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ウクライナ その2 チェルノブイリとキエフ

プーチン氏、ウクライナ2地域の独立を承認 軍派遣を命令

ウクライナ、非常事態宣言発令へ 予備役の招集開始 対ロ緊迫、外交官ら退去

ウクライナ情勢 各国がロシアへの制裁措置発表 反発強める

戦争状態に入ったのでしょうか・・・ウクライナは。

外国で耳にする発音はユクライナと聞こえますこの国は、紀元前3万年も昔から人が住んだとされます。9世紀後半、キエフ大公国が栄え、スラブ文化の華が咲きました。と申して、スラブ人という人種が確立しているのではなく、スラブ語を話す人々、東欧やバルカン半島に広く住まう人々の持つ文化だそうですが、ちょっと独特の華やかな衣装を思い浮かべられる方もあるやもしれません。

13世紀、東からのモンゴル帝国侵攻後、当時のポーランド・リトアニア共和国、オーストリア=ハンガリー帝国、オスマン帝国(ロシア帝国誕生前の)、ロシア・ツァーリ国がこの地を支配分割、17~18世紀にはコサック系国家となった後、1721年、ピョートル一世のロシア帝国時にもポーランドと分割され、本体部分はロシア帝国入り、1917年ロシア革命時には、ウクライナ人民族自決運動を起こし、同年6月23日、ウクライナ人民共和国として国際的認知されました。が、第二次世界大戦後は、再び、国全体がソビエト連邦の一部となり、1991年、ソビエト連邦崩壊時に、やっと、ウクライナ共和国として独立を達しました。しかし、かつて植民地だったアフリカ諸国と宗主国のようなCIS(Commonwealth of Independent States、独立国家共同体 12ヵ国)の一員となった後も、東部にロシア系の住民が多いこともあって、ロシア共和国との微妙な関係のようです。

ウクライナと云えば、私どもは、旧ソビエト連邦時代のウクライナで、史上初のチェルノブイリ原子力発電所事故・・・となります。事故発生は、1986年4月26日でしたが、漏れ出した放射能を察知した北欧諸国からの情報をもとにした国際的な圧力によって、その実態の一端が判ったのは、数日後でした。

この原発は、ソビエト連邦時代の1971年、現ウクライナ国の北方の真ん中あたり、ベラルーシとの国境に近いチェルノブイリ近郊プリピャチ市に着工されています。78年に第一号炉が稼働しています。早い時期の原発稼働です。

世界初の原子炉臨界(核分裂が起こる)は第二次世界大戦中の1942年、アメリカのシカゴ大学で、そして世界初の原子力発電は1951年、アメリカで、だったそうです。その間、いわゆるマンハッタン計画として急遽すすめられたのが原子爆弾開発でした。1945年7月、アメリカ アリゾナ州の砂漠で実験成功した後、早くも8月6に広島、そしてその2日後には長崎に投下されました。

世界大戦の最中の原爆開発には、アインシュタインら高名な物理科学者が関与しました。が、戦後には、日本の湯川秀樹、朝永振一郎、小川岩男をふくむ世界の科学者らが、原子力の兵器使用を禁ずるための活動を行っています。1957年7月7日、カナダのノバスコシア州パグウォッシュで開かれた「科学と世界の諸問題に関するパグウォッシュ会議」通称パグウォッシュ会議は、すべての核兵器と戦争の廃絶を訴えました。今も継続されているこの会議は、しかし政治に翻弄されているように、私には見えます。

そして、原子力の使用は、1953年国連総会で、アイゼンハワー米大統領が『平和のための原子力』という演説を行ったこともあって、平和利用が注目されるようになりました。1957年には原子力の軍事転用防止を監視するIAEA(国際原子力機関)も設立され、さらに、1970年代初頭の「第一次オイルショック」をきっかけに、石油資源ばかりに頼り過ぎるリスクへの反省もあって、原発設置が進みました。

チェルノブイリ原発事故後、笹川保健財団は、91年に経済調査ミッションを率いてモスクワを訪問された現日本財団の当時の笹川陽平理事長へのゴルバチョフ ソ連書記長(すぐに大統領)の要請を受けて10年間の現地支援、子どもの健康、特に被爆と甲状腺がんの経過調査と治療を行いました

その為もあって、2016年、チェルノブイリ原発事故30周年記念にお招きを受けましたが、他用でお受けできなかったこともあって、翌年にウクライナを訪問致しました。古いブログに記載しています

ロシアに対して、そのルーツ的位置ながら、経済的にも強大ではなく、歴史を知ると、何だか侵略されてばかりの気もします。加えて、原発事故とその昔のナイチンゲール従軍の地であるクリミアの戦争、さらにそのクリミア半島の先端には、わが国にとっては屈辱的取引もあったらしい第二次世界大戦終結交渉がロシア皇帝ニコライ二世の夏の離宮リヴァディア宮殿、今は博物館・・・のあるヤルタで、米英ソ間で行われています。ちょっとネガティブな印象が強くなりがちなウクライナです。

ウクライナは肥沃な大平原ですが、国のほぼ真ん中をロシアに源を発するドニエプル河が流れ、南の黒海に注いでいます。チェルノブイリ原発は、ウクライナと北側のベラルーシの国境に近いプリピャチ市にあります。が、現在、この一帯の街はほぼ無人化・・・プリピャチの記念公園には、廃墟となった地域の名前を記した膨大な札が並んでいました。街のお墓・・・

ただ、首都キエフの街はヨーロッパの古い街の印象と同じように思いました。立派な国立歌劇場やいくつかの宗教的建物、例えば、11世紀に建設されたというキリスト教の聖ソフィア大聖堂やキエフ・ペチュールシク大修道院、ニコライ一世時代に建立された正教会大聖堂である聖ヴォロディームィル大聖堂、大統領公邸かつ迎賓館として利用されているマリア宮殿などなどの由緒ある歴史建造物以外にも、写真に撮りたい美しい建物が沢山ありました。

その中で、息が詰まる想いで訪問したのは、国立チェルノブイリ博物館でした。原発事故の6周年の1992年4月26日キエフ中心の、古い消防署に開設されたものです。事故当時の状況や被災の様子とともに、事故処理に立ち向かった消防士、兵士、そしてもちろん発電所の人々の写真が、亡くなった方のそれにはマークがついて掲示されています。広島と長崎の展示もありました。

2022年2月24日午後、ウクライナのキエフなどで爆発音が聞こえたのとCNNの報道があります。CNN team hears loud explosions during live reporting とうとう始まってしまったのでしょうか!

いわゆる西側諸国、わが国も含まれる・・・が経済制裁に踏み切りました。

私が、個人が、日本の、東京で、ほざいていても、ゴマメノ歯ぎしりにもなりません。けど、もし自分がキエフの住民だったら、あるいははロシアの国民だったら・・・・もしと云っても詮無いことですが、私たちに何か出来ることがあるのならやります・・・

でも、声を大にして申したい!!どの国、どんな人種、どんな宗教や信条、歴史が存在しようとも、また、どんな相違や対立があっても、武力行使は絶対に、絶対に、してはならないことです。