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特別インタビュー(テドロス・アダノム世界保健機関事務局長)「コロナ禍におけるWHOハンセン病制圧大使の役割」

テドロス・アダノム世界保健機関事務局長(右)と笹川陽平WHOハンセン病制圧大使(2018年ジュネーブにて)

ーWHO にとって親善大使の役割はどれほど重要ですか?ハンセン病制圧大使の存在がどのような違いをもたらしたでしょうか。

テドロス氏:WHO 親善大使は、通常特定分野のグローバルな保健問題に焦点を当てて活動する著名人が任命されます。彼らはさまざまな経歴の持ち主であり、元国家元首、スポーツ界・芸術分野における有名人、慈善家、その他著名人らが含まれます。

親善大使は、その経歴や知名度を活かすことにより、「開かずの扉を開ける」ことができます。彼らは、国家元首や政府首脳、政治指導者、ビジネス界のリーダーや起業家、ジャーナリスト、ドナー、そして一般市民に至るまで、様々な人々の関心を集めることができます。その結果、彼らは問題解決に必要な資金調達や啓発に大きく貢献することができるのです。

ハンセン病は多くの国でほとんど忘れられている病気です。よって、笹川氏が大使として世界中の多く国々を訪問されてきたことを感謝いたします。そして笹川氏は、そこで各国の国王、大統領、首相、保健大臣、財務大臣らと度々面会されています。

しかし、笹川氏の活動は各国指導者との面談に留まりません。笹川氏は常にハンセン病回復者に会い、彼らが住んでいる地域を訪問することも重要視してきました。

笹川氏は都市部を離れた遠隔地や離島を精力的に訪問し、社会で最も不利な立場にある人々とも積極的に交流してきました。こうした笹川氏の訪問の模様は、氏自身が隔月で発行するニュースレターに加え、様々なメディアを通じて頻繁に報道されています。

このように、笹川氏によるハンセン病蔓延国への訪問は、その国の指導者層や政策決定者の関心を引き寄せると同時に、氏がハンセン病回復者の厳しい現実と苦しみ(そして時には幸せな瞬間)をも共有することができたという点で成功を収めてきました。

WHO は、笹川氏が多くの国々のハンセン病対策にご貢献いただいたことに、感謝しています。そして、笹川氏の弛むことない努力により、ハンセン病の蔓延が世界的にゆっくりではありますが、確実に収束に向かっているという成果を共に実感できるようになりました。

笹川氏は「当事者の事を当事者抜きで決めるべきでない」という言葉を常に念頭に置き、特にハンセン病蔓延国において、ハンセン病回復者の参加促進を提唱してきました。そしてそのことにより、ハンセン病サービスが及ぶ範囲やその質の改善に大きく寄与しました。

ー新型コロナウィルス蔓延下において、各国ではコロナ対策を優先せざるを得ない状況にあり、ハンセン病対策にも遅れが見られます。このような状況下において、笹川氏に制圧大使としてどのようなことを期待しますか。

テドロス氏:新型コロナウィルスは社会に大きな影響を与え、WHO の多くの活動に悪影響を及ぼしましています。ハンセン病対策は、一時的な対応ではなく、一定の時間を費やしいわば「長期戦」で取り組む必要があるので、言うなれば短距離走ではなくマラソンのようなものです。そのため、ハンセン病対策活動は、新型コロナウィルスや、自然災害、その他緊急事態が発生した場合、自ずと優先順位のリストから外される傾向にあります。

ハンセン病対策が一時的に後退する中で、笹川氏の役割は、ハンセン病問題が忘れ去られないために、これまで以上に重要になるといえます。新型コロナウィルス蔓延下において、ハンセン病問題に取り組む関係者は、コンタクト・トレーシングの経験共有、緊急対応が必要な患者のための病院施設の開放、メンタルヘルス問題への取り組みなどを通じて、新型コロナウィルスに関係する緊急対応に貢献できるはずです。また、笹川氏には、WHO、各国のハンセン病対策プログラム、支援団体、当事者団体らとの連携を維持していただくとともに、ハンセン病対策活動の本格的な再開に備え、さらなる支援の準備を整えていただきたいと考えています。

ー笹川氏にとって「現場に答えがある」ことがモットーであり、氏はコロナが収束したあかつきには、再び蔓延国を訪問したいとの強い意欲を示しています。コロナ前とコロナ後における氏の役割について、事務局長から何か提案はありますでしょうか。

テドロス氏:40 年以上にわたり、故笹川良一氏のハンセン病制圧活動の意志を引き継ぎ、WHO 制圧大使を 20年間務めてきた笹川氏は、どのような状況で何がなされるべきなのかよく理解されています。しっかりと地域の利害関係を意識し、地方政府や関連コミュニティが主導する「地域の特性」を生かした解決手法は、外部の人間によるものより常に機能的といえます。

新型コロナウィルスは世界を変えました。パンデミックはいずれ収束を向かえますが、以前の状態には戻りません。 私たちは「ニューノーマル」への適応が必要になります。しかし、このパンデミックによって新しい好機も到来しました。それはハンセン病対策にも役立つといえます。デジタルツールを使った医療システムは大きく前進しています。オンライン会議の普及は、これまで以上に様々な人々が一度に集まることを可能にしたほか、より多くの医療従事者の訓練ができるようになり、かつ医療現場で働く人々にとっても、より効果的に協働・協力出来る環境が整備されました。さらに、リモートによる診断や患者管理も進歩しました。心のケアに対する取り組みも、最も重要な課題とされています。これらすべてはハンセン病対策にも活用できるはずであり、WHO は笹川氏がそれらの積極的な導入を提唱されることを期待します。

ー今年 WHO は 2030 年までのハンセン病を含む NTD(顧みられない熱帯病)ロードマップを発表するとともに、新しいハンセン病戦略 2021-2030 を制定しました。目標の達成についてどうお考えになりますか。また、これらを適切に実行していくうえで、笹川氏にどのような役割を期待しますか。

テドロス氏:WHO は、どちらの文書も、各国の疾病対策プログラム、保健省、開発パートナー、ドナー、当事者、研究機関など、多くのステークホルダーとの幅広い協議を通じて作成されました。そのため、提案された戦略は十分に検討されたものであり、示された数値目標は野心的ではありますが、現実的なものといえます。一部の国は、より高い目標を設定することになり、平均値よりも多くの成果が期待されます。また保健システムが脆弱な国にとっては、目標値を「世界基準の達成に近づけること」と定義する必要があります。よって、いくつかの目標は、最高の筋書きどおり事が進んだ場合にのみ達成される可能性があります。したがって、笹川氏には、この新しい戦略を普及させ、その目標達成のために可能な限りご支援をいただきたいと考えています。

また、笹川氏がハンセン病の厳しい状況を伝えるために、ハンセン病蔓延国の政府高官や専門家と継続的に協働することを期待しています。そして、笹川氏が率いる組織から継続的に資金提供をいただいていることにも感謝しています。この資金は、他の財源、特に国内で調達する資金をより戦略的に活かすために活用される必要があります。その結果、ハンセン病対策活動がより効率的、効果的、かつ費用対効果が高い形で実施されることにつながります。実際に、NTD(顧みられない熱帯病)対策のための保健システムや健康促進にかかわる適切な投資は、非常に高い経済的利益をもたらすことが証明されています。

多くの国々でハンセン病の症例はわずかしか報告されていません。ハンセン病制圧活動が維持され、さらに強化されれば、これら多くの国々において、今後数年間でハンセン病制圧が達成されることが期待されます。そして、高蔓延国においては、病気の負荷を大幅に減らすことが現実的に可能です。すべての国々において、それぞれの目標を達成するために、笹川氏が WHOの取り組みを後押ししてくださることを期待しています。

ー世界は新型コロナウィルスのパンデミックからどのような教訓を学ばなければなりませんか?これらの学びは、ハンセン病や他の NTD(顧みられない熱帯病)に適用できますか?

テドロス氏:先に述べたことに加えますと、私たちは新型コロナウィルスに国境がないことを忘れてはなりません。今後、旅行・移動の制限は徐々に解除され、国を超えた交流が再び活発化することが見込まれます。すべての国とすべてのコミュニティの安全が確保されて、世界は真の意味で安全となります。したがって、すべての人々に対し適切な新型コロナウィルス対策が講じられることが不可欠です。さらに、新型コロナウィルスを収束させるためには、適切な制度と仕組み、充分な資金、訓練された医療従事者とボランティア、正確な診断と検査、ワクチン、そして成功への決意が必要となります。

同じことがハンセン病にも当てはまります。ハンセン病ゼロの達成は、必要とするすべての人々に適切なサービスが提供された場合にのみ実現します。そこには、診断、治療、予防対策だけでなく、障害者ケア、メンタルヘルスへのサポート、スティグマや差別を軽減するための活動も含まれます。 そして、新型コロナウィルス対策と同様に、適切な人材の確保、研究への投資拡大、サービスの対象範囲の拡充なども必要といえます。

Leprosy Bulletin#104