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世界の「美」の象徴であるミス&ミスターが、ハンセン病を学び、理解することの意味

ハンセン病に関するフォーラムに参加した「ミス・スプラナショナル」「ミスター・スプラナショナル」の各国代表者たち

取材:ささへるジャーナル編集部

かつては不治の病とされ、隔離政策のもとで患者や家族が社会から切り離されてきたハンセン病。治療法が確立した今も、差別や偏見が根強く残っており、世界には十分な処置を受けることができない患者や、仕事に就くことができず貧困に苦しむ回復者が数多く存在します。

笹川保健財団は、ハンセン病を経験したことで苦しむ人が一人もいない世界を目指し、「病気の負担を取り除くこと」「偏見や差別をなくすこと」「歴史を残して伝えること」の3つを柱に活動を続けています。

その一環として、2025年6月19日、世界5大ビューティーコンテストの1つ「ミス・スプラナショナル」「ミスター・スプラナショナル」の各国の代表者たちがポーランドのマウォポルスカに集い、「ハンセン病問題」をテーマに学び、感じ、発信する「ミス・アンド・ミスタースプラナショナル ハンセン病に関するフォーラム2025」が開催されました。

今年で3回目、対面では2回目となる本フォーラムには、初めてミスター部門の代表者たちも参加。さまざまなプログラムを通して、美の象徴である彼らがハンセン病とその問題への理解を深め、“見えない差別”と向き合った、心を動かす学びと連帯の場となりました。

今回の記事では、このフォーラムを担当した笹川保健財団の小川僚子(おがわ・りょうこ)さんと髙橋知恵子(たかはし・ちえこ)さんに、プログラムの内容や参加者の反響について伺います。

美を通じて世界をつなぐ各国代表者たちが、ハンセン病問題を学び、理解を深めることの意味について考えていきます。

各国で影響力を持つインフルエンサーを通して、新しい層へメッセージを届ける

――そもそも世界的ビューティーコンテストでハンセン病啓発のフォーラムを開催することに至った経緯について教えてください。

小川さん(以下、敬称略):笹川保健財団ではこれまで、ハンセン病当事者の活動強化や病気の制圧を目指し、当事者団体が主体となる「世界ハンセン病当事者団体会議/グローバル・フォーラム」(外部リンク)を開催してきました。

2022年にインド・ハイデラバードで開かれたこのフォーラム(外部リンク)では、ブラジルの当事者団体が現地で啓発活動を共にしていたミス・ブラジルを連れて参加。インドのミス代表も加わり、WHOハンセン病制圧大使や当事者団体と交流する中でハンセン病を深く学びました。

さらに、交流は続き、毎年1月の「世界ハンセン病の日」に合わせて開かれる、ハンセン患者・回復者・その家族らに対する差別撤廃を世界に向けて発信する「グローバル・アピール」(外部リンク)にもミス・ブラジルが参加し、「ハンセン病に対する差別や偏見をなくそう」と、自身のSNSを通して多くの方に呼びかけてくれました。

こうした経験から、彼女たちの持つ発信力が、ハンセン病問題の啓発活動に大きな可能性をもたらすと感じたのが、本フォーラムの始まりです。

――第1回、第2回を振り返ってみて、どのような成果や反響がありましたか?

小川:第1回は2023年にポーランドで開催された「ミス・スプラナショナル」の世界大会中に、スケジュールの中から半日(約2時間)の枠を借りてハンセン病啓発フォーラムが実施されました。当初から「ハンセン病当事者の声を彼女たちに直接届けたい」という思いがあり、インドとブラジルからハンセン病当事者団体の方を招いてお話しいただく機会をつくりました。

「ミス・スプラナショナル」の参加者はSNSで40~50万人のフォロワーを持つインフルエンサーでもあり、彼女らがフォーラムで得た知識を発信してくれることは非常に価値があると思います。

第2回の2024年はポーランドの会場と日本をオンラインでつなぎ、ビデオ上映や質疑応答形式で開催されました。AIを活用したハンセン病制圧についてなど、予想もしなかったような質問やアイデアが飛び交い、オンラインながら非常に盛り上がりを見せました。

さらにその後、2024年の「ミス・スプラナショナル」世界大会で優勝したインドネシア代表のハラシュタさんは、南スラウェシ州のハンセン病蔓延地区を私たちとともに訪問し、啓発活動の一環として、地元の保健局で記者会見の開催、ハンセン病患者・回復者や医療従事者らとの交流、さらに地元の中学校を訪問しました。

また、同じ年の「ミスター・スプラナショナル」世界大会で優勝した南アフリカ出身の医師・フェジルさんは、エチオピアのシャシャマネにあるハンセン病回復者の居住地を訪問。現地視察を通じて医師としての視点からメディカルケアの課題に光を当て、現地のNGOとも連携しながら世界ハンセン病の日に合わせメディア活動や、その活動をSNSでも積極的に発信するなど啓発活動をしました。

第3回となる本フォーラムにて、ハンセン病問題に対する自身が行なった啓発活動について話す2024年の「ミス・スプラナショナル」世界大会優勝者、ハラシュタ・ハイファ・ザハラさん
第3回となる本フォーラムにて、ハンセン病問題に対する自身の取り組みについて話す2024年の「ミスター・スプラナショナル」世界大会優勝者、フェジレ・ムカイゼさん

参加者の心を打った、同世代のハンセン病当事者のライフストーリー

―2025年度開催の第3回目の大きな特徴はなんでしょうか?

髙橋さん(以下、敬称略):第3回フォーラムでは、これまでとは違って丸1日かけて開催することができました。さらに今回は初めて、「ミス」だけでなく「ミスター」も参加する形式になりました。

これは、通常は時期をずらして行われるミスとミスターのコンテストが重なったため実現できたものです。男性ならではの視点や発信の仕方が加わったことで、より啓発活動の層が広がったように感じています。

もう1つの大きな特徴は、ハンセン病当事者の若者を支援する奨学金プログラム「笹川ハンセン病イニシアチブ・ヤングスカラープログラム(※)」を受けている、コロンビアの20代のハンセン病回復者を招いたこと。コンテストの参加者たちと年齢が近い、若い世代のハンセン病当事者に自身の経験を語ってもらったことで、ハンセン病問題の現実や課題をより深く理解できる貴重な機会になったと思います。

※「笹川ハンセン病イニシアチブ・ヤングスカラープログラム※」は、18歳から35歳のハンセン病当事者に対象に、リーダーシップ育成講座、経済的自立に必要なスキルを習得するために就学支援、コミュニティ支援プロジェクトの実施等の機会を提供することで、同じ病気に苦しむ他の人々の代弁者として活動する次世代リーダーを育成するプログラム

自身のこれまでの人生について話すヤングスカラーのジョン・アレクサンダー・ベドヤ・パラさん

――特に反響があったプログラムはなんでしょうか。

髙橋:やはり、ハンセン病当事者の若者(ヤングスカラー)が過酷で壮絶な体験を経て、自らのストーリーを語る姿は、参加者に感銘を与えました。

登壇したスカラーの一人、アレクサンダーさんは10代で入隊した軍隊でハンセン病を発症しましたが、適切な手当を受けられないまま症状が悪化し、治療のために軍を辞めざるを得ませんでした。その後は20歳になるまで家に引きこもり、誰にも会えない日々が続いたそうです。

治療を続ける中で、コロンビアのハンセン病当事者団体「Felehansen(フェレハンセン)」と出会い、ソーシャルワーカーとの交流や仲間と支え合う場への参加を通じて、少しずつ自分を取り戻していったと語ってくれました。

もう一人の登壇者で同じくスカラーの、マリアさんは幼い頃から過酷な環境で育ち、若い頃から働いていました。17歳の頃には皮膚に異変を感じていたものの、治療を受けられないまま過ごしていたといいます。やがて伴侶となる男性と出会い結婚し、子どもを授かりましたが、病院でハンセン病と診断されたことをきっかけに夫に去られてしまいました。

幼い頃から苦労を重ね、ようやく築いた家庭を病気によって失うことになった悲しみは計り知れなかったと思います。しかしその後、「Felehansen(フェレハンセン)」で仲間と出会い、夫の理解も得られるようになり、現在は夫と娘とともに暮らしています。

スピーチを終えた後、参加者たちが二人に駆け寄り、「大変な経験を私たちにシェアしてくれてありがとう」と口々に伝えながら抱きしめる姿に、私たち事務局も胸を打たれました。

小川:さらに2024年度の世界大会優勝者による啓発活動も紹介され、参加者たち自身が「これから自分たちにできることは何か」についてアイデアを発表し合いました。

ハンセン病問題に対し「自分たちに何ができるか」を提案する参加者たち

小川:午後の部で行われた「アート・クリエーション・ワークショップ」も反響が大きかったですね。これは絵を描くことが好きだというアレクサンダーさんの提案によるもので、参加者たちはポストカードサイズの紙に、「もし、あなたがハンセン病になったら、世界はどのように見えるでしょうか?」をテーマに、思い思いの絵を描いて発表しました。

――どんな作品が発表されたのでしょう?

髙橋:「希望がない」と感じた気持ちをそのまま表現した作品もあれば、暗闇の中に光や希望を描いた作品も多く見られました。

ある参加者は「もし自分がハンセン病になったら、世界から色が消えてしまい、重たい荷物を背負っては下ろし、また背負っては下ろして歩き続ける、そんな世界が見える」とモノクロの作品で表現しました。また、別の参加者は「外の世界には差別や偏見があるけれど、自分の周りには守られている世界がある」と色彩豊かな作品で表現していました。

午前中のセッションで得た学びや気づきが、それぞれの作品に反映されていることが感じられました。

「アート・クリエーション・ワークショップ」で絵を描く参加者たち
参加者が描いた作品

――今回のフォーラム全体を通して、スプラナショナルの代表者たちからはどのような声が寄せられましたか?

髙橋:世界でハンセン病患者が最も多い国はインドで、次いでブラジルなのですが、インドやブラジルの参加者からは「自分の国の現実を全く知らなかった」と強い衝撃の声が上がっていました。そのほかの国からの参加者も、フォーラムで初めて知ったことが多かったようで、驚きや戸惑いを隠せない表情を見せていたのが印象的でした。

また、ライフストーリーを語ってくれたヤングスカラーの2人からも、「あの場所でライフストーリーを語った経験が自信につながった」といったフィードバックが寄せられています。

本フォーラムの最後に、閉会の挨拶をする笹川保健財団の南里隆宏(なんり・たかひろ)理事長

一歩ずつ積み重ね、「ハンセン病のない社会」に向けて発信したい

――改めて、スプラナショナルの代表者たちがハンセン病を学び、理解することの意味についてどうお考えですか。

小川:先ほどもお話したように、参加者はそれぞれ数十万単位のフォロワーを持つインフルエンサーであり、その影響力は非常に大きいものです。これまでハンセン病に関心を持っていなかった若い世代や、これまで情報が届きにくかった層にまでメッセージを届けられることは大きな意味があると考えています。

また各国の参加者は、現地からスプラナショナルの公式Instagramを通して「自分たちにできること」を動画で発信してくれました。

【Instagramで発信された「ミス・スプラナショナル」によるメッセージ一例】

アユシュリー・マリクさん(インド代表)

「インドは世界中のハンセン病患者の50パーセント以上を占めています。治癒可能な病気でありながら、いまだに深く誤解されている病気です。

笹川保健財団のハンセン病対策事業により、ハンセン病による差別を無くし、治療を支援する、患者をエンパワーメントする継続的な取り組みが行われています。同財団の提言活動、啓発活動、地域密着型の支援活動は、地域社会における変化を促す上で重要な役割を果たしてきました。

しかしまだやるべきことは多く、私たち一人ひとりに役割があります。自分自身を教育し、誤解を解き、無知に代わって共感を選ぶことで、ハンセン病に苦しむ人々を支え、高め合う社会を築くことができます。

偏見ではなく、意識を広めましょう」

アユシュリー・マリクさんのインスタグラム

ヘイリー・ミラーさん(マルタ共和国代表)

「ハンセン病は成人だけでなく、子どもたちも苦しんでいます。多くの場合、彼らは黙って耐え、偏見や差別にさらされています。

 今こそ、私たちは話し合い、教育し、全ての年齢層を支えるべきです。意識向上は若いうちから始めるべきです。なぜなら、保護は知識から始まるからです」

ヘイリー・ミラーさんのインスタグラム

――最後に、本フォーラムのこれからの展望について教えてください。

小川:2025年の「ミス・スプラナショナル」世界大会を優勝者したブラジル代表のエドゥアルダさんは教育学を学んでおり、すでに地元の主要メディアに対して「若い世代に向けたハンセン病啓発活動に取り組みたい」と語ってくれています。若年層への働きかけがさらに広がっていくのではないかと期待しています。

また、2024年の「ミスター・スプラナショナル」の優勝者であるフェジルさんも、今後も“スプラナショナルファミリー”の一員として活動を続けたいと話しいて、とくにアフリカでの活動機会があれば積極的に関わりたい意向を示しています。医師としての専門知識と影響力を合わせることで、医療と啓発の両面から貢献できる可能性があると考えています。

髙橋:スプラナショナル事務局の方からは、「派手なイベントを大きく打ち出すことよりも、一人でも二人でも確実に届けられる、地に足の着いた活動を大切にしていきたい」との言葉をいただきました。その姿勢にとても共感しましたし、今後も良いコラボレーションが続けられるのではないかと期待しています。

編集後記

美を競い合う「ビューティコンテスト」と、長い間、世界的に偏見や差別の対象となってきた「ハンセン病」。一見すると対極にある2つのテーマですが、だからこそこのコラボレーションに意味があるのだと感じました。

フォーラムで学んだことをコンテスト参加者たちが発信するとき、そのメッセージを受け取った人は、何を感じるのでしょうか。きっとそこから、新しい気づきや対話が広がっていくのではないかと思います。