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2冊のコロナ医療の記録 『それでも闘いは続く』国立国際医療研究センター と『コロナ戦記』山岡淳一郎

まもなく、COVID-19と名付けられた新種のコロナウイルスが人間界を蹂躙し始めて2年になります。沢山の「コロナ」本が出版されています。私も何冊か読み、以前、この欄で評論的な2冊をご紹介したこともあります

今回は、かつて奉職した国立国際医療研究センター(National Center for GlobalHealth and Medicine, 以下NCGM)の、第一線の医師による実践、そして実戦!の記録です。「コロナ医療最前線の700日」の記録です。

帯にあるように「コロナ日本上陸」を最初に迎え撃った医師たち」の小さな、小さな病原体との闘いの記録、コロナ医療第一線の医師たちの実録です。そして同センターの研究者のコロナウイルスの解説もあります。NCGMは、その昔、森鴎外が院長のわが国の陸軍病院でした。第二次世界大戦後、国立東京第一病院となり、次いで国立病院医療センターと名称が変わりました。1979年頃のタイ・カンボジア国境での難民支援をきっかけに、海外での保健医療支援に専従する医師のための国際協力部が併設されたのは1986(昭61)年で、私は10番目のスタッフとして1988年に採用され、同年、アフガン難民支援のため、パキスタンのペシャワールに赴任しました。その後、多数の開発途上国支援にかかわらせて頂きましたが、2000年に退職、現在、顧問を務めさせて頂いています。

あとがきに、國土典宏理事長がお書きになっていますが、100年に一度といわれる、このパンデミック災害の記録を残しておくべきとの想いの中で、内部文書として取りまとめられたもの以外に、一般読者向けの読み物として、各部門の主要なスタッフへのライターによるインタビューから出来たのがこの書籍です。確かに、緊急事態が頻発する医療施設の中では、専門用語や略語が飛び交います。本書では、本当に丁寧に、判りやすく書かれていると思いました。が、相手は、人類が初めて迎え撃たねばならなかった新しいウイルスであり、やはりかなり難しい読み物だ・・・とは思いました。

が、ほぼ、この2年間、明けても暮れても、新型コロナウイルス関連の話を見聞きしない日はありませんでした。そもそも、ウイルスと細菌=バクテリアの違いも曖昧のまま、平穏に暮らしていた大概の人々に、コロナウイルスの新顔が参入し、COVID-19と名付けられたのです。そして、ウイルスの構造・・・スパイクタンパク、エンベロープや中身のメッセンジャーRNAといった、一生、現物をみることもないモノの存在が、とても身近になりました。そして、パンデミック、空港検疫や水際作戦、さらに再生産数(まったく免疫を持っていない集団で、ある感染症患者1人が何人に感染させるかという数字)や、PCR検査や抗原検査、スクリーニングから、エクモ治療に抗体療法、ワクチン・・・RNAワクチンや中和抗体や抗体価、アナフィラキシー、そして変異株やブレイクスルー、そして致死率や死亡率などと云う、非日常的な言葉にも、どなたも一度や二度はお目にかかっているはずです。

本書では、NCGMのコロナ診療の文字通り第一線で陣頭指揮をとられた大曲貴夫国際感染症センター長と、実際の診療に当たられた忽那賢志前国際感染症対策室長(現大阪大学)の解説、そして第5波で、救急部やICUを上げて、押し寄せる患者を受け入れられた木村昭夫救命救急センター長の経過が中心でもありますが、NCGM全体が、このパンデミックに、多様な面でかかわってきたことがそれぞれの担当者の言葉で記されています。例えば、世界的なウイルス学者でNCGM研究所長の満屋裕明博士が、ワクチンと治療薬を、本当に判り易く説明して下さっています。難しいのですが、今後も起こり得る新たなパンデミックに対して、ちょっと、まじめにお読み頂きたいと思いました。

実は、この新刊の中身は、先般開催されたNCGM顧問会で、各部責任者がご報告されたことの詳しい経過でした。顧問会では、通常夕刻には終わるべき勤務が深更に及んだ看護職や検査技師そしてそれら一線を支えている、見えないエッセンシャルワーカーの貢献を、杉山温人院長も、大曲先生も木村先生も、パワーポイントで淡々と説明されたのですが、その一言一句には、多数のスタッフの汗と涙の物語があり、かつて同僚だったスタッフも残っていることもあって、割合、モノに動じない私ですが、胸が詰まる思いで拝聴しました。

その昔、国際協力部が開設された頃、お行儀の悪い(失礼、勤務規則を守らないなど・・・)スタッフが多く、事務からしばしばクレームがついたのですが、その国際活動が、今回の国際感染症対応に際して、率先して感染者、患者を受け入れるべきNCGMとしての責務と実績にも少しは関係したのかな・・・と、30年以上にわたるNCGMの国際関係者にも、こころから敬意を表しつつ読み終えました。

もう一冊、同じような・・・しかしまったく異なる社会からのコロナ戦を報告された、とても興味深い本も読みました。ノンフィクション作家の山岡淳一郎氏著『コロナ戦記 医療現場と政治の700日』です。

こちらは、日本の各地各所で、あえて申しますとコロナ騒ぎとなった施設や事例の関係者へのインタビューや出来事の経過、分析です。

パンデミックとなるかどうかの頃から、私自身が緊張しつつみていたコロナ関連ニュースは三つ、最初にアウトブレークが発生した中国湖北省武漢からの帰還チャーター便、そして4,000名近い多国籍の人々が乗ったまま横浜港に係留されたダイヤモンド・プリンセス号、そして、初めて医療施設でクラスターを経験した永寿総合病院です。

これらを含め、日本全国で起こっていたことを、政治、行政的な面から、街の人々の言葉や行動、そして経済性、さらに医療や公衆衛生の専門家の言動、迫力があるのは感染された人々のお話です。よくも聴きとれたものと思うようなレベルまで書かれています。コロナが侵入してからの約700日・・・あっという間だったような気もしますが、当事者にとっては、長い苦難の道・・・今も続いている・・・でしょう。たった数行で、本書を紹介することは不可能ですが、あまり関心を向けられてこなかったように思える、コロナ禍における精神医療やソーシャルワーカーのお話など、参考になりました。

そして、特異な災害でもあるパンデミックに対しては、本書では、概ね批判的な国や地方自治体の戦略ですが、例えば、早い時期の和歌山県や東京都墨田区など地域地域の住民密着のやり方を強行された首長や、規則を柔軟に解釈された医療施設や保健所の責任者の決断がさらに重要だと痛感しました。

2冊を通して気付いたことは、前者は、国立国際医療研究センター病院内の経過ですが、あまり臨床症状については記載がなく、後者の街の状況を書かれたドキュメンタリーに、多様な症状や経過が出てくること、そして感染症は、ウイルスが独り歩きしているのではなく、あくまで、人間(動物もあるが、コロナは人間!)がばらまいていること、それが故に、個々人の保健衛生観念が大事なこと、広域な災害に関しては、今後はIT、AIを行使した情報網が必要なこと・・そしてそのいずれも、それらを活用するには人材育成が必要なこと・・・でした。

お正月に読むには、ちょっと重い・・・ですが、少しは頭の体操的に、ぜひ、ご高覧下さい。