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当事者の、当事者による、当事者のためのハンセン病問題に関する国際会議。直面する課題、いま必要な取り組みとは?

世界21カ国から集まったハンセン病当事者を中心とするグローバル・フォーラム参加者の皆さん

取材:ささへるジャーナル編集部

ハンセン病とは、主に皮膚と神経を侵す慢性の感染症ですが、その感染力は極めて弱く、すでに薬と治療法が確立された完治する病気です。​しかし、当事者(患者、回復者およびその家族)に対する偏見や差別はいまなお続いており、国や地域によって事情や状況は異なりますが、自分たちが抱える問題に対して声を上げることができないという共通点があります。

そのようなハンセン病当事者団体による国際会議として、笹川ハンセン病イニシアチブ(※)の主催により、2019年よりスタートしたのが「世界ハンセン病当事者団体会議/グローバル・フォーラム」(以下グローバル・フォーラム)です。その第3回が、2025年7月4日から6日まで、インドネシアのバリ島で開催されました。

※「笹川ハンセン病イニシアチブ」は、ハンセン病のない世界を実現するために、WHOハンセン病制圧大使、笹川保健財団、日本財団が連携する戦略的アライアンス

本フォーラムには、21カ国から110名を超える市民団体の代表者、世界保健機関(WHO)、国連特別報告者、NGO、国際ハンセン病協会(ILA)を含む、主要な関係者が参加。事前準備として、当事者によるニーズ調査や地域別のオンライン会合が行われ、当事者の声や優先課題を反映する形でプログラムが設計されました。フォーラムでは、ハンセン病のない世界を実現するための課題や取り組みについて話し合いが行われ、その成果が共有されました。

この記事では、グローバル・フォーラムの歩みと、第3回の模様を、笹川保健財団の南里隆宏(なんり・たかひろ)理事長に伺いました。

ハンセン病当事者の声を集め、発信する場として始まった

——グローバル・フォーラムは、これまでどのような歩みをしてきたのでしょうか。

南里さん(以下、敬称略):ハンセン病当事者団体自体は世界中で増えており、さまざまな活動が行われていますが、このフォーラムを開催する以前は、統一した声を発信する場がほとんどないという課題がありました。

20、30といった団体が揃って発信する場を持つことで、説得力の高い活動につながっていくと考えていたところ、幸いにも2019年に国際ハンセン病学会(※)に合わせて第1回のグローバル・フォーラムを開催することができました。

国際ハンセン病学会は、もともと研究者だけではなく、NGOや政府関係者などハンセン病問題に取り組んでいる人たちが一堂に会する場になっていたので、私たちが世の中に伝えたい「ハンセン病当事者」の声を発信する場として、最も適しているのではないかと考えました。

第1回のグローバル・フォーラムは、まず「当事者団体が集まる場をつくる」こと自体を目的とし、皆さんが抱えている課題や問題意識をシェアし、それを一つの文章にまとめて国際ハンセン病学会で発表することを目指しました。初めての試みということもあり、第1回では、私たちのような支援団体が会議の設計部分を担い、当事者の方たちをファシリテートする役割を果たしました。

そして、2022年に開催した第2回で「中心に立つべきは当事者」という理念に基づき、当事者がオーナーシップを持って方向性やプログラムを考えるというやり方に変えました。参加団体を3地域に分けて、各地域から2名ずつ選ばれた代表者と開催国の代表者がグローバル・フォーラムの組織委員会を構成し、会議を開催する準備や運営を担いました。

※「国際ハンセン病学会」は、ハンセン病の医学的、科学的発展、およびハンセン病に関する社会問題の解決と人権尊重のために活動する国際的な学術組織。医師や研究者だけでなく、ハンセン病回復者やNGOなどの多様な人々が参加し、ハンセン病の歴史の保存、次世代への継承、差別の撤廃に向けたネットワーク構築や情報発信に取り組んでいる

2日目に行われた開会式にて、グローバル・フォーラムを支援する全ての組織に感謝の言葉を述べる、南里理事長

成果を共有し、具体的なアクションにつなげる

——第1回、第2回の実施を踏まえ、第3回ではどのような方針のもとプログラムが組まれたのでしょうか。

南里:まず、過去2回の参加者や、グローバル・フォーラムに賛同してくれているNGOに対して、ニーズ調査を行いました。

その中で、第1回、第2回を終えて、「グローバル・フォーラムを終えた後のフォローアップ」に課題があることが分かりました。世界中から集まった当事者の声を提言書としてまとめ、共有すること自体に価値はありますが、それをどうアクションにつなげるかという具体性が欠けていたんです。

過去のグローバル・フォーラムで合意された提言内容について、開催から数年経って振り返ってみると、それらはほとんど実行されていないというのが現実でした。それを踏まえ、第3回では全参加者の中から選ばれた6名の代表が、執行委員会を構成し、会議で出された提言や行動計画を実現するために、必要なモニタリングやフォローアップを行っていくことになりました。これが、過去2回との大きな違いです。

成功例を共有し、自国でどのように活かすか考える

——グローバル・フォーラムの初日は、参加者をグループ分けしてのディスカッションが行われました。どのようなトピックが議論されたのでしょうか。

南里:各団体が抱えている課題は、「組織の脆弱さ」や「資金調達」など共通しています。多くの団体は有給スタッフがいないボランティア中心の組織ですし、組織を適切に運営し、効果的にプロジェクトを実施していく人材の確保も難しい状態にあります。ディスカッションではそういった課題に対して、各団体がどのような方法で取り組んでいるのか、具体的な事例の共有が行われました。

例えば、政府が見落としている患者宅を訪問し、当事者によるカウンセリングを通じてメンタルヘルスケアを行うといった現場レベルのものから、政府と交渉してハンセン病患者向けの年金制度を整備してもらったり、行政の一部である保健審議会に当事者団体のメンバーを送り込んで政策決定に影響を及ぼすといった活動です。

そういった事例を共有することで、自分たちの団体でどのようにそれらを活かしていくのかについて考えるきっかけになったと思います。

1日目に6つのグループに分かれて行われたディスカッションの様子
各グループでは、課題や実践例が共有され、ハンセン病問題を解決するためにどのような取り組みが必要か、熱い議論が交わされた

——2日目の午前中の後半では、専門家による国内・国際レベルで実施されている効果的な提言活動の実践例も紹介されました。

南里:全てが大変参考になる実践例でしたが、特に印象的だったものを一つ挙げると、それはスリランカのハンセン病当事者協会(LPA)に属するジョシュア・シヴァガナナム牧師がお話しされた「古代の太鼓演奏伝統の復活と掛け合わせた事例」です。

スリランカで3000年以上の歴史を持つ古代の太鼓演奏は、近年ほぼ失われていた文化遺産になっていました。ですが、ハンセン病当事者らが演奏者として継承することで伝統が復活しました。この太鼓演奏を切り口として企業とのパートナーシップが創出され、組織の資金調達につながったのは大きな成果といえます。また、ハンセン病患者の女性が演奏者として尊重されることで、彼女たちの社会的地位も向上しました。

これは、当事者が単なる支援の受け手としてではなく、持続的に価値を生み出すアクターになりうることが証明された好事例だと思います。

スリランカ、ハンセン病患者協会(LPA)のジョシュア・シヴァガナナム牧師

南里:もう一つは、プレトリア大学フューチャー・アフリカ研究所の副所長であるネールジャ・ミストリー博士が紹介した「南アフリカのHIV運動の事例」です。南アフリカでは製薬会社がHIV治療薬を非常に高額な薬価に設定しており、薬が必要な患者に行き渡らないという問題がありました。

それに対して南アフリカの治療行動キャンペーン(TAC)が行動を起こし、薬価を引き下げることに成功しました。この事例では、市民社会に参加するさまざまなアクターが連携し、ネットワーク・資源・専門性等を効果的に動員したことが成功の鍵となりました。

プレトリア大学フューチャー・アフリカ研究所のネールジャ・ミストリー博士

当事者自身で策定した「3つの成果」を発表

——1日目、2日目のプログラムを経て、最終日の3日目に「3つの成果」として文書化したものを発表しました。この3つの成果の主旨はどのようなものでしょうか?

南里:3つの成果は、「関係者への提言書」「コミットメントレター」「行動計画書」という形で示されました。

それぞれの内容を説明すると、まず「関係者への提言書」は、「誰に対して何を訴えたいのか」を提言としてまとめたものです。政府、国際機関、研究機関、企業、メディア、NGOなどに対し、当事者の権利と尊厳の尊重するために、何をすべきか記載されています。

「コミットメントレター」は当事者団体が持続的に活動していく上で、「自分たちがこうしたい、こうします」ということを宣言するものです。社会課題はどうしても誰かに支援をお願いする姿勢になりがちですが、それだけではなく「自分たちに何ができるのか」という意志を示すものとなりました。

そして、「行動計画書」は、先述のコミットメントを実現するための具体的な行動計画を示したものです。さまざまなステーホルダーとのネットワーク強化、持続可能な資金確保、リーダーシップの育成などが計画として盛り込まれており、3つの成果の中で最も重要なものになるといえます。

3つの成果(英語)(外部リンク/PDF)

3つの成果の策定にあたっては、2日目の午後に行われたグループディスカッションの結果をもとに、参加団体から選ばれた代表者による起草委員会が設置されました。そのメンバーが2日目の夜中まで話し合って決めて、3日目に発表という流れになりました。

今回、3つの成果物の作成にあたって我々は一切関与していません。もしかすると、一定のノウハウを持っている支援組織が関与した方がより具体性のあるものになったかもしれませんが、あくまで当事者の人たちの意志を尊重することを重視しました。

大切なのは、そのプロセス。当事者の皆さん自身が主体的に「3つの成果物」の策定に関わったということが最も重要なことであると考えています。

参加団体の代表者により設置された起草委員会
起草委員会による3つの成果の作成は、2日目の深夜まで行われた

——3つの成果物を、今後どのようにフォローアップしていくのでしょうか。

南里:すでに述べたように、全参加者の中から選ばれた6名の執行委員会が中心となってフォローアップしていくことになりますが、具体的な方法については、今後、約2週間に一度の頻度で開催される会合の中で話し合われる予定です。

具体的な活動内容が固まるまでしばらく時間がかかるかもしれませんが、大切なのは彼らの意志で何を行っていくべきか決めることです。当財団はこれらを積極的に支援してきたいと考えています。

当事者と支援者の橋渡しをしていきたい

——改めてグローバル・フォーラムの意義をお聞かせください。

南里:世界では今も毎年約20万人の新規患者が発生しており、回復者やその家族を合わせるとその数は数千万人に上ると見込まれます。ハンセン病当事者は今も社会から不当な差別・偏見を受けています。そのため、グローバル・フォーラムに集まった約120人の参加者には、彼らの背後にいる多数の声なき声の代弁者であって欲しいと思っています。

単に「当事者同士が交流できてよかった」で終わらせるのではなく、話し合ったことを自分たちの国に持ち帰って何ができるのかということをそれぞれが真剣に考えて欲しい。それがグローバル・フォーラムの一番の目的であり、回を重ねるごとにそうした意識を強く持つ当事者の数は着実に増えていると実感しています。

第3回となるグローバル・フォーラムは、世界保健機関(WHO)ハンセン病制圧大使を務める日本財団の笹川陽平(ささかわ・ようへい)名誉会長による基調講演で幕を閉じた

——笹川保健財団として、今後どのような役割を果たしていきたいですか?

南里:ハンセン病問題のない世界を実現するために、当事者の皆さんがあらゆる政策の立案やプログラムの実施に参画し、主体的な役割を果たしていくことが不可欠です。また、そこへ単に参加するだけではなく、その機会をどう活かしたいのか明確にすることも重要です。

そして政府や国際機関、支援団体等も「どのような形で彼らに参加してもらうことに意義があるか」について考える必要があります。つまり、当事者と支援者側の双方でより効果的な参加のあり方を模索していくことが必要なのです。

笹川保健財団としては、その橋渡しをしていきたい。そのことにより、一日も早くハンセン病のない世界を実現できればと考えています。

編集後記

今回、グローバル・フォーラムの意義について南里理事長にお話を伺い、社会にはさまざまな社会課題があるため、問題解決にはNPOやNGOなどの支援者だけでなく、当事者の意識や行動も重要なのだと改めて感じました。

各地域の代表者らによって、第3回のフォーラムで提示された3つの成果がどのように実現されていくのか、読者の皆さんも見守っていただければと思います。