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人生の最期に「良い人生だった」と思えるように——利用者の気持ちに寄り添い続ける看護の形

看護小規模多機能型居宅介護施設「宝命の郷」創設者・金谷益子さん

取材:ささへるジャーナル編集部

高齢化が進む現代社会では、医療と暮らしの両方を支える地域ケアの重要性が高まっています。病院中心の医療だけでは、慢性疾患を抱える高齢者や在宅療養を望む人々の暮らしを十分に支えることが難しくなりつつあります。

笹川保健財団では「看護師が社会を変える」と銘打って、地域の人々を支える在宅看護活動を推進しています。そのような地域社会のニーズに対応する仕組みの1つが、「看護小規模多機能型居宅介護(以下、看多機)」です。「通所」「訪問」「泊まり」などのサービスに加え、看護師による医療的ケアをワンストップで提供できるのが特徴で、医療依存度が高い利用者が最期まで、住み慣れた地域で生活を続けることができます。

神奈川県で看多機「宝命の郷」および「宝命訪問看護ステーション」を運営する金谷益子(かなや・ますこ)さんは、こうした地域医療の課題に向き合い続けている一人。笹川保健財団の「日本財団在宅看護センター」起業家育成研修(別タブで開く)の第一期修了者であり、地域の在宅看護の先駆者です。

本記事では、金谷さんが考える訪問看護師の役割、在宅療養を支えるための看多機の在り方に迫ります。

「全ての人が思い残すことなく人生をまっとうする」ために

――金谷さんはどのような思いを抱きながら、看護現場に携わられているのでしょうか。

金谷さん(以下、敬称略):私たちの役割は、看護や介護を提供することだけではありません。利用者さんのこれまでの人生に寄り添いながら、ご本人と家族が向き合いやすい環境を整える。そして、感謝や後悔などの気持ちを素直に言葉にでき、最期のときに「ありがとう」と言い合える関係をつくることこそが、私たちの使命だと考えています。

訪問看護ステーションも看多機も、医療と暮らしの間に立ちながら「全ての人が思い残すことなく人生をまっとうする」ことを支えるための場所なんです。

「宝命の郷」に掲げられているミッション。利用者への思いを一つにするべく、全ての看護師の目に留まるところに掲げている

――そもそも金谷さんは、なぜ病院の看護ではなく在宅療養を支える道を志したのですか。

金谷さん:きっかけは病棟勤務時代、師長から「(小笠原諸島の)母島で6カ月間、看護師として働いてくれないか」と声をかけられたことでした。

母島は、東京から定期船で約26時間かかる場所で、大きな病院はなく、島には診療所が1つあるだけでした。

病気になった人は必ずその診療所を訪れていたので、自然と患者さんの病気だけでなく、生活環境や家族背景にも目を配りながら看護を展開していたんです。いま振り返ると、この経験が訪問看護を始める原点だったのだと思います。

母島から戻った後も、救急病棟や手術室で看護師として働き、結婚を機に一度退職しました。その後は十数年間、心身のバランスを整えることを主としたヒーリングの仕事をしていましたが、その仕事を続けていくべきか、迷いもありました。

そのとき思い出したのが、ナイチンゲールの存在です。もともと私は小学生の頃、彼女の伝記を読み、「この人のように光の手を差し伸べる存在になりたい」と思って看護師を目指しました。

ナイチンゲールの存在と母島での原点に立ち返ったとき、「これから旅立つ人の最期に寄り添う看護をしたい」という思いが強くなりました。

患者さんの生活環境を考えながら家族の関係を修復し、最期の瞬間に「良い人生だった」と思えるような看護を提供したい——そう考え、2007年、神奈川県伊勢原市に宝命訪問看護ステーションを設立しました。

母島での看護師としての経験を振り返る金谷さん

『最期まで自宅で』を支える第3の選択肢——看多機の役割

――現在、4つの地域(伊勢原市、藤沢市、厚木市、平塚市)で訪問看護ステーションを運営されていますが、地域によって違いはあるのでしょうか?

金谷:大きく異なるのは、訪問看護ステーションの数と人口の割合です。

伊勢原は人口約10万人に対して訪問看護ステーションは22カ所ありますが、藤沢市は人口約50万人に対して訪問看護ステーションは59カ所しかありません。人口が多い分、利用者の増加が予測されますが、訪問可能な看護師が不足しているため、対応できていないケースが多いんです。

――2020年に看護小規模多機能型居宅介護「宝命の郷」を開設されました。どのような経緯で立ち上げたのでしょうか?

金谷:訪問看護を続ける中で、家族の介護力の限界と、経済的な理由などによって自宅で亡くなることができない現実を目の当たりにしたのが始まりでした。

本当は「自宅で最期を迎えたい」と願っていても、環境や家族の負担の問題で、有料老人ホームなどへ移らざるを得ないという切ないケースを数多く見てきました。そのとき、自宅・施設・病院のどれかを選ぶのではなく、その中間的な役割を担う場所が必要だと思いました。

それを叶えるのが看多機です。看多機であれば、「訪問」「通い」「泊まり」を組み合わせ、1つの施設で介護と看護を一体的に提供できるため、利用者と家族の双方にとって安心を与えられます。

家庭での療養をあきらめることなく、最期は自宅で家族に囲まれて看取られる。そうした希望を実現できる仕組みとして看多機は適していると思います。

伊勢原市にある「宝命の郷」。登録定員(2026年2月時点)は29名、平均介護度は4。気管切開や胃ろう、吸引、在宅酸素療法など、医療依存度の高い利用者も多く、在宅診療との連携は欠かせないという

――金谷さんが在宅看護に取り組む中で感じる課題はありますか。

金谷:まず、看多機における制度に課題を感じています。

現在、看多機の宿泊定員は9床以下と定められていますが、要介護度4〜5の利用者を支えるためには、最低15〜20床程度が必要だと感じています。9床では常に満床に近い状態になり、夜間は実質的にワンオペに近い体制になることもあります。

「宝命の郷」では市と協議して3床追加し12床にしましたが、それでも厳しいと感じます。

また、報酬制度にも課題を感じています。現行の包括報酬では医療処置の多さと報酬が必ずしも見合っているとはいえません。医療処置の内容に応じた出来高制など、制度の見直しも必要だと感じています。

医療依存度の高い利用者の退院支援には医学的知識を備え、全人的支援を行えるケアマネジャーの役割も担える看護師の育成も、将来的には必要でしょう。「宝命の郷」では、特定行為研修修了看護師(※)を看多機に配置し、在宅診療医と連携した体制構築を進めています。

※「特定行為研修修了看護師」とは、厚生労働省が認めた21区分38行為(例:脱水時の点滴、栄養カテーテル交換)を、事前に作成された「手順書」に基づき、医師の指示を待たずに自律的に実施できる看護師のこと

「宝命の郷」で利用者のケアをする看護師
利用者の日々の状態を記録し、管理・共有し合う看護師たち

在宅看護で最も大切なのは「自身の価値観を手放すこと」

「宝命の郷」では、金谷さんが掲げる「全ての人が思い残すことなく人生をまっとうするための環境をつくる」という使命に共感した看護師の方々が、日々利用者と向き合っています。

今回は、看多機部門管理者を務める角金正一(つのがね・しょういち)さん、4市の訪問看護ステーションで管理者を務める定永千寿子(さだなが・ちずこ)さん、平塚市の訪問看護ステーションで副所長を務める髙木麻美(たかぎ・あさみ)さんに、話を伺いました。

――「宝命の郷」で働く中で感じる訪問看護・看多機と病棟の違いについて教えてください。

角金さん(以下、敬称略):病院では、どうしても病院のルールの中で治療が進みますが、看多機では利用者や家族の希望をできるだけ尊重した看護の提供が可能です。

また「宝命の郷」は、施設の構造が特徴的で、部屋の中央にスタッフがいて、居室が周りを囲っています。病院では、患者さん一人一人の様子を把握することが難しいという課題がありましたが、ここでは、利用者はベッドから人の動きを感じることができ、看護師もそれぞれの利用者の機微を確認できる。

それが双方の安心感につながっているように感じます。

特定行為研修修了看護師の資格を有する角金さん

定永さん(以下、敬称略):病院でも退院後の生活を考えた看護を提供するように心掛けていましたが、病気を治すための看護に注力するケースがほとんどでした。しかし、ここでは利用者がどのような人生を歩んで、これからどのように生きたいのかまで関わることができます。

そこが大きな違いではないでしょうか。

伊勢原市、藤沢市、厚木市、平塚市にある4つの訪問看護ステーションの管理者である定永さん

髙木さん(以下、敬称略):定永さんのおっしゃる通りだと思います。加えて、訪問看護は病院よりも利用者と一対一で向き合う時間が長い点も、病院看護との大きな違いです。患者さんの生活環境を考えつつ、家族との関係性にも携わりながら、最期の瞬間まで看護ができることは、看護師冥利に尽きると言っても過言ではありません。

平塚市の事業所で地域の健康を見守る髙木さん

――皆さんが看多機の看護師、訪問看護師として仕事をする上で大切にしていることは何でしょうか。

角金:私は自分のペースではなく、利用者の生活スタイル、タイムスケジュール、人生を歩むペースに合わせることを大切にしています。「絶対にこうすべきだ」という考えを押しつけないことが重要だと思っています。

この姿勢は、宝命の「慈愛の心と真実を観る智慧を持ち、ひとりひとりの命を大切にする」というミッションにもつながっていくのではないでしょうか。

定永:そうですね。そのためにも、自分の価値観を一度捨てることが大切だと思います。角金さんのおっしゃる通り、自分の価値観で判断してしまうと在宅医療はうまくいきません。まず相手がどんな価値観を持っているのかを理解するようにしています。

結果として、その理解は、金谷さんが掲げる「全ての人が思い残すことなく人生をまっとうするための環境づくり」への一歩になるとも感じています。

髙木:訪問時間の幅は30分から1時間程度とさまざまなので、その中で状態を把握する必要があると思います。私はそのためにも、普段から利用者さんと少しずつ関係性を築いておくことが大切ではないかと思っています。

「宝命の郷」の一室。中央の簡易的なナースステーションからは全体が見渡せ、利用者の個室からは看護師の姿が常に確認できる

これから在宅看護の起業を目指す人へ。主体的に学ぶ姿勢が未来を拓く

――金谷さんは、「日本財団在宅看護センター」起業家育成研修の一期生ですが、本事業の研修で印象に残っている講義はありますか?

金谷:法律の講義がとても印象に残っています。法律を通して、自分たちの位置づけや事業を続けていくうえで必要な制度への理解が深まり、これから取り組んでいくべき法律面の課題を見つけることもできました。

また文章の書き方を習う授業では、研修会のレポート作成はもちろん、自分の考えを社会へ伝えるためのインパクトの出し方などを学びました。いまも有効な手段として活用しています。

――最後に。「日本財団在宅看護センター」起業家育成研修の受講を検討する方にメッセージをお願いいたします。

金谷:訪問看護事業や看多機の開業は、「日本財団在宅看護センター」起業家育成研修を受けなくても可能ですが、後ろ盾や支援がない状態での起業は本当に大変です。

しかし、この起業家育成研修には、修了生ですでに訪問看護ステーションを設立している先輩や、同期とつながれるネットワークや支援があります。これから訪問看護事業を展開する方々にとって、大きな強みになることでしょう。

ただし、研修を受ければ誰でも起業できるわけではありません。自分で目的意識を持って学び、行動に移すことが大切です。ぜひ地域のために看護師の力を活かしたい方は、主体性を持って起業家育成研修に参加してみてください。

在宅看護での起業を目指す人にメッセージを送る金谷さん

編集後記

病気になっても、住み慣れた地域で暮らし続けたい。そんな人々の願いを叶え、支える在宅看護。その実践の背景には、制度や人材不足といった課題がある一方で、利用者一人一人の人生に寄り添おうとする看護師たちの覚悟があります。

そして、医療と生活の境界をつなぐ看多機は、地域包括ケアを支える重要な拠点となりつつあります。金谷さんの取り組みは、これからの地域医療のあり方を示す一つのモデルになっています。

撮影:十河英三郎

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