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若者に伝えたいハンセン病問題。写真で語られる、人権侵害と偏見・差別

国立ハンセン病資料館の大高俊一郎さん。2025年4月から、ハンセン病療養所と入所者を撮影した写真を紹介する展示会が、各地で順次開催される

取材:ささへるジャーナル編集部

かつて「癩(らい)病」と呼ばれ、「一度かかると、一生治らない病気」「仏罰による病」「家筋・血筋が原因の病」などと長い間恐れられてきたハンセン病。

1873年にノルウェーの医師アルマウェル・ハンセンが原因となる「らい菌」を発見し感染症であることが明らかになりましたが、感染したとしても発病させる力が弱く、国民の栄養状態や衛生状態が良好な今の日本においては発病することが極めて珍しいと考えられています。いまでは薬と治療法が確立された治る病気となりました。

しかし1907年に制定された法律「癩(らい)予防に関する件」では、ハンセン病にかかり家族に迷惑がかからないように故郷を離れて放浪していた人(放浪患者)が隔離の対象に。1931年には法律が改正され、家で療養しているハンセン病患者も各地の療養所に強制隔離されるようになりました。

一度ハンセン病を患った人は療養所から出ることが許されず、有効な治療薬が開発された後も、1996年に「らい予防法」が廃止されるまで隔離政策が続きました。

ハンセン病患者・回復者とその家族への偏見や差別は止むことはなく、現在も全国の療養所では、ハンセン病回復者の方々が暮らしています。

2024年の全国のハンセン病療養所の入所者数 画像提供:国立ハンセン病資料館

いまや、過去の病気として考えられつつあるハンセン病。しかし、ハンセン病患者とその家族が受けた偏見・差別は決して風化させてはいけません。

東京都東村山市にある国立ハンセン病資料館では、今を生きる人たちにハンセン病問題のエッセンスを伝えるべく、2025年2月8日から3月9日にかけて、『その壁の向こう側―写真が語るハンセン病問題の真実』のプレ展示会を開催。 4月からは、横浜をはじめとする各地で本展示会が順次開催される予定です。

今回は、展示会の開催に携わっている、国立ハンセン病資料館事業部課長・大高俊一郎(おおたか・しゅんいちろう)さんに、お話を伺いました。展示会に込めた思いとは? ハンセン病問題の現状と共にお伝えします。

国立ハンセン病資料館で開催されていたプレ展示会の様子

ハンセン病問題を知らない人にこそ、関心を持ってほしい

大高さん(以下、敬称略):これまで国立ハンセン病資料館では、ハンセン病問題で被害を受けた方々の名誉回復を目的とした普及啓発を続けてきました。しかし、来館される方は、以前からハンセン病問題に関心がある人が多く、日本のハンセン病問題を知らない人、無関心な人たちは全人口の6割を占めているのが現状です。

ハンセン病問題はどのような問題なのか、被害の実態はどのようなものなのかをより多くの人に伝えるためには、館外で展示会を行い、その6割の人々にメッセージを届ける必要があるだろうと考え、開催を決めました。

ハンセン病問題の展示会を企画した理由については話す大高さん

――ハンセン病問題は現在も続いているとのことですが、どのような問題があるのでしょうか?

大高:2024年3月に、国が取りまとめたハンセン病問題に関する全国的な意識調査によると、「ハンセン病を患った人と手をつなぐこと」や「一緒のお風呂に入ること」などに抵抗がある人が一定数いるという結果から、まだハンセン病に関する偏見・差別は現代社会に根強く残っていることが分かりました。

また歴史の継承という点においても、約2万人の回答者のうち、約8割が「ハンセン病問題の学習経験がない」「学習を受けてもその内容が定着していない」の項目に分類されたことで、ハンセン病問題への関心の低さが伺えます。

さらに、歴史を紡いでいく上で欠かせない全国各地にある療養所の維持問題、高齢化した入所者の生活保障など、さまざまな面で問題が残っています。

――ハンセン病は治っているけれど、いまだ療養所で暮らす人がいることも知らない人は多いと思います。

大高:おそらく、それが一般的な感覚なのかもしれません。ただ、その理由を知らないという点が、ハンセン病問題への関心を低いままにしている要因であると感じています。

今回の展示会では、一人でも多くの人にハンセン病患者が当時受けていた偏見・差別について知ってもらいたいですし、それをきっかけにハンセン病問題に関心を持っていただきたいです。

当時の息遣いが伝わる、8枚の写真を展示

――2025年2月8日から3月9日まで、国立ハンセン病資料館でプレ展示会が開催されていたと伺っています。展示物を通して人々に思いを届けるために、力を入れたことはありますか?

大高:説明文を少なくし、キャッチコピーもシンプルなスタイルに統一することで、写真が注目されるような工夫を施しました。

ハンセン病をテーマにした写真家で知られる趙根在(チョウ・グンジェ※)氏が撮影した8点の写真はどれもシンプルではあるものの、国による強制隔離政策によってもたらされた入所者への被害の特徴をよく表しています。それぞれにインパクトがあり、当時の出来事について考えさせる力があるので、その力を最大限に生かす形式を取りました。

※在日朝鮮人二世として愛知県知多郡大府町(現大府市)に生まれる。中学3年生のとき炭鉱夫として働き始める。日本大学芸術学部を中退し映画会社で働くが、1961年の多磨全生園訪問より、1980年代にかけてハンセン病療養所での撮影を続ける

展示会の告知活動にも活用された、療養所に船で搬送された患者が、船を見送る作品。「帰り道はない」のコピーどおり、療養所への道は片道切符だった
筆者が最も印象に残った作品の1つ。当時は入所者に断種、堕胎が強行され、結婚はできても親になることは許されなかったという

――8点の写真を撮影した趙根在氏は、なぜハンセン病療養者の写真が撮影できたのでしょうか? 強制隔離が行われていた時代を撮影することは、とても困難なことのように思います。

大高:趙氏は、1933年に在日朝鮮人2世として日本で生まれ育ったカメラマンです。また当時のハンセン病患者の多くも、在日朝鮮人が多かったと言われています。それはなぜかというと、かつての在日朝鮮人が置かれた衛生環境や栄養状態が良くなかったため、相対的にハンセン病を発病しやすかったからです。

趙氏も決して裕福な家庭で育ってきたわけではないことから、彼らと自分の境遇を重ね合わせていたのだと考えられています。彼は、1961年から約20年にわたり全国の療養所を訪ね、入所者と寝食を共にしながら撮影を行いました。

その結果、入所者のありのままの日常を写真として残すことができたのです。1997年6月に趙氏は逝去されてしまいましたが、彼が残したハンセン病患者の日常を捉えた写真の数々は、とても貴重なものといえるでしょう。

――プレ展示会の期間中、来館された方々からはどのような声が届きましたか?

大高:写真が注目されるような形式を取ったことで「シンプルで見やすい」という声をいただくことが多かったです。また「写真にとても力がある」「写真から入所者の息遣いが伝わる」といった声もいただき、とても嬉しく思っています。

ハンセン病療養所にあった入所者の監禁室を撮影した作品。逃げ出そうとしたり、職員に抵抗した人が閉じ込められたという
ハンセン病によって視覚と聴覚を失った人が「舌」で点字を読み取り、読書を嗜んでいるところを撮影した作品

――大高さんは、2024年10月から社会啓発課長を兼任し学校や自治体に向けて出張講座を行なっていると伺っています。現地の学生や教師、職員と触れる中でどのような手応えを感じましたか?

大高:2024年度は、150回にわたり出張講座を開催しました。開催場所として多かったのは、中学・高校・大学で、その過程で人権教育担当の教育委員会の方や人権教育、人権学習に熱心な先生方とのつながりができたことが、何より嬉しかったですね。

先生方からの啓発活動が増えることで、ハンセン病問題について考える若者は増えるはずですし、私自身もより多くの場で啓発活動を進めていかなければいけないと感じるようになりました。

都内の学校にて出張講座を行なっている様子

ハンセン病問題の本質を捉え、自分事として捉えてほしい

――ハンセン病問題を知らない世代に伝えていくことの重要性について、大高さんのお考えを聞かせてください。

大高:ハンセン病そのものは日本の衛生環境上、ほぼ解決していると考えてもいいかもしれません。だからといって、ハンセン病によってもたらされた問題まで忘れていいのかというと、そうではありません。

私は、ハンセン病問題において特筆するべき点は、国による人権侵害が行われたこと、またその侵害が司法判断として確定したことにあると考えています。もちろん国家権力は、私たちの生活に必要です。しかし誤った使われ方をされてしまうと、人権に関わる問題を引き起こすリスクがあります。

ハンセン病問題には、このリスクの重要性を考えるヒントがたくさん詰まっています。過去の過ちを繰り返さないためにも、たとえハンセン病が過去のものになったとしても、また療養所がなくなったとしても、次の世代に伝えていくことは重要ではないでしょうか。

ハンセン病問題を次世代に伝えていくことの重要性について語る大高さん

――昨今、人権に関する問題はとても重要視されつつも、問題の解決には至っていないのが現状です。この問題を少しでもなくしていくために、一人一人ができることはなんでしょうか?

大高:きっと「こうすれば偏見・差別はなくなる」といった安易な方法はないと思います。だからこそ、事あるごとに人権の大切さを一人一人が考え、地道に行動していくことが大事ではないでしょうか。

例えば、教師や公務員といった立場の人であれば、ハンセン病問題を授業に取り入れて実践してみるとか、行政の取り組みとしてハンセン病問題に力を入れてみるなど、さまざまな立場でできることはあると思います。

この記事を読んで、初めてハンセン病問題に触れた人も、これを機に偏見・差別が起きるとどのような被害がもたらされてしまうのか、自分事として考えることから始めていただきたいですね。

偶然にも、私たちは近年、新型コロナウイルス感染症が流行する中での偏見・差別といった、ハンセン病問題と似たような出来事を体験しています。自分に対して偏見・差別が起きたとき、簡単に生活が壊れてしまうことを身近に感じているのですから、再発防止としてどうしたらそういうことが起きない社会になっていくのか、考えていただければと思います。

編集後記

感染症によるものだけでなく、性別や年齢、障害、人種、民族、宗教など、偏見や差別は、私たちの周りにあらゆる形で存在します。それは、単なる個人の問題だけではなく、社会の構造や経済格差にも影響を与えています。

ハンセン病問題による過去の過ちから学び、未来につなげるために、患者や回復者、その家族の方に思いを寄せることは誰でもできる第一歩と言えるでしょう。

『その壁の向こう側―写真が語るハンセン病問題の真実』の本展示会(別タブで開く)は、2025年4月17日(木)から横浜市役所アトリウムにて開催されます。ぜひ皆さんも足を運んでみてはいかがでしょうか。

撮影:永西永実

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