮捕された事件。これが契機となって、着任したばかりの牧師マーティン・ルーサー・キング・ジュニアらが抗議運動を起こし、すべての黒人がバスをボイコットした。これが、アメリカの公民権のきっかけになったことで、ローザは、「公民権運動の母」とも呼ばれている。

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