JP / EN

News 新着情報

訪問看護におけるカスハラの実態。看護師たちが模索する、利用者やその家族との向き合い方

2025年6月15日に開催された「第7回日本在宅医療連合学会スポンサードシンポジウム」にて、訪問看護のカスハラ対策の取り組みについて発表した、訪問看護ステーション「晴」代表の赤瀬さん

取材:ささへるジャーナル編集部

2025年4月、東京都が全国に先駆けてカスタマーハラスメント(以下、カスハラ)防止条例を施行しました。6月には、事業主にカスハラ対策の「雇用管理上の措置義務」を課す内容を含んだ労働施策総合推進法の改正が国会で可決・成立するなど、カスハラはいまや社会全体で取り組むべき課題として認識されつつあります。

医療機関においても、患者や家族からのペイシェントハラスメント(以下、ペイハラ)が深刻な問題となっており、特に看護師が単独で対応する訪問看護の現場では、そのリスクはより顕著です。

こうした中、笹川保健財団「日本財団在宅看護センターネットワーク」では、2023年にネットワーク内の事業所で発生したカスハラの重大事案をきっかけに、有志によるワーキンググループが発足。活動の中心を担うのは、「日本財団在宅看護センター起業家育成事業」(別タブで開く)の1期生であり、岡山県の訪問看護ステーション「晴」で代表を務める赤瀬佳代(あかせ・かよ)さんです。

赤瀬さんは現場の声に真摯に耳を傾けながら、ワーキンググループメンバーと実態調査や事例検討、研修などを重ね、カスハラ対策の具体化に取り組んでいます。2025年6月15日には、これまでの経緯と成果を「第7回日本在宅医療連合学会スポンサードシンポジウム」にて発表しました。

本記事では、赤瀬さんにこれまでの活動を振り返っていただきながら、訪問看護におけるカスハラの実態とその対策、そして現場の看護師が安心して働くために必要な支援についてお話を伺います。

自身もカスハラ被害を抱える中で立ち上げたワーキンググループ

――日本財団在宅看護センターネットワークにおいて、カスハラ対策のワーキンググループを発足した経緯について聞かせてください。

赤瀬さん(以下、敬称略):ネットワーク内でカスハラ事案が共有されたのは、2023年6月のことです。ある事業所で暴力的なハラスメントが発生し、日ごろ情報交換に使っている共有ツールを通じて、ネットワーク全体にその出来事が報告されました。

この事案を受けて、「現場の実態を把握するためにアンケートを取るべきではないか」という声も上がりましたが、なかなか取り組みが進まず、全体が動き出す気配もないまま、時間だけが過ぎていきました。

実はちょうどその頃、私自身も2件のカスハラ案件に直面しており、心身ともに疲弊していたんです。問題の重大さを感じながらも、自分から声を上げる気力が持てず、「誰かが動いてくれたら……」という思いで傍観していたのが正直なところでした。

それでも、「このままでは問題が風化してしまうのではないか」という危機感が日に日に募り、ついに同年12月のネットワークの定例会議で、「ワーキンググループのような形で組織的に取り組んでいく必要があるのではないか」と提案をしました。

当初、自分が中心になって動く覚悟はありませんでしたが、大阪の「なにわ訪問看護ステーション」の田中千津子(たなか・ちづこ)さんが「一緒にやりませんか」と声をかけてくださり、その一言に背中を押された形になりました。その1週間後には第1回の会合を開催しました。

カスハラ対策のワーキンググループメンバー1列目の右から2人目が赤瀬さん、左端が「なにわ訪問看護ステーション」の田中さん

――すごいスピード感ですね。ワーキンググループではどのような体制で、どんな活動を行っているのですか?

赤瀬:現在は、ネットワークメンバー7名と笹川保健財団職員1名の計8名体制で活動しています。月に1度、定例会を開きながら、まずは実態を把握することが必要だという認識のもと、事例収集に向けたアンケート内容の検討や文献検索などを進めてきました。

2024年5月にはネットワーク内の学習会で協力を呼びかけ、翌月から事例収集を開始。直後から多くの事例が寄せられ、6月25日の学習会で全体にも共有を行いました。

ただ、第10回の会議を迎える頃には、寄せられた事例へのアプローチに悩む場面も増えてきました。そこで専門的な助言を得るため、森ノ宮保健医療大学の武ユカリ(たけ・ゆかり)教授に協力を依頼。2025年1月21日には武先生を講師に招き、管理者・経営者向けの学習会を実施しました。

第1回研修会に参集したワーキンググループメンバー及びネットワークメンバーと講師の武教授(右奥)

――現場の看護師さんたちから寄せられた声には、どのようなものがありましたか? 特に印象深かったケースがあれば教えてください。

赤瀬:寄せられた事例はいずれも深刻で、簡単には語れない重さがあります。特に印象的だったのは、カスハラを受けながらも訪問を継続しているケースが非常に多かったことです。約3割が「今もなお対応を継続している」と答えていました。

また、自由記述欄からは「自分たちのつらさや大変さをもっと知ってほしい」という切実な思いが伝わってきました。最近では、SNSを通じた誹謗中傷の報告もあり、情報管理やプライバシー保護の観点からも新たな課題が見えてきています。

アンケートでは「ハラスメントを受けた際の対応」についても尋ねましたが、多くの方が「管理者に相談した」と回答する一方、「警察や公的機関に連絡した」との報告はごく少数にとどまりました。その背景には、「患者さんに責任を持って関わるのが看護師の役割」とする強い職業意識があり、問題を外部に持ち出すことをためらう傾向がみてとれました。これは、一般業種とは大きく異なる点だと思います。

横棒グラフ:
ハラスメントを受けた方 (被害者)は、ハラスメントを受けた時どのような行動をしましたか。 (複数回答可)
41件の回答

管理者に報告した/33 (80.5%)
同僚に相談した/24 (58.5%)
事業所外の相談窓口、医師やカウンセラー、弁護士などの専門家に相談/5 (12.2%)
公的な機関(自治体、 警察など) に相談/3 (7.3%)
家族や友人など職場以外の人に/- (7.3%)
しばらく仕事を休んだ/1 (2.4%)
何もしていない/1 (2.4%)
日本財団在宅看護センターネットワーク内で行ったアンケート調査(2024年12月末時点)より「ハラスメントを受けた際の対応」に関する回答

――実態調査で浮かび上がってきた、訪問看護の現場におけるカスハラの傾向にはどのようなものがあるのでしょうか?

赤瀬:これまでに報告された事例は44件(2025年6月12日時点)あり、もっとも多かったのは「暴言型」のハラスメントです。次に多かったのが、訪問時間を不必要に引き延ばす「時間拘束型」。3番目に多かったのは「セクハラ型」で、身体に触れられたり、卑猥な発言を受けたりする事例が報告されています。

訪問看護は利用者と看護師が密接に関わるため、特に女性看護師に対する性的な言動や態度は、現場での大きなストレスになっています。そのほか、「暴力型」や「誹謗中傷型」といった深刻なケースも少数ながら確認されています。

横棒グラフ:
本事例は、次のどのタイプに当てはまりますか? (複数回答可)
41件の回答

【時間拘束型】11 (26.8%)
【リピート型】8 (19.5%)
【暴言型】24(58.5%)
【暴力型】3 (7.3%)
【威嚇・脅迫型】6 (14.6%)
【権威型】7 (17.1%)
【誹謗中傷型】1 (2.4%)
【セクハラ型】9 (22%)
【その他】2 (4.9%)
日本財団在宅看護センターネットワーク内で行ったアンケート調査(2024年12月末時点)より「ハラスメントを受けた際の対応」に関する回答

「看護師にも人権がある」という伝え方

――赤瀬さんご自身の経験も含めて、カスハラが起こる背景にはどのような要因があると感じていますか?

赤瀬:1つには、利用者やご家族の「強い権利意識」があると感じています。例えば、「看護師なんだから優しくして当たり前」「他の事業所ではやってくれるのに、なぜあなたたちはやってくれないのか」といった言葉を投げかけられることがあります。

しかし、看護師は“できないことを代行する”職種ではありません。“できないことをできるように支える”ことこそが、看護師の仕事です。その理解が得られず、「自分ができないのだから、あなたがやるべき」と迫られるケースも少なくありません。

――そのようなケースでは、どのような対応をとられているのでしょうか?

赤瀬:医療や介護サービスを受けることは利用者さんの重要な権利である一方、その権利を行使するには、ご自身がどのような義務を果たすべきかも考えていただく必要があります。あまりに主張が強い方には、まず丁寧に話を聞いた上で、「その権利を得るために、他者に求めることとご自身でできることは何ですか?」と問いかけるようにしています。

また、私は管理者として「看護師が安心して働ける職場」を守る責任があります。そのため、「ここはあなたのご自宅であると同時に、看護師の職場でもあります。お互いに気持ちよくやりとりができるよう、ご協力いただけませんか?」と、できるだけ穏やかな言葉で伝えるよう心がけています。

「カスハラです」と明言すると、かえって相手の感情を逆なですることもあるため、私は「人権」という言葉を使って対話するようにしています。

――確かに、「人権」という言葉はとても重いですし、考え直していただくきっかけになりそうですね。訪問看護という環境ならではの「危うさ」についてはどのように考えていますか?

赤瀬:訪問看護の現場では、利用者との距離が近く、密接なケアが求められるため、特有のリスクがあると感じています。例えばセクハラのような事案では、親密さの中で誤解が生まれやすく、曖昧な対応をすると「受け入れてくれた」と勘違いされてしまう可能性があります。

もう1つの危うさは、訪問現場の「閉鎖性」と「1対複数」という構図です。看護師が単独で利用者宅を訪問する場合、相手が複数だと心理的に圧倒されやすくなります。私自身が抱えていたケースでも、ご家族3人から一方的に責められ、「自分が悪いのでは」と思い込んでしまっていたところがありました。

訪問先が不安定な状態であっても、看護師は「なんとかしてあげたい」という思いから、危険を顧みず関わりを続けてしまうことがあります。そうした“引き受けすぎる”傾向をもつ看護師が多いことも、この仕事ならではの危うさだと感じています。

円グラフ:
本事例のあった場所についてお答えください。
41件の回答

対象者の居宅内(対象者の部屋以外)/9(22%)
事務所(事務所への訪問、電話なども含む)/2(4.9%)
病院/1(2.4%)
対象者の部屋/29(70.7%)
日本財団在宅看護センターネットワーク内で行ったアンケート調査(2024年12月末時点)より「利用者によるカスハラが実際に起こった場所」に関する回答

毅然とした対応は利用者を守ることにもつながる

――弁護士の福﨑博孝(ふくざき・ひろたか)先生とも連携しているそうですね。武教授、福﨑先生との意見交換を通じて得た気づきはありますか?

赤瀬:福﨑先生とのご縁は、活動を始めたばかりの頃に笹川保健財団の喜多悦子(きた・えつこ)会長から著書をご紹介いただいたことがきっかけでした。著書には「個人の判断ではなく、組織として対応する必要がある」と書かれており、私たちが目指していた方向性と重なる部分が多く、大きな気づきを得ました。

武先生には、具体的な事例を通して一緒に考えていただいています。特に印象的だったのは、カスハラ対応では加害者にばかり目を向けるのではなく、被害を受けた側がさらに傷つく「二次被害」の深刻さにも目を向ける必要があるというご指摘です。対応のあり方を根本から見直す契機となりました。

「第7回日本在宅医療連合学会スポンサードシンポジウム」にて、武ユカリ教授(左端)、福﨑博孝先生(右端)と共に登壇したワーキンググループの赤瀬さん(中央左)、田中さん(中央右)

――今後、ワーキンググループとして進めたい取り組みについて教えてください。

赤瀬:5月に実施した事例検討会では、とても良い反応をいただきました。身近な事例を「顔の見える関係」の中で丁寧に検討していくことの必要性を改めて実感しました。

ただ、忙しい中で時間を確保するのは簡単なことではありません。そこで、検討会の内容は要点をまとめてチャットで共有するなど、小さな工夫を積み重ねています。こうした取り組みがいずれ多くの方の目に触れ、私たちの声が届くきっかけになると信じています。そのときのためにも、今の活動を丁寧に記録し、発信できる形にまとめていきたいと考えています。

また、ワーキンググループの中心メンバーである「なにわ訪問看護ステーション」の田中さんが今回の学会で発表した事例では、利用者への「教育」の必要性が語られました。カスハラを行う利用者側にも、医療やケアの受け手としてのあり方を考えてもらう視点はとても重要です。今後もこのテーマを継続的に発信し、医療・看護の担い手と受け手が、ともに改善に取り組める関係を目指していきたいと思っています。

赤瀬さん(左)とともにワーキンググループの中心メンバーを務める田中千津子さん(右)

――最後に、訪問看護の現場をより安心・安全なものにしていくために、管理者や看護師の皆さんへのメッセージをお願いします。

赤瀬:カスタマーハラスメントの話になると、「実はあのとき、違和感があったんです」という声を後からよく耳にします。その小さなサインを見逃さず、目を背けずに向き合うこと。そして、問題が深刻になる前の段階から対応していく姿勢が大切です。

看護師という職業柄、「優しくあろう」「受け入れよう」とする傾向があるかもしれません。けれど、時には毅然とした対応が必要な場面もあります。それは決して冷たさではなく、むしろ本当の「優しさ」だと思っています。万が一、暴力や重大事件に発展すれば、相手を「犯罪者」にしてしまうことにもなりかねません。だからこそ、その前にきちんと線を引く。それは自分を守るだけでなく、相手を守ることにもつながります。

編集後記

今回の取材を通じて、訪問看護という閉ざされた現場で、看護師の方々がいかに葛藤しながら仕事に向き合っているかをあらためて感じました。ケアの受け手と担い手が、ともに安心して関われる社会となることを心から願ってやみません。

関連記事:専門家に問う、訪問看護におけるカスハラにどう対処する? 鍵は「チームワーク」と「毅然とした姿勢」(別タブで開く)