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105号大使メッセージ: “Don’t Forget Leprosy”~ハンセン病を忘れないで~ 第2回 人権問題としてのハンセン病

第60回国連人権委員会で、ハンセン病が人権問題であることを訴えるために演説を行う笹川陽平WHOハンセン病制圧大使(2004年、スイス・ジュネーブ)。

前号に引き続き、今号は私の人権問題に関する取り組みについて述べたい。

私は大使として世界中を回る中で、なぜハンセン病の場合だけ、「回復者」という言い方をするのか。例えば癌の治療を受けた人は、治癒した後、同じように呼ばれることはない。また、世界には、ハンセン病が治った後も元患者やその家族らが居住するコロニーが今も存在する。生活環境は決してよいとは言えず、周囲のコミュニティから差別されているケースが多い。これは何を示唆するのかといえば、ハンセン病は、病気が治れば解決する訳ではないということだ。つまり、ハンセン病は人権問題として捉えるべきだなのだ。これが、2003年に国連人権高等弁務官事務所(OHCHR)へ私が働きかけを開始した理由だ。

世界のハンセン病の患者、元患者、さらにその家族を含めるとその数は数千万人にのぼる。しかし、当時の国連人権委員会(現国連理事会)の専門家は、私が問題提起するまで、誰もこの事実を知らず、一度も人権委員会で取り上げられることはなかった。その主な理由として、自らが声を上げれば、新たな差別を生み出すかもしれないという恐怖心から、彼らが沈黙を守っていたことが挙げられる。したがって、人権問題の専門家の間で、彼らはいわば存在しないも同然であった。しかし、あきらめずに粘り強く訴え続けた結果、私は2004年に国連人権委員会で初めてハンセン病問題について発言する機会を得た。そしてその後、日本政府やハンセン病問題に取り組む多くの方々から協力を得ることができ、2010年に「ハンセン病差別撤廃決議」が国連総会において全会一致で採択されるに至った。このことによって、国際社会はハンセン病が人権問題であることを正式に認めたのだ。私にとって非常に感慨深い出来事であった。

しかし、冒頭で述べたように、差別撤廃の道のりは未だ険しい。私のこれまでの行動には、「誰も取り残さない」というSDGsのスローガンと相通じるものがある。ハンセン病を患ったことがあっても、適切な治療を受け、完治した後は、普通に元の生活に戻れる、すなわち誰をも包摂する社会の実現、これが私の目指すところである。(次号に続く)

WHOハンセン病制圧大使
笹川陽平