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「ならず者」とは誰のこと?―2026年ノーベル平和賞とICC

2026年ノーベル平和賞は、南アフリカ(以下、南ア)出身の法律家、ナバネセム(ナビ)・ピレイ氏に決まりました。

ピレイさんは1941年、南ア・ダーバン生まれのインド系南アフリカ人です。アパルトヘイト(白人と非白人を峻別した人種隔離政策)時代に法律家となり、人種差別と闘い、反アパルトヘイト活動家や政治犯の弁護に携わりました。1995年に、非白人女性として初めて南アの高等法院判事に就任。その後、ルワンダ国際刑事裁判所(ICTR)の判事、さらに同裁判所長を務め、2003年に国際刑事裁判所(ICC)判事、2008~14年まで、国連人権高等弁務官を務められました。

アメリカ大統領の執拗なICCへの攻撃的発言が続いていましたので、私は密かに今年のノーベル平和賞はICCか、その所長、つまり赤根智子さんに来ないかな・・・などと、僭越ながら思っていました。毎年のノーベル平和賞は、時に「なるほど、そこを選んだか」と思わせる受賞者を選ぶことで、世界に警報を発しているようにも思いますので。

ついでに、アパルトヘイト(apartheid)とは、南アの公用語の一つ、アフリカーンス語で「分離」「隔離」を意味します。アフリカーンス語は、17世紀以降のオランダ語を基礎に南部アフリカで発達した言語で、さまざまな人々と言語との接触の中で形づくられてきました。南アという国そのものが、歴史の複雑さを背負った、まさに人種と文化のるつぼです。アパルトヘイトの終結に貢献したのが、27年の獄中生活後に大統領となったネルソン・マンデラです。

US Mission Geneva – https://www.flickr.com/photos/us-mission/14203001348, パブリック・ドメイン, https://commons.wikimedia.org/w/index.php?curid=33309109による

さて、ノルウェー・ノーベル委員会が示した授賞理由は極めて簡潔、「平和と国際法を促進するための努力」でした。しかし、「努力」は過程であって結果ではありません。ですから今回の平和賞の意味は、この短い言葉よりはるかに重い、と私は思います。

委員会は、第二次世界大戦後、人類が学んだ最も大切な教訓の一つは、恒久的な平和は「強い者の意思」ではなく「法の原則」の上に築かなければならないということだ、と述べています。そして今、再び力の政治が法を押しのけ、国際法と、それを守る機関そのものが攻撃されていることに強い危機感を示しています。「力が正義を凌駕すれば、安定、信頼、平和的共存が損なわれる。」今回の平和賞はもちろんピレイさん個人の顕彰ですが、同時に、ICCをはじめ、国際法によって戦争犯罪や人道に対する犯罪を裁こうとしてきた人々や組織への、明白な応援なのだと思います。

私は先月、このブログで、ICC所長・赤根智子さんの著書『戦争犯罪と闘う』について書きました。(「戦争を起こす「ヤツ」を裁く 赤根智子著『戦争犯罪と闘う』を読む。2026年9月7日)

その昔、紛争地近傍での医療支援に携わりました。そこで見たのは、戦争を始める人ではなく、戦争によって心身に傷を負う人々でした。戦いの場での死、ケガ、逃避、不衛生と飢えに惑う住民、痩せた母親、想像もできなかったほどみじめな姿の幼子、そして置き去りにされる老人や障害者・・・戦争を始める「ヤツ」は、安全な場所にいる。ならば、その「ヤツ」をどうするのか。

殺すのではなく、裁く。
証拠を集め、弁明の機会を与え、法によって責任を問う。それこそが、人類が長い戦争の歴史の末に考え出した文明的な仕組み―私は赤根さんの本から、そのことを改めて教わりました。
ところが、今回のノーベル平和賞発表からわずか数時間後、アメリカ政府はICCそのものに対する大規模な制裁を発表しました。アメリカ政府国務長官はICCを“rogue court(ならず者の裁判所)”と呼び、米国の金融システムなどを通じた取引の制限、ICCの活動能力を弱める措置を告げました。文明国家アメリカ・・・と思ってきた私は、「正気?」とさえ思ってしまいます。裁判所の方針や判断が気に入らなければ、裁判官を脅す。国際司法機関の活動が自国に不都合なら、経済力でその組織を締め上げる・・・大阪弁ですが、「そンなことして、ええのん?」です。

国際刑事裁判所 – ICC Visual Identity, パブリック・ドメイン, https://commons.wikimedia.org/w/index.php?curid=141892600による

「権力が法を屈服させる」ことにならないのでしょうか。品の悪い私は、一瞬、「ならず者」とは、一体どっち?と思いました。

もちろん国家にはそれぞれの立場があり、ICCの権限について、ある国が異論を持つことは自由です。アメリカはICC設立条約であるローマ規程の締約国ではありませんし、その管轄権をめぐって法的、外交的に議論する自由は当然あります。しかし、大国の横暴や暴走を制御するためにこそ必要なのが「法」ではないでしょうか。気に入らない判決をする裁判所は潰す。自国や同盟国の指導者を捜査するから裁判官を制裁する。大国だから従わなくてもよい―そうなれば、最後に残るのは「強い者が決める世界」です。

ノーベル委員会は、「秩序と混沌の間の細い赤線を守る人々」と表現した裁判官たちが制裁を受け、国際司法機関が攻撃されている今だからこそ、勇気ある人が必要なのだ、と。感動です。

平和とは、単に戦争がないことではありません。強大な軍事力によって相手を黙らせることでもありません。どれほど強い国も、どれほど強大な権力者も、法の外にはいられない。この原則を守ることこそ、遠回りに見えても、戦争を防ぐ道だと思います。グテーレス国連事務総長も、ピレイさんの受賞に際し、「力の法ではなく、法の力が勝たなければならない」という趣旨の言葉を寄せています。

ホント、それは簡単なこと。ですが、人類はこの簡単な原則を守るために、どれほど多くの血を流してきたことでしょう。ICCには軍隊もありません。警察もありません。武器も兵士もいません。あるのは、法と証拠、そして、それを守ろうとする人々の意志と叡智だけです。

先のブログで私は、ICCを「ささやかでも、何人も侵すことを許さない人類全体の良心」と書きました。今回のノーベル平和賞は、その小さく、しかし決して消してはならない良心に、ノルウェー・ノーベル委員会が大きな灯をともしたものだと思います。

現在のICC所長が日本人の赤根智子さんであることを、私は改めて重く、そして誇らしく思います。同時に、この時期にピレイさんを選んだノーベル委員会もすごい、と思います。発表される委員長、格好良かったですね。 “・・lasting peace must be built on legal principles, not on the will of the strong(永続する平和は強者の意思ではなく、法の原則の上に築かれなければならない”

ピレイさんへの平和賞授与は、単に一個人の「人権活動への功労賞」にとどまらず、いま攻撃されている国際司法そのものを守らねばならない、との明確な意思があると思います。アメリカによる制裁発表後、日本、カナダ、英国、ドイツ、フランス、イタリア、デンマーク、オランダの8か国が共同声明を発表し、ICCへの「継続的かつ揺るぎない支持」を表明するとともに、今回の米国の措置については“regret and strongly disagree(遺憾であり、強く反対する)”と明言しました。「力」ではなく正しい「法」が世界を支配しなければ、人類は同じような戦<イクサ>を繰り返しかねません。世界各地で続くいくつもの戦争、その背後に見え隠れする大国の力・・・

戦争を止めてぇぇ・・・と叫びます。戦争を止めろ!と命じたい。
日本自身が「法」の側に立てているのか。そして、その姿勢が世界に見えているのか―私個人を含む国民の意思も問われるのだと思います。

赤根さん、ピレイさん、負けないで下さい。