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地域で子育てできる社会をつくりたい。育児に悩む母子を支える訪問看護師が大切にしていること

札幌市で訪問看護事業を中心に行う「ななかまど中央」のスタッフ。後列右から2番目が代表の小六真千子さん

取材:ささへるジャーナル編集部

訪問看護の対象といえば、高齢者や医療的ケアが必要な子どもが思い浮かぶ人が多いかもしれません。実は、産前産後の妊産婦も主治医が発行する「訪問看護指示書」があれば、訪問看護を受けることが可能です。しかし、母子関連の訪問看護事業があることを知らず、子育てに悩みを抱える人は少なくありません。

そんな子育てに悩む家庭に寄り添い、訪問看護で産前産後の妊産婦支援やリプロダクティブヘルスケア(※)に携わっているのが、訪問看護・リハビリテーションセンター「ななかまど中央」です。

代表の小六真千子(ころく・まちこ)さんは、地域の健康を守ることを目的に笹川保健財団が実施する「日本財団在宅看護センター起業家育成事業」(別タブで開く)の研修を受けた看護師の一人。現在は、訪問看護事業以外に、相談支援事業や修士・博士課程進学を目指す看護師への支援事業なども展開しています。

今回は、小六さんに母子関連の訪問看護事業に携わることになったきっかけや、訪問看護を通して産前産後ケアを行う際に大切にしていること、今後の展望についてお話を伺いました。

※リプロダクティブ・ヘルスとは、性や子どもを産むことに関わる全てにおいて、身体的にも精神的にも社会的にも本人の意思が尊重され、自分らしく生きられること

札幌市中央区に事業所を構える訪問看護・リハビリテーションセンター「ななかまど中央」の小六さん。画像提供:株式会社町コム

全世代に向けた、誰一人も取りこぼさない看護を目指し開業

――小六さんは、重症心身障害児(※)の施設で勤務していたと伺っています。どのようなことがきっかけで「ななかまど中央」の開設に至ったのでしょうか?

小六さん(以下、敬称略):きっかけは、重症心身障害児の施設を退職したことを報告するために、北海道看護協会を訪れたときです。協会の方から「『日本財団在宅看護センター起業家育成事業』 の研修を受けてみてはどうか」とパンフレットをいただき、そこに記載された「看護師が社会を変える」という言葉に共感し、申し込みました。

※重度の肢体不自由と重度の知的障害とが重複した状態を重症心身障害といい、その状態の子どもを重症心身障害児という

――「看護師が社会を変える」の言葉に共感したとのことですが、もともと「社会を変えたい」という思いはあったのでしょうか?

小六:社会を変える取り組みに携わりたいと強く思い始めたのは、日本財団在宅看護センター起業家育成事業の研修を受講していたときです。ただ重症心身障害児の施設では、認定看護管理者として、常に利用者にとって良い環境づくりを心がけていたため、何かを変えるために自発的に取り組むことは好きだと思います。

――研修の内容で印象に残っているエピソードはありますか?

小六:笹川保健財団の喜多悦子(きた・えつこ)会長からいただいた言葉が心に強く残っています。当時、私は重症心身障害児施設の経験を軸に、障害児を中心とした地域支援の展開を考えていました。しかし会長から「もっと社会全体を見るべき。自分がやりたいことを追うのではなく、社会に求められていることをやりなさい」とアドバイスをいただき、全世代を対象にした支援を考え始めました。産前産後の妊婦を対象とした訪問看護は、その1つです。

研修ではさまざまな業界の先生が講義をしてくださるのですが、リプロダクティブ・ヘルスを専門とする長坂桂子(ながさか・けいこ)先生の講義を受講し「世代はもちろん、産後うつや子育てに悩みを抱えている人も取りこぼさず看護していく必要があるのではないか」と感じました。

――研修によってこれまでの考えがアップデートされたんですね。修了後「ななかまど中央」を立ち上げていますが、名前にはどのような思いが込められているのでしょうか?

小六:「ナナカマド」は、私が生まれ育ったまちに多く植えられていた木で、見かけるだけで当時の出来事を思い出させてくれるシンボルのような存在です。「七度くべても燃え尽きない」という由来があり、私が立ち上げたステーションもナナカマドのように燃え尽きないようにしたいという思いから取り入れました。

中央と地名をつけたのは、ほかの地域にも施設を増やしたいと思いがあるためです。2024年11月には「ななかまど弟子屈(てしかが)」を開設しました。今後も、訪問看護が必要な地域に「ななかまど〇〇」という名のステーションをつくっていきたいですね。

2025年4月1日現在、「ななかまど」中央には看護師7名、助産師6名が勤務している。利用者は全体で140名ほど、そのうち母子関連の訪問看護事業の利用者は80名ほどとなっている。画像提供:株式会社町コム

母子関連訪問看護事業を中心に、幅広く事業を展開

小六:主に特定妊婦(※)と呼ばれる方々を対象としています。「ななかまど中央」では、精神科を有する基幹病院や精神科併設の周産期センターから紹介された、知的障害・精神障害などがある方を支援しているケースが多いです。現在は80名ほどの母子のもとに訪問しており、これまで180名ほどの利用者を支援してきました。

※出産後の養育について出産前において支援を行うことが特に必要と認められる妊婦

――具体的にはどのような支援を行うのでしょうか?

小六:産前支援として、助産師と看護師の2名で1~2回ほど利用者宅に訪問し、産後に向けて準備を整えます。退院後、万全な体制で子育てできるような環境づくりを心がけています。

産後支援は、助産師が赤ちゃんの抱っこの方法や哺乳瓶の消毒手順など育児に関する指導・確認が中心です。特に知的障害のある母親は、ミルクづくりや沐浴の手順やコツを十分に理解できていない可能性があるため、帰宅後、助産師と一緒に手順や必要物品、コツを再確認します。

精神疾患のある母親の場合、助産師が子どもを看ている間に精神科勤務経験のある看護師が子育て上の悩みを聞き、適切な支援を考えます。

お母さんの育児相談に乗る「ななかまど中央」の助産師(左端)。画像提供:株式会社町コム

――異なる分野の看護師の訪問は利用者にとって心強いですね。利用者さんからはどのような声が届いていますか?

小六:産後うつになってしまった方からの「ななかまどさんがいなかったら、私は今ここにいなかったかもしれない」という言葉が、今でも励みになっています。

当時、その方は自宅に帰ってきても、手が震えて子どもに触れることができませんでした。家族全員で子育てできる体制は整えていたものの、子育てに対する自信が湧かず「怖い。私だけが子育てに参加できていない」と涙を流す日が続いていました。

ただ、私たちは「絶対にそんなことはない。立派な母親になれる」と信じていたので、何度も訪問して、母親の子育てに関する悩みを少しずつ解決していけるよう努めました。

現在、彼女は自立したため訪問看護サービスを受けていませんが、月に一度、お子さんと楽しく過ごす動画を送ってくださいます。それを見るたびにとても温かい気持ちになりますし、改めて母子関連の訪問看護事業の重要性と継続する意義が確認できる機会にもなっています。

利用者さんから「ななかまど中央」の看護師、助産師にメッセージカードが届くことも。画像提供:株式会社町コム

――相談支援事業は、母子関連の訪問看護事業を展開する中で考えられたと伺っています。

小六:そうですね。私たちの事業はシングルマザーも訪問対象となっているのですが、多くが経済的な自立を目指しているけれど、生活保護を受けないと母子ともに生活することができないという状況です。

スーパーのレジ打ちなどのアルバイトを始めたとしても、子どもの体調がすぐれないときは保育園に預けられず、仕事を休んで看病しなくていけません。経済的安定が得られない上に、生活保護費よりもアルバイトの収入額が下回ってしまうこともあります。

この状況を知った私は就労支援の必要性を感じ、2023年2月に「相談支援センターななかまど中央」を立ち上げました。社会福祉士と精神保健福祉士の資格を持つ相談支援専門員と協力しながら、シングルマザーの就労支援に携わっています。

――他にも修士・博士課程の進学を目指す看護師の支援も行っていますよね。

小六:はい。事業を始めるきっかけとなったのは、重症心身障害児施設で認定看護管理者として働いていたときでした。職員が作成した看護実践報告書や研究発表の資料などを見る機会があったのですが、当時の私は、論文を書いた経験はもちろん学術的な知識がなく、的確なアドバイスを送ることができませんでした。

「このままでは、ずっと中途半端なサポートしかできないのではないか」と感じ、大学院進学を決意しました。そこで看護の現場ではなかなか深められない学びに触れたことで、改めて「私と同じような境遇にいる人たちの状況を少しでも変えたい」という思いが強くなり、「町コム教育研修センター」(外部リンク)を立ち上げました。

本事業は、実際に私に指導していただいた、前・北海道科学大学看護学科教授の林裕子(はやし・ゆうこ)先生が務めており、研究計画書の作成サポートや論文・データ分析の指導、生徒への指導に悩む大学院の先生に向けたサポートなど、幅広く支援していただいています。

――社会を変えるため、さまざま事業を展開している小六さんですが、事業継続のために大切にしていることは何ですか?

小六:職員には、個々の価値観を認め合いましょうと伝えています。看護師はもちろん、利用者さんの数だけ考え方は異なるからこそ、お互いを認め合って尊重することが大事なんです。その価値観の認め合いは、仕事の役割分担にもプラスの影響をもたらしています。

例えば、看護師と助産師の場合、産後直後からしばらくは、赤ちゃんのミルクの量や排便ケア、沐浴の方法など、子育てに対する技術を教えるため、助産師が中心となって関わります。しかし子どもが成長していくにつれて、技術よりも母親の精神的なケアが必要になり始めると、精神科勤務の経験が豊富な看護師の力が求められます。

「子どもの成長段階や母親の精神状態によって関わる職員が変わることは当然のことである」と理解し、互いの役割・立場を認め合っていると、その都度臨機応変な対応ができるはずです。この方針は、職員全員がそれぞれのシチュエーションでいきいきと働く環境づくりにも役立っていると思っているので、継続していきたいと考えています。

子守りをするななかまど中央のスタッフ
看護師と助産師がその都度連携を取りながら訪問することが、利用者のためにもなる。画像提供:株式会社町コム

「妄想」を「構想」に変えていきたい

――母子関連の訪問看護事業の課題と現在取り組んでいることについて教えてください。

小六:まだ訪問看護の力が社会に認められていないことが大きな課題だと思っています。実際、こども家庭庁が運営する子育て支援の枠組みの中に「訪問看護」は入っていません。きっと多くの方が、母子支援が訪問看護の枠組みに入っていることを知らないのではないでしょうか。

では、課題解決のためにどのような取り組みをしていくべきなのか。いま力を入れているのは、学会での発表を通した広報活動です。まずは「訪問看護でも子育て支援が可能である」という事実を社会に広めていければと考えています。

また、令和元年の母子保健法改正により、2021年度から「産後ケア事業」の実施が市区町村の努力義務となりましたが、札幌市は、お母さんに心身の不調や疾患があるなど、医療が必要な場合は利用できません。しかし、病気を抱えている人こそ子育てに難しさを感じやすいのが現状です。

いまはそういった方々の悩みを少しでも軽減させるための取り組みも考えています。産後すぐに家に帰るのではなく、助産師や看護師の支援のもと、子育てのコツを学びながら過ごせる宿泊施設が市内にあるだけでも、これから子育てという長い道を歩む母親の安心材料になるのではないでしょうか。

第6回日本在宅医療連合学会にて、「ななかまど中央」での活動を報告する小六さん(写真左から4番目)。画像提供:株式会社町コム

――最後に、小六さんが描く今後の展望を教えてください。

小六:いずれは、全世代がお互いに支え合いながら、健康に暮らすまちをつくりたいですね。具体的には、まちの中心に訪問看護事業所や看護多機能型事業所、高齢者介護施設、助産院を併設し、近くに高齢者と若者が一緒に住む複合型アパートや誰もが働けるカフェなどを建てられれば、と思っています。

ちなみに、私がイメージするまちには、令和では見かけなくなりつつあるカミナリ親父やお節介な近所のおばちゃんが登場します。時には、彼らに子どもの面倒を見てもらったり、人生の先輩として子育てに関する相談に乗ってもらったりしてもいいと思います。

そういったコミュニティが、現代の親が抱えやすい「孤独」や「育てにくさ」を解消するはずです。いまはまだ妄想段階ですが、実現に向けて少しずつ動いていきたいですね。

小六さんが思い描く「まちの未来図」。画像提供:株式会社町コム

編集後記

今回の取材を通して、子育てをする人たちも訪問看護を利用できることを初めて知りました。きっと同じように知らない人はきっと多いはずです。「誰一人取りこぼしたくない」という小六さんの積極的な取り組みによって、一人でも多くの人が安心して子育てできる社会になることを願ってやみません。

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