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助成研究 Pick up ! ① ~終末期がん患者に対する「湯船につかる入浴」の効き目とは?

本記事は、当財団が実施する研究助成(今年度応募終了)の研究報告書『林 ゑり子,終末期がん患者に対する「湯船につかる入浴」の有効性に関する観察研究,2019A-104』を基に作成されています。詳細はこちらの研究報告書をご確認ください。

★本研究はJournal of Hospice and Palliative Nursingに掲載されました(2021年10月)。論文名「Effects of Bathing in a Tub on Physical and Psychological Symptoms of End-of-Life Cancer Patients An Observational, Controlled Study」

緩和ケア病棟で療養中のがん患者さんは、看護師の支援で「湯船につかる」入浴を行った後、具合や気分が良くなる経験をしていました。
そこで、「緩和ケア病棟における患者の湯船につかる入浴の身体症状(痛み、だるさ)・精神症状(睡眠、不安な気持ち、気分)に対する有効性」を科学的に検証するために、入院患者について入浴前後での、痛み、だるさ、睡眠、食欲、気分、記憶力などの項目を調査しました。57人のデータを分析した結果、特にだるさの緩和など、様々な症状が改善される可能性が示されました。

目次
1.研究目的
2. 研究の内容・実施経過
3. 研究の成果
4. 今後の課題
5. 研究者より皆様へメッセージ

1.研究目的

研究背景は、多くの日本人は、健康な時は、ほぼ毎日または 1 週間に 2~3 回程度、「湯船につかる入浴」を生活に取り入れ、緊張感から解放されたり、日々の身体的な疲労回復を行う習慣があり、伝統的な文化と言える。一方、がん患者にとって、「湯船につかる入浴」は、身体的な痛み、緊張感、気分転換、悪液質状態や衰弱が進んだ状況においても、全身の血流の改善だけではなく、心理的にも精神的にも安寧につながると示唆されているが、実際に効果が明らかにされていないため本調査を計画した。

現在、終末期がん患者におけるケア介入の有効性を証明した研究はあまり存在しない。本研究の意義は、対象者が「終末期がん患者」であり、無作為比較試験の研究協力は倫理的に難しいが、本研究のプロトコールは、通常の臨床のケアを観察する研究であり侵襲はほとんどないと考える。

また、本研究のアウトカムは、「患者の視点で看護ケアの効果を評価する」ことである。したがって、終末期がん患者の「湯船のつかる入浴」を通じて「身体的苦痛緩和」「精神的」「心理的」な側面の有効性を明らかにすること、言い換えると、ホスピス・緩和ケア領域における終末期がん患者の通常のケアを通じ、QOL の評価を行うことが大変意義深いと考えた。

研究目的は以下の通りである終末期がん患者に対する「湯船につかる入浴」前後の身体的・精神的・心理的側面として、がん関連症状のがん性疼痛、倦怠感、食欲不振、嘔気、呼吸困難、不安、気分、睡眠、全体的な調子、気力、集中力、記銘力の症状の変化を明らかにする。

2. 研究の内容・実施経過

1)対象者:湯船につかる入浴設備を有する緩和ケア病棟に入院する患者様 約 20~40 人
適応基準:
・進行・再発がん患者
・告知を受けている、
・1 日の中で RASS が 0 の時がある方
・調査期間中に緩和ケア病棟に入院された方で「湯船につかる入浴」の適応患者
除外基準:
・ 患者より口頭で拒否があった場合
・ 19 歳以下

・ 生命予後が時間単位、短めの日単位 (予後予測が 1 週間以内)
・その他、調査担当者が調査への参加を不適当と判断した場合

2)研究デザイン:観察研究

3)データ収集:
データ収集期間
2018 年 8 月~2019 年 4 月までの期間に、適格基準を満たす患者が入院した際に協力施設において対象者と家族介護者に研究の説明を行い、研究協力の同意を得られた患者を対象とした。
経過観察および調査票 (基礎情報、症状の評価(信頼性妥当性の確立された尺度):ESAS-J、CRF の一部)
観察実施スケジュール:入院日、2日目、3日目、4日目、5日目、6日目、7 日目

① 毎 10 時、②湯船につかる入浴 30 分後、③毎 17 時、④清拭後 30 分

4)観察項目:1)ESAS-J、2)CFS、3)感想、4)一般的バイタルサインサイン、血圧、心拍数、呼吸数、酸素飽和度など

5)質問紙の基礎統計分析・統計ソフトによる多変量解析および自由記載された内容の内容分析は、2018 年 8 月~2019 年 4 月に緩和ケア病棟に入院された、進行・再発がん患者で、1 日の中でRASS(Richmond Agitation-Sedation Scale)が 0 の時がある患者を対象とした。入院時より7日間、午前 10 時、午後 17 時と「湯船につかる入浴」の実施後 30 分後に、ESAS-r-J による9 つの症状の程度について 0~10(0:なし、10:耐え難い)測定し、数学的解釈を行った。

3. 研究の成果

図 1

1) 研究登録および入浴実施状況
研究登録対象の応諾状況および入浴実施状況を図 1 に示す。研究期間中に緩和ケア病棟に入院した 110 人はがん患者で、全ての適格基準を満たし、かつ、研究参加したのは、75 人(65%)だった。除外基準をもとに 35 名(35%)が除外され、除外理由で最も多かったものは、RASSが常に-1以下で測定が困難 32 名で、拒否が 3 名であった。「湯船につかる入浴」の実施者は、適格基準 75 名のうち 57 名(76%)、未実施者は 18 名(24%)だった。入浴できなかった理由は、状態の悪化のため移動困難 8 名(44%)、痛み 2 名(11%)、嘔気 2 名(11%)、めまい 2名(11%)、拒否 4 名(22%)であった。家族が同席して入浴を行った対象者はいなかった。

表1
表1つづき

対象者背景を表 1.に示す。男性は、入浴実施群が 30 名(53%)、入浴未実施群が 8 名(44%)だった。年齢の中央値(第 1 四分位-第 3 四分位)は、入浴実施群が 77.0(70.0-83.0)歳、入浴未実施群が 76.5(70.3-82.0)歳だった。PS4の患者は、入浴実施群が 27 名(47%)、入浴未実施群が 9 名(50%)、転入前の療養の場が、自宅だったのは、入浴実施群が 13 名(23%)、入浴未実施群が 5 名(28%)だった。

転入前の最終の「湯船につかる入浴」の時期は、1 か月以上は、入浴実施群が 20 名(35%)、入浴未実施群が 5 名(28%)、1~4 週間前は、入浴実施群が 30 名(53%)、入浴未実施群が 10 名(56%)だった。元気な時の「湯船につかる入浴」の頻度が毎日だったのが、入浴実施群が 53 名(93%)、入浴未実施群が 16 名(89%)だった。

図2

元気な時の「湯船につかる入浴」を大変好むのは、入浴実施群が 53 名(93%)、入浴未実施群が17 名(94%)だった。以上の患者背景の項目は入浴実施群と入浴未実施群との間に有意な差が認められなかった。「湯船につかる入浴」後の症状の改善の変化と人数を表 2、図 2.に示す。入浴前後の各項目の平均値による比較において、ESAS-r-J スコアの合計平均値は、入浴前が 16.6(±16.5)、入浴後が 12.4(±13.6)、前後の合計の差は-4.2(±9.1)で、有意差(ES=0.47,p<0.01)が認められた。入浴前後の各症状のスコアの平均値の差において、倦怠感(p<0.01)、不安(p=0.01)、食欲不振(p=0.01)全体的な調子(p=0.01)、痛み(p=0.02)、気分の落ち込み(p=0.02) の 6症状で有意に症状の軽減が認められた。

2)考察
本研究は、終末期がん患者が「湯船につかる入浴」をすることで、身体的・精神的・心理的の苦痛緩和への有効性を検証した初めての研究であった。主な知見は、「湯船につかる入浴」をすることによって、痛み、倦怠感、食欲不振、気分の落ち込み、不安、全体的な調子の 6 つの症状の改善が示唆されたことである。
入浴前後のスコアの合計平均値は、入浴前 16.6(±16.5)、入浴後 12.4(±13.6)、前後の合計の差は 4.25(±9.07)し、有意差(ES:0.47,p<0.001)が認められた。入浴前後に症状のスコアの平均値の変化は、9 項目中の 6 項目で、痛み、倦怠感、食欲不振、気分の落ち込み、不安、全体的な調子(p<0.05 水準)であった。入浴後に改善効果が認められなかった項目は、呼吸困難、吐き気、眠気であり、約半数以上で症状の変化がなかった。
3)結論
結論として、日本の終末期がん患者にとって、「湯船につかる入浴」の有効性については、1)ESAS-J の合計点が改善されたこと、2)ESAS-J の 6 つの項目(痛み、倦怠感、食欲不振、気分の落ち込み、不安、全体的な調子)に有意差が認められた。

4. 今後の課題

本研究は、いくつかの限界があった。

第 1 に、終末期がん患者を対象とした研究であり、入浴群と非入浴群の割り当てをランダムにすることは倫理的問題を理由に困難であった。
第 2 に、本研究の 57 名の入浴前後比較の検証には十分なサンプル数であったが、多変量解析には限界があり入浴による症状改善に関連する因子を明らかにすることが困難であった。
第 3 に、本研究は、単施設研究であるため、結果の応用は配慮が必要である。終末期がん患者のリクルートは適格基準を満たす症例が少ないため、今後は、多施設の研究に広げていく必要がある。
第 4 に、1 回の入浴の測定であり、効果の持続を確認していないため、効果の持続性は確認していく必要がある。
今後は、研究の限界についての対応を課題として検討したい。

5. 研究者より皆様へメッセージ

日頃より、終末期がん患者さんが「湯船につかる入浴」をお手伝いした後、とても気持ち良さそうで、表情が穏やかになったり、とても活き活きする様子だったり、ご家族もその様子を見て、喜ばれたりしている経験をしてきました。

日本の文化である「湯船につかる入浴」が、終末期がん患者さんにとって、ケアに役立つのではないかと感じておりましたが、なかなかお示しできずにおりました。それは、私たち臨床現場の看護師は、患者様のケアの有効性を感じながらも、実際に結果を示す際に、様々な支援が必要だからです。

支援の1つ、資金の問題は私には大きな障害であったため、このような助成で研究を取り組ませて頂きましたこと感謝しかございません。

研究のアイディア、研究のデータ収集に際し、協力くださった患者様やご家族様、スタッフ、分析や論文執筆に至るまで、多くの方の支えがありました。

本研究助成により、長く臨床で感じていた研究課題に取り組むことができました。誠にありがとうございます。引き続きご指導をお願い申し上げます。