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Chair's Blog 会長ブログ ネコの目

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ちょっと気の抜けた神戸の思い出

笹川保健財団は、2014年に日本財団から助成を頂き、「日本財団在宅看護センター」起業家育成事業を開始しました。

ちょっと偉そうな云い方ですが、そうそうたる講師陣による座学を中心に8か月のハイレベル強化研修(2023、24年は6か月のOn the Job Training)をきちんと修了してくださった方々の85%にあたる115名が日本の各地で、在宅看護センター/訪問看護ステーションを起業し、継続的に運営してくださっています。それぞれの事務所で勤務下さっている看護師、助産師、保健師、リハビリテーションその他各種保健専門家やケアマネージャー、そして事務職を含めて、総勢1,500名近い方々が年間100万件近い在宅ケアを担って下さっています。

研修参加者が100名を超えた時点で、2020年度にいったん研修事業は終えました。ちょうどコロナパンデミックとぶつかり、各地の第一線で在宅ケアを担った看護師たちは、私生活を犠牲にして奮闘してくださいました。財団は、日本財団と協力して、全国的なPCR検査や消耗品補給、情報交流などもやらせていただきましたが、毎日毎日、頭が下がることばかりでした。

さて、本年この8か月研修を再開しました。10年経過したこと、昨今の医療をめぐる厳しい情勢、閉鎖、縮小そして撤退やむなしの地域医療の中で、健康水準が確実に低下しつつある高齢者(私もそのイチですが・・・)が増え続けています。地方、また今後は東京など都市圏でも高齢化が深刻になりますが、その中で生活とケアを支援できる看護師の重要性はますます高まっています。

閑話休題。
その研修の一環として、神戸と大阪に参りました。(「日本財団在宅看護センター起業家育成研修 神戸・大阪研修報告」

私は、川辺郡小浜村と呼ばれていた時代の兵庫県宝塚市に生まれました。オオタカラヅカ!で有名ではありますが、鄙びた農村でした。ただ、小林一三翁が敷かれた阪急電車のおかげで、大阪梅田、神戸三宮と京都河原町へのアクセスは便利でした。その阪急宝塚線の終点に開設されたのが宝塚歌劇です。宝塚は、先般、小欄に書きましたので、今日は、研修で2泊した神戸です。

京阪神・・・つまり京都、大阪、神戸には三者三様の特徴があり、その昔ですが、その三角あたりに住む者は、それぞれ京都びいき、大阪びいき、神戸びいきがありました。もちろん、それぞれの街の中にも特徴があるので、細かくはややこしいセクト!もありましたが、私は、神戸派でした。

その神戸は、1995年の阪神淡路大震災で壊滅的な破壊を受けましたが、現在は、以前にも増した瀟洒な港町です。少し、文句を申しますと、高速道路が東西、南北に走り、ちょっと景色は良くない・・・のですが。

あずき色の阪急電車 大阪神戸のエスカレーターは右立

今回、宿泊したホテルSUIは、神戸市中山手通 東門街にありました。この辺り、日曜日の昼前には、あまり人通りはありませんが、毎夜、特に、花金の夜など、雑踏と呼ぶべきにぎわいになります。そしてその通りを南から北に抜けた先が中山手通り・・・そして、その山手側にあるのが「にしむら珈琲店」です。

ここには60年位前・・・学生時代に、時おり贅沢した「にしむら珈琲店」が、今もあります。2日目、研修ご一行が大阪万博に向かった日、私は別用でホテルに残り、その「にしむら」と東大門通りの真ん中あたりの西側の生田神社に詣でました。

なつかしい「にしむら」では、まずブランチをしました。

ホテルSUIと東門街
にしむら珈琲店
生田神社

最初の東京オリンピック・・・1964年で、私は医学部の最終学年でした・・・も開かれていなかった頃ですから、学生が珈琲店に行くなど特別の贅沢であったのです。ちょっとリッチというよりは、ハイカラな大人になった気分がしたものです。お店のたたずまいは変わっているのかも知れませんが、タイムスリップして青春に戻りました。

そしてだらだら東門街を下り、生田神社です。「生田サン」とまるで友人のように呼ぶこの神社は、安産の神様、そして恋愛成就、ご縁結びの神様でもあります。ご祭神「稚日女尊」さま機〈はた〉織りの神様でもあり、糸と糸を織り成すがごとく良きご縁を結ぶのだそうです・・・と、ひとり者である私が申しても行ってもセンないことですが。ちょうど、夏に向けての茅の埜輪くぐりが出来ました。写真のように、茅〈ちがや〉で作った大きな輪が、本殿正面に設けられ、その輪をくぐり、最初は左へ、次いで右へ、最後に正面におまいりしました。厄が落ち、身が清められました!!

次いで、所用のため阪急電車に乗りました。懐かしいあずき色の車体・・・窓の外の風景は、マンションらしき建物が増えていますが、神戸から西宮、乗り換えて宝塚・・・
神戸は、大阪同様、エスカレーターは右立ち・・・ちょっともたもとしましたが、帰りはスムーズに。

今日は8月4日、各地で40度などの報告が増えています。
蝉の声のない、暑い夏です。カムチャッカの巨大地震、津波の片りんはありましたが、暴力的紛争とはご縁の無い日本、この平和が続きますよう、祈りの8月を過ごしたいと思います。