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「ササカワモデル」を通じたコロナ禍でのハンセン病当事者コミュニティへの支援

笹川保健財団
常務理事 南里隆宏 PDF

1. はじめに

コロナウィルス(COVID-19)によるパンデミックは、世界中で多くの人々に対し社会・経済的に大きな打撃を与えている。その多くが社会的弱者に属するハンセン病当事者(患者、回復者、その家族)[1] も例外ではない。ハンセン病をゼロにするための世界連合(GPZL)は、2020年4月~5月に22か国25団体に所属する100名以上のハンセン病当事者に対するヒアリングを実施した結果、ハンセン病当事者の多くはコロナウィルスにより深刻な影響を受けていることが判明した[2] 。このような状況に鑑み、笹川保健財団は、2020年5月~9月にコロナ禍におけるハンセン病当事者コミュニティを支援するパイロット事業をインドネシア、バングラデッシュ、ネパールで実施した。本稿では、この3つのパイロット事業の成果と課題を分析することで、コロナ禍において、ハンセン病当事者を適切に支援するうえで、何が必要であるのか考察する。

[1] ハンセン病はらい菌を通じて発症する感染症の一つ。かつては不治の病と呼ばれていたが、現在は多剤併用法(MDT)という治療法が確立しているため、早期発見・早期治療を行えば完治する。しかし、治療が遅れると抹消神経が侵され、知覚麻痺や運動障害が生じ、容姿に障がいを及ぼすこともあるため、病気が治った後も回復者やその家族は深刻な差別に直面している。

[2] GPZLの調査により、1)保健サービスへのアクセス(ハンセン病の治療や後遺症のケア)、2)食料や生活物資の確保、3)政府によるセーフティネットへのアクセス、4)安定した生計手段の確保、5)コロナウィルス予防に関する情報へのアクセスなどの点で問題を抱えていることが明らかになった。

2. パイロット事業の概要

まず本パイロット事業では、ハンセン病当事者を単なる支援の受け手としてではなく、事業へ主体的に関与するアクターとして位置づけ、1)コミュニティの直接的ニーズへの対応(食料・医薬品等の支援物資やコロナウィルスの予防等に関する情報の提供)、2)政府に対するアドボカシー(地方自治体等に対し、既存の支援スキームへのアクセスの保証、新たな支援スキームの検討などを要請)、3)情報発信(団体の知名度アップや新たな支援者獲得等を目的として、活動情報をSNS等で発信)の3つの柱から総合的に支援を試みた。また、本事業の実施者を選定するにあたり、多くの当事者団体は組織的に脆弱であることを鑑み、対象団体は過去3年間で活発な活動実績を有することを条件とし、さらに事業を効果的に遂行するために、彼らを支援するパートナー団体との協働を義務付けた。その結果、ハンセン病の蔓延国のうち、これらの条件を満たす国として、インドネシア、バングラデッシュ、ネパールに拠点を置く団体を選定するに至った。3か国でのパイロット事業の概要は以下に示すとおり[3]

 インドネシアバングラデッシュネパール
実施期間2020年5月~8月2020年6月~7月2020年6月~9月
対象地南スラウェシ州4県1市(北トラジャ、ジェネポント、ブルクンバ、マカッサル市、ゴワ)ラジシャヒ管区4県(ボグラ、シラジガンジ、ナトール、パブナ)タライ地方(第2、3州)の4郡(ダヌシャ、マホッタリ、サルラヒ、シンドゥリ)
事業費約210万円約190万円約160万円
回復者
団体
PerMaTa南スラウェシ(PerMaTaは2007年に設立、南スラウェシ州を含む3州で活動を展開、同州には12の支部がある)4県の相互扶助組織(約1000名の回復者がメンバーとして参加、相互扶助、啓発、アドボカシーなどを実施)4郡の相互扶助組織(各組織は地域ごとにNGOとして登録されており、セルフケアの指導、啓発活動、早期発見活動などの活動を実施)
パートナー団体YDTI(2020年にインドネシアのNGOとして法人格を取得、前身はオランダのNGOであるDAREで、同州のハンセン病回復者を対象に教育支援事業等を実施)Lepraバングラデッシュ(イギリスに拠点を置く国際NGOであるLepraの支部)Nepal Leprosy Trust(1972年設立、タライ地方においてラルガハンセン病病院・サービスセンターを運営し、回復者の治療、ケア、経済的自立支援等を実施)

[3]バングラデッシュおよびネパールでの事業の受益者には、ハンセン病回復者に加え、リンパ系フィラリア症回復者や他の障害者らも含まれていた。

3. 事業の成果と課題

3-1. コミュニティの直接的ニーズへの対応

パイロット事業を通じて、各国で実施された緊急支援活動の概要は以下のとおりである。

 インドネシアバングラデッシュネパール
支援
対象者
511名1130名664名
支援内容1345の食糧キット(北トラジャ-300、ジェネポント-300、ブルクンバ-145、マカッサル-300、ゴワ-300)を複数回に渡って配布。支援物資は各県によって異なるが、米(5~10kg)、食用油(1~2リットル)、インスタント麺(10~30袋)、卵(10~30個)、干魚(1/2~2kg)、塩(2kg)、香辛料(1~2kg)、砂糖(2kg)、野菜などが含まれていた。食糧等支援 (コメ10キロ、ジャガイモ2キロ、豆1キロ、玉ねぎ2キロ、食用油1リットル、マスク5枚、石鹸2個、洗剤500gなど)を730名に(於ボグラおよびシラジガンジ県、対象者の内訳はハンセン病631名、リンパ性フィラリア10名、障がい者59名)、および支援金の供与を400名(ナトールおよびパブナ県でそれぞれに1000タカを支給、内訳はハンセン病311名、リンパ性フィラリア39名、障がい者50名)。食料支援(米25キロ、豆2キロ、油1リットル、塩1キロ、石鹸2個、マスク5枚、対象者の内訳はハンセン病回復者374名、障がい者131名、リンパ性フィラリア12名、その他社会的弱者147名)。

 

 

その他PerMaTaのメンバーは、事前にCOVID-19に関する基礎情報や予防方法などを学ぶオンライン研修を受講。また、支援対象者を選定するための事前訪問を行い、COVID-19の予防法等を記載した啓発資料や石鹸・マスクなどを配布。相互扶助組織のメンバーに対する事前トレーニングが実施されたほか(マスクや消毒液の配布を含む)、啓発資料を5000部配布し(COVID-19の情報や予防法、栄養維持のためのリーフレットなど)、約1万5000人へ周知された。コロナウィルスの予防法や、ハンセン病患者・回復者が在宅下でできるセルフケアに関する啓発活動も併せて実施。

なお、インドネシアでは、当初対象5県の1500名に支援を行う予定であったが、すべての保健センターから対象者(患者、回復者)リストを入手出来なかったことや、入手したリストに不備があったため(記載ミス、移転済、すでに死亡など)、実際の支援者数は当初計画を下回った。バングラデッシュでは、多くのハンセン病患者・回復者らが生活苦やコロナへの感染の恐怖のため、精神的にダメージを受けるケースが見られたことから、本事業の協力団体であるLepraバングラデッシュは、メンタルヘルスに関するトレーニングを実施し、将来的にカウンセラーとしての役割を果たすことが期待される回復者9名がそこへ参加した。ネパールでは、当事者を対象とするホットラインが開設され、電話相談・カウンセリングが実施された。事業期間中、234件の相談があり、57件のフォローアップを行った。

3-2. アドボカシー活動

インドネシアでは、事業の対象地である4県1市のCOVID-19対策本部および関係部署(保健局の感染症部門など)との間で合計30回以上の会合が設けられた。各自治体は緊急支援(食料または支援金の支給)を行っていたが、事業対象地区に居住する患者・回復者は、1)政府が発行した正式な身分証明書を有していないため、支援が受けられない、2)何等かの事情により支援対象リストに含まれていない、3)支援スキームの存在や自身がその対象であることを承知していない、などの理由により、支援を受けられない当事者の存在が多数確認された。よってPerMaTaは、彼らが既存の支援を受けられるよう、行政当局に働きかけを行った。例えば、ブルクンバ県では、2名が身分証を持っていないため、政府支援が得られない状況にあった。ジェネポント県では、21名が政府からの支援を受けておらず、その多くは自分が支援を受けられることを把握していなかった。マカッサル市では、地方からの出稼ぎに来ており、身分証明書の本籍は出身地になっていたため、現在居住する自治体から支援を受けることが出来ない回復者もいた。一方で、戸別訪問を通じて、多くのハンセン病患者・回復者・その家族らが現在も差別を受けていることが判明し、PerMaTa関係者はその改善にも取り組んだ。例えば、10歳の女児がハンセン病の完治後、通学を拒否されていたが、PerMaTaが学校に申し入れを行った結果、無事に通学できるようになった(マカッサル市)、ハンセン病治療中の妻が、夫の判断で母屋から隔離され、食事も洗濯も別にされていたが、PerMaTaが治療を始めたら感染はしない旨を伝えると、夫は今後妻の治療を支えると約束した(ゴワ県)などの成果があった。

バングラデッシュでは、4県の社会福祉や保健・家族計画担当部門と会合を行い、ハンセン病患者・回復者による既存の老齢年金へのアクセスや、各県の回復者連盟の法人格の取得問題等について議論された。ちなみに同国では、多数のハンセン病患者・回復者が老齢年金の受給対象になっているのにもかかわらず、実際には支給されていない。話し合いの結果、当局は彼らと協力してリストを整備し、年金が支給されるよう調整する旨を回答した。また、各県の回復者連盟は、NGOとしての法人格を有していないため、事業の実施者として公式に認知されない状況にあった。今回の活動の結果、当局は各回復者連盟の法人格の取得に協力する旨を約束した。

ネパールでは、対象4郡内にある25の行政当局と面談を行い、事業実施の許可を入手した。また、事業に参加するハンセン病患者・回復者の相互扶助組織のメンバーと、行政当局が協力して、10回にわたって「サイレント・ラリー」を実施し、当事者、NGO、コミュニティリーダー、行政当局関係者ら計282名が参加した。その際、相互扶助組織のメンバーは当局へ要望書を提出し、1)各保健センターにおけるハンセン病に伴う合併症等の治療の維持、2)検疫下にある当事者の人道的な取り扱い、3)互助組織メンバーと連携したハンセン病制圧やコロナウィルス予防のためのキャンペーンの実施、4)コロナウィルスに伴う差別の撤廃、5)ロックダウンに伴う影響の分析と適切な緊急支援の実施、6)無料の健康保険に登録するための支援の提供、などを求めた。また、これらのアドボカシー活動の結果、シンドゥリ郡では、行政側が回復者向けの職業訓練プログラムの実施を提案するに至った。

3-3. 情報発信

実施期間中、3か国では、事業活動の内容や特定の患者・回復者のライフストーリーを中心に、各団体が管理するSNS等を通じて情報発信が積極的に行われ、その数は確認できただけで81回に及び[4]、一部はウェブニュースに掲載された。このほかにインドネシアでは、クラウドファンディングが行われ、障がいのある回復者の家屋の修繕費約12万円をわずか1週間程度で集めることに成功した。バングラデッシュでは、各地区で回復者の中から「Corona Fighters」が任命され、事業を通じてコロナ禍におけるハンセ当事者を支援するシンボルとして活動した。ネパールでは、4つのFMラジオ局を通じて啓発メッセージを計3008回発信し、約15万人が視聴した。

[4] 各団体に所属する個人のSNSを通じて発信された投稿を含めると、その数は少なく見積もっても10倍近くにのぼる。

4. 結論

本パイロット事業の結果、事業活動を効果的に実施するにあたり、以下の点が重要な鍵になることが判明した。

  • 受益者の所在の明確化:事業を実施した回復者団体およびパートナー団体は、事業対象地域における当事者の一部としかネットワークを有していなかったことから、各自治体や保健センターを通じて正確なリストを入手する必要があった。例えばインドネシアでは、PerMaTaのメンバーの殆どが元ハンセン病患者の定着村出身であったので、その外に住む患者・回復者について、バングラデッシュやネパールでは相互扶助組織に参加していない患者・回復者については十分に実態が把握できていなかった。よってまず始めに、受益者の所在を明確にすることが不可欠であり、各自治体や保健センターがリストの共有に協力的であるか否か、あるいは正確なリストを有しているか否かがその結果を左右することが判明した。
  • 受益者の選定過程における当事者の参画:限られた資源を公平に配分するためには、受益者の生活状況やニーズを正確に把握したうえで、緊急支援物資の配布先が公平に選定される必要がある。これらの作業に当事者団体が積極的に関与することは、公平性を担保することにつながる。
  • 当事者団体を通じた適切な情報の提供:多くの当事者は、コロナ禍の生活で必要な情報(コロナウィルスの予防方法、政府の支援策、ハンセン病やその後遺症の治療など)へ十分にアクセスできていない。よって、当事者団体が自治体と患者・回復者の間でパイプ役を果たすことで、こうした情報のギャップを埋める、あるいは既存の支援スキームへのアクセス向上に十分寄与できることが分かった。
  • 支援する側の新たな役割の模索:財団の財源には限りがあるので、助成金を提供する以外の役割、例えばインドネシアでクラウドファンディングが行われたように、支援団体の資金調達活動への助言・支援など、支援する側が新たな役割を考慮することで、当事者団体の活動の持続性確保に寄与できる。
  • パートナー団体の存在の重要性:当事者団体を支援するパートナー団体の存在と役割は非常に重要である。特に、パートナー団体が当事者団体の苦手分野(戦略企画、英語での報告書作成や情報発信など)を補完することで、事業目標の達成に大きく貢献しうる。但し、パートナー団体は当事者団体の現状やニーズを熟知し、彼らと十分な信頼関係を構築していることが前提となる。
  • 当事者が事業を担うことの波及効果:当事者を単なる支援の受け手とみなすのではなく、事業活動の中心的な担い手中として尊重することにより、受益者のニーズに配慮した活動が可能になるとともに、彼らの意識向上にもつながる。
  • スティグマ・差別の軽減と当事者団体の貢献:回復者団体の活動範囲が及ぶ地域(定着村の住民や互助組織のメンバーなど)では、彼らの積極的な啓発活動の成果もあり、比較的患者・回復者に対するスティグマや差別は少ない状況にあった。よって、当事者団体の活動範囲を広げていくことが、スティグマや差別を軽減する方策の一つとなりうる。

5. おわりに

2020年11月、笹川保健財団は上記パイロット事業の経験に基づき、「コロナ禍におけるハンセン病当事者団体助成プログラム」を新たに立ち上げ、世界14か国22団体に対し約3700万円の支援を実行するに至った。同プログラムでは、3つの分野 (当事者の直接的ニーズへの対応、アドボカシー、情報発信) への支援に加え、支援団体が事業終了後も持続的に関連分野での活動に関与していけるよう、第4の柱として、第3者による「資金調達能力向上のための能力強化研修の実施」を新たに加えた。現在、世界中のハンセン病当事者がコロナウィルスによる深刻な影響を受けていることを考えると、これらの支援のみをもって、すべてのニーズが満たされることは不可能である。支援機関とっても現実的に提供できる「パイ」が限られていることは事実なので、新たな資金の開拓に加え、「既存の資源」をどう効果的に活用できるのか考慮することも重要である。本稿で示した「ササカワモデル」はコロナ禍における支援の一例に過ぎないが、今後これらの事業の成果や課題が詳細に分析されることで、ハンセン病当事者が直面する問題を改善するための支援策を講じるうえで、その一助になることを期待したい。

【参考資料】

Lepra Bangladesh, Final Report of COVID-19 Comprehensive Emergency Assistance Pilot Project for Persons Affected by Leprosy in Bangladesh, August 28, 2020.

Global Partnership for Zero Leprosy, Persons Affected by Leprosy and the COVID-19 Global Health Crisis (Working Group 2 Consultative Calls Report), June 2020.

Nepal Leprosy Trust- Lalgadh Leprosy Hospital and Services Centre, Final Report of COVID-19 Comprehensive Emergency Assistance Pilot Project for Persons Affected by Leprosy in Nepal, September 13, 2020.

Yayasan Dedikasi Tjipta Indonesia, Final Report of COVID-19 Comprehensive Emergency Assistance Pilot Project for Persons Affected by Leprosy in Indonesia, August 24, 2020.