活動レポート Activity Report

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ミッション インポッシブル ⇒ ミッション(ほぼ)完了!

答えは134,752人。60%弱です。特に患者・回復者が多く暮らしていた南部の中でも最南端のタミル・ナドゥ州には、ハンセン病定着村をつなぐネットワークがあり、優れたリーダーが多くいました。そのうちの1人が自身もハンセン病を体験したDr ゴパールです。

笹川記念保健協力財団は、1998年から今日までDr ゴパールの率いるIDEA インドを支援しています。
これまでの活動を振り返り、Dr ゴパールはこう言います。
タミル・ナドゥ州で暮らす患者・回復者の数はインドで最大。偏見も差別もひどいものでした。1996年にIDEAインドを立ち上げた頃には、ハンセン病の偏見をなくすことは不可能に近いと思っていました。しかしタミル・ナドゥ州にはネットワークがあり、自分たちの声を上げ、生活をよくしていこうと闘ってきた多くの人たちがいます。差別がなくなったとは言いませんが、ほとんどなくなったとは言えると思います。現在は、公共の乗り物も、飲食店も、宗教施設も使えるようになりました。病気のために障がいのある人たちでも。あたりまえの権利だと思いますか?そうです。その当たり前の権利を長いこと手にすることができなかったのです。定着村で暮らす娘や息子たちが、村の外の人と結婚をすることも増えてきました。大学や大学院に進学する子どもも増えていました。

このような変化の一番の原因は、社会的な自立にあると思います。病気や障がいのために仕事につけず、貧困のために子どもを学校にやることができず教育も技術もない子どもたちも仕事につけず、と何世代にもわたった悪循環が続いてきました。IDEAインドはこの悪循環を断ち切るために、経済自立支援を行ってきました。ヤギを飼ったり、仕立て屋を始めたり、小規模の起業を支援します。これで分かったのは、自分たちの手で、将来を切り開くことができることはとてつもなく大きな自信と希望を与えると言うことです。地道な活動のおかげで、タミル・ナドゥの回復者は、ハンセン病のイメージを変えることに成功しました。現在、他の州でも、タミル・ナドゥをモデルとして、さまざまな取り組みが始まっています。かつて、ミッション インポッシブルと思われていたハンセン病の差別をなくすという夢は、いまやミッション(ほぼ)完了と言うことができるでしょう。

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