会長ブログ Chair's Blog

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夏の蝶・・・畏友中村哲の初盆

新型コロナウイルスが蔓延しつつある中で、ちょっと早めの夏休みを取りました。

いずこもウイルス、ウイルス、PCRです。

各種各様の保健医療分野専門家、交通、物流をはじめ、警察や消防や自治体、そして必須の社会活動に携わって下さっており、100%の閉鎖が不可能な分野で活動されている方々には、夏休みどころか、毎週のお休みもきちんとお取りになれない状況が続いているだろう中で、早々と夏休みを頂くことは、ちょっとでなく大いに後ろめたい気も致します。とは申せ、後期高齢者がウロウロすることこそが問題との自己弁明も考え、不要不急、無用の移動は慎まねばなりませんので、所用で移動後の福岡県に。

住宅地の中の広い敷地にある古い民家の、改修された部分をお借りしていますが、広々とはしていますが、まぁ、ここも暑いこと。ただ、お庭の一角には、家主どのが丹誠込めてお野菜やお花を植えられています。お許しを得て、お花を切って、部屋に彩りを添えさせて頂くこともあります。

まだ、空気がさわやかな午前中、積読していた本を手にします。気持ちが良いと、ついウトウトしたりしますが、まとまって本を読み、オペラCDをかけて、至福の時、ついでにコーヒーを入れて。

見るともなく外をみやると、大きなキアゲハが、鶏頭の花をめぐっていました。

蝶・・・畏友中村哲は、蝶に魅かれてパキスタンに入ったのでした。

哲先生を魅惑した蝶々は、キアゲハではなく、元祖モンシロチョウともいわれるパルナシウスだったと思います。蝶の名前より、怪獣とか恐竜の名前みたいですが、本当にいるのか見たかったのだと、ご本人からうかがったことがあります。

アフガニスタンは、左手の親指を突きだして作った拳のような形で、その親指部分から握った拳の山になっている関節辺りは、地図で云えば、アフガニスタンの東北部から南西部にかけての幅500キロメートル、長さ1200キロメートル以上という広大峻険なヒンドゥクシュの山脈が広がっています。その最高峰は、パキスタン国内に位置する7,690メートルのティリチミールです。山は遠くから仰ぎ見るものと思っている私は、たまたま訪問したパキスタン北部のチトラール地方から眺めましたが、思わず、あの山の名前は何?と尋ねたほど、美しい山でした。

哲先生は、その山麓に生息するという幻の蝶を見たいという理由でパキスタンに来たのだから、「動機は不純ですタイ!」と、博多弁で、嬉しそうにおっしゃいました。1980年代末、まだ、ペシャワール会総帥の哲先生が、ペシャワールでの活動に主力を置いていた頃でした。そんなお話をされる先生は、本当に楽しそうでした。

あちこちに書いていますが、私がペシャワールに滞在した2年間、何度もご自宅で手料理をふるまって下さった奥方との新婚旅行もパキスタンとネパールだったとか。先生が身罷られた後の話ですが、新婚旅行当時、奥方は、パキスタンがどこにあるのか正確には理解していなかったのよ・・・と苦笑されました。恐らく、哲先生は、そうして物静かで、今も変わらず純な奥方をパキスタンそしてアフガニスタンへの、後の使命に順応なさるようにされたのか・・・と思います。

8月9日、ペシャワール会幹部4名とともに、哲先生の初盆にお参りさせて頂きました。

それぞれ、少しづつ異なる先生の面影をお持ちの4人のお子さまとお孫さま、よき母、やさしい祖母でもあるけど、やはり哲先生を支え続けた尚子夫人。和やかなご一家、ご令息は、先生そっくりの風貌以上に、物静かでも存在感があるという雰囲気がいっそう先生を思い出させます。ご葬儀の際の感動的なご挨拶が聞こえるような気がしました。

少しずつ、ぺシャワール会のお手伝いを始められた長女の秋子さま、失礼ながら、ペシャワールでおむつを替えた・・・次女どのも、子ども時代を存じ上げない三女どのも、皆さま、それぞれ、ご両親の面影濃く、麗しい大人、社会人にお育ちなのですが、私は30年余前、奥方が食事の準備中に遊んだ上お二人の子ども時代の思い出から抜け出せていません。

告別式や、その後の追悼会で飾られた柔和な先生の写真を前に、私は、また、云いたくなりました。「なぜ、あなたは死んじゃったのよ!何故、なぜ、なぜ?年寄りの私が、あなたの初盆にお参りするなんて、何てこと!」

2019年12月4日、ロンドンで訃報を知った日から8ヵ月が経ちました。

先生が、短い帰郷の日々、黙々と草を抜かれたというお庭には沢山の木々が風にそよいでいました。そして、ここでも小さな蝶が二匹舞っていました。

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