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地域で暮らす市民の一人として「民生委員・児童委員」活動をする。訪問看護師・磯野祐子さんの地域への思い

神奈川県川崎市で民生委員として活動する、訪問看護ステーション「地域まるごとケアステーション川崎」代表の磯野祐子さん。手にはマスコットキャラクターの「まるごとちゃん」

取材:ささへるジャーナル編集部

2026年6月18日朝10時、神奈川県川崎市の小さな公会堂。鯛の出汁の香りが立ちこめる調理場で、エプロン姿の男性たちが忙しく手を動かしています。

「男の手料理 ハラハラ亭」という地域のコミュニティ活動です。料理経験ゼロという60〜90代の男性たちが、調理から提供までを担当するユニークな昼食会で、地域の高齢者に向けて2カ月に一度開催。毎回、120食以上の手作り弁当を振る舞っています。

その輪の中に、一人の女性の姿がありました。当日足りないものの買い出しをしたり、調理で汚れた床を掃除したり、訪れた人に「こんにちは」と声をかけます。ある参加者が、ふと彼女を見てこう言いました。

「磯野さん、いつもよく頑張ってくれてるよ」

笹川保健財団が実施する「日本財団在宅看護センター」起業家育成研修(別タブで開く)の3期生である磯野祐子(いその・ゆうこ)さん。いまは、訪問看護ステーション「地域まるごとケアステーション川崎」(外部リンク)の代表理事兼管理者であり、看護師です。同時に、川崎市幸区で民生委員・児童委員も務めています。

なぜ、看護師がここまで地域に入り込むのか。磯野さんの歩みを辿りながら、その答えを探ってみたいと思います。

男性たちが作った弁当を地域の人に手渡す磯野さん

民生委員になった経緯と、そこにある原点

――看護師として長く病院で働かれてきた中で、民生委員になったきっかけを教えてください。

磯野さん(以下、敬称略):私は以前、町内会の副婦人部長を5年ぐらい務めていました。最初は、たまたま老人会で催されたハイキングに「楽しそうだから」と一緒に行ったことがはじまりで、町内会の行事に参加するようになりました。

そんなある日、町会長さんから「民生委員を、やってくれない?」と電話があり、それが民生委員になるきっかけになりました。

民生委員は、日頃から地域の皆さんの暮らしを見守り、介護・子育てなど暮らしの中で抱える困りごとに接する身近な相談相手です。だから、民生委員の私たちも研修などで知識や経験を深めて、相談内容によっては適したサービスや専門機関につなげています

いまは少しずつ顔を覚えてもらいながら、「近所の磯野さん」として、地域のイベントに参加し楽しんでいます。

――もともと地域に関わろうという強い思いがあったのでしょうか。

磯野:子どもの頃、私は複雑な家庭環境で育ちました。小学6年生の時に母が精神疾患を患い入院してしまい、私は親戚の家に預けられました。当時は、自分の気持ちをうまく言葉にできず、泣くことしか表現できませんでした。

大人になってから調べたんですが、ACEs(小児期逆境的体験)という、子どもの頃のつらい体験を測る指標があって、10項目のうち9つに当てはまり、自分がヤングケアラーだったことに気づきました。いま考えると、しんどい子ども時代だったんですよね。

でも、そんな私を地域の人たちが「祐子ちゃん」と声をかけてくれたり、ご飯を食べさせたりしてくれました。子どもの時に関わってくれた伯母たちや地域の人たちの温もりや優しさがあって、いまの私があると思っています。

私の故郷である山口県柳井市のように、この川崎市幸区も思いやりに溢れたとてもいい地域です。だから、私たちのステーションには「一人じゃないよ! まるごとケアに相談して!」という看板を掲げ、地域の皆さんに間口を広げています。

民生委員になった経緯について話す磯野さん

「男の手料理 ハラハラ亭」を通して見える「面」のケア

ここからは、磯野さんに同行して、ハラハラ亭を訪ねた様子をレポートします。

スタートから9年目を迎えるハラハラ亭は、「作る方もハラハラ、食べる方もハラハラ」することから名付けられたユニークな活動。もともとは家に閉じこもりがちな男性と共に活動する目的で始まりましたが、いまでは保健師による健康講座も同時開催されるなど、地域の高齢者にとって欠かせない健康づくりや、支え合いの場となっています。

調理場をのぞくと、調理を担当する十数名の男性たちが集まっていました。

誰かが指示をするわけでもなく、ごはんを混ぜる人、盛り付ける人、オリジナルのパッケージでお弁当を包む人、テーブルを掃除する人と、それぞれが気づいたことを自然に分担しています。その自然な分担こそが、長年活動が続いている理由なのでしょう。

取材した日のメニューは「鯛めし」でしたが、前日のうちから出汁を取って準備するなど、調理への力の入れようも見えました。メンバー自身が作ることを楽しみながら、地域の高齢者の皆さんに料理を振る舞っている姿がとても印象的でした。

自分たちで作った鯛めしをパックに詰める男性ボランティアの皆さん
きれいに詰められた鯛めし弁当。パッケージも手作りだ

調理中の何気ないおしゃべりの中でも、誰かがテレビで見たという転倒のリスクや、転びやすい靴の話題が自然と交わされていました。こうした会話そのものが、健康への啓発につながっている、と磯野さんは感じているそうです。

「住民主体の社会参加と教育——これこそプライマリヘルスケアですよね」

そう話す、磯野さんが地域の人たちと接するうえで影響を受けた出来事があります。在宅医療の先駆者である秋山正子(あきやま・まさこ)さんや、埼玉県幸手市のコミュニティナース・秋元里美(あきもと・さとみ)さんのお話を聞いた時のこと。専門職ではなく、ただ自然にそこにいる。その姿勢を大事にされていると聞き、「人として素敵だな」と感じたといいます。

ハラハラ亭では誰かが何かを解決してくれるのを待つのではなく、一人ひとりが自分たちで考え、行動していく姿を見て、磯野さんは深く心を動かされたそうです。

「明るくて、フットワークが軽い。顔が広いから、何かあったときに頼りになるんですよ」

そう話すハラハラ亭実行委員の一人である市川(いちかわ)さんの言葉が、磯野さんがこの数年で築いてきた関係性を、何よりも物語っているように思えました。

磯野さんについて話を聞かせてくれたハラハラ亭実行委員を務める日吉第一地区社会福祉協議会の市川会長。もともと郷土史の専門家であり、同時開催の健康講座の講師も務める
ハラハラ亭で一人の運営スタッフとしてさまざまな雑用をこなす磯野さん

もうひとつの現場、喫茶店「シンフォニー」

ハラハラ亭とは別に、磯野さんが夜ご飯によく訪れる場所があります。地域の小さな喫茶店「シンフォニー」です。80歳の店主・佐藤(さとう)さんが、一人で切り盛りしています。

ある日、喫茶店の常連客の一人が、大きな手術を受けることになりました。退院後の生活を心配した佐藤さんが、たまたまその場にいた磯野さんに「どうしてあげたらいいかしらね」と相談。常連客のことをすでに知っていた磯野さんを介して、自然な「橋渡し」が生まれています。

「磯野さんはね、素晴らしい方。働き者でマメですね」「奉仕的精神が強い。珍しいですよね、お若いのに」と佐藤さんは語ります。

シンフォニーで知り合った人が、数年後に訪問看護の利用者になったことがありました。磯野さんは「お客」として、ただそこにいるだけです。しかし、その存在が、地域の中で自然と橋渡し役になっています。

地域における磯野さんの「存在」について話す佐藤さん

川崎は、みんなが支え合うケアのあるまち

ここからは、再び磯野さんに話を伺います。地域の人たちと関わり合う中で、いまどのような思いを抱えているのでしょうか。

――訪問看護の現場や、民生委員として地域を見てきた中で、日本の地域医療・介護・福祉について感じている課題はありますか。

磯野:高齢者の一人暮らしが増え、複数の病気を抱える方も多くなっています。医療だけでは対応できない部分が、確実に広がっていると感じます。施設に入りたくても、お金がかかる。生活を続けたくても、サポートしてくれる人がいない。そうした福祉の壁に直面している方を、何人も見てきました。

―― 「地域まるごとケア」という言葉、そして「地域まるごとケアステーション川崎」という名前には、どのような思いが込められているのでしょうか。

磯野:「地域まるごとケア」という言葉自体は、私が考えたものではありません。地域医療や介護を長く実践されてきた先駆者の方々が使ってきた言葉を、私も訪問看護でやってみたいと思いました。

この言葉が表すのは、医療者が地域を一方的にケアするという意味ではなく、住民の方々と医療者が時間をかけて混じり合い、一緒に考え、一緒につくり上げていくものだと思っています。だからこそ、「訪問看護ステーション」ではなく、あえて「ケアステーション」という名前にしました。看護が独占するのではなく、地域に開かれた「場やケア」であってほしいという思いからです。

だけど、私が住んでいる川崎市幸区は、すでに長い歴史をかけて、地域の皆さんが地域を気にかけ、関わり、支え合う、ケアのあるまちをみんなでつくっていたことに気づきました。

ハラハラ亭でも地域の人たちの健康に目を配る磯野さん
次回の料理の打ち合わせも兼ねたハラハラ亭の打ち上げの様子。磯野さんも参加し、参加者と楽しんでいる

民生委員としての活動が、訪問看護にもたらしているもの

――民生委員としての活動は、訪問看護師としての仕事にどんな影響を与えていますか。

磯野:地域の困りごとが、本当に早く伝わってくるようになりました。

例えば、ある利用者さんの自宅に「屋根の工事をします」という詐欺の訪問があった時に地域の民生委員さんにすぐに伝えました。すると、町内会のホームページに注意喚起が掲載されるまで数時間と、次の被害者が出ないよう迅速に対応してくださいました。

台風が来る前に、利用者さんの物干し竿を隣に住む方が先に片付けてくれていたこともありました。私たちが訪問する前に、もう備えが済んでいたんです。

――それは心強いですね。

磯野:本当に。私たちは、病気だけを看て訪問しているわけではありません。セルフケアやコミュニティケアが、すでに機能している。それがあるからこそ、訪問看護の役割は、必要な看護として案外シンプルになるんだと気づかされました。

――ステーションの運営や、スタッフの教育方針にも変化はありましたか。

磯野:この地域の良さを実感するようになってから、スタッフの研修のあり方も変えました。

例えば、毎日なじみの飲食店に通う90代の男性がいます。新しく入ったスタッフには、その方と一緒にお店に行ってもらうんです。お店の方が、いつもその男性を見守ってくれている。そういう関係性があることも知ってもらいたいので。

カフェでモーニングを一緒に食べる、という研修もしました。利用者さんが窓際の席で見ている景色を、一緒に見る。それは大げさなことではなく、その人にとっての「当たり前の日常」を、自分の感覚で体験してもらうことが目的です。

その人にとっての「日常」や、いつもの暮らしを感じ、想像することを大切にしたい。私たちも同じ、この地域、この景色の中に一緒に暮らしているんだということを、看護師としてではなく「人」として感じてほしいんです。

事務所に飾られた、看取りをしたかつての利用者家族の方からもらったというイラスト
利用者さん宅へ自転車で向かう「地域まるごとケアステーション川崎」のスタッフ

これからの訪問看護の在り方

――笹川保健財団の起業家育成研修や、スイス・フランスでの海外研修を経て、考え方に変化はありましたか。

磯野:起業家育成研修で、笹川保健財団の喜多悦子(きた・えつこ)会長から「貧困は最悪の病気」という言葉を教えていただきました。私自身、貧困家庭で育ち、食べることに困った経験もあったので、衝撃的でした。

病気だけを看るのではなく、その人がどんな環境で、どんな人生を生きてきたかを見るように、さらに心掛けるようになりました。そして研修では、個人だけでなく地域・社会を看ることも学びました。

海外研修でフランスの高齢者施設を視察した時には、衝撃的な発見がありました。施設では「摘便をしない」というんです。看護の現場では当たり前とされてきた行為が、そこにはなかった。

理由を聞くと、「肛門に指を入れることは、人の尊厳に関わる」という考え方からでした。その時、排泄は人間の最大の尊厳なんだと、深く考えさせられました。自分がそれまで当然だと思ってきた「医療の当たり前」が、必ずしもその人のためになるわけではないと気づいたんです。

「日本のいいところって何だろう」と思ったときに、思いやりや連帯感という良さがあります。でも、その裏返しとして、断れない、抱え込んでしまう、という弊害もある。

それでも、いいものは大事にしたい。一人の市民として何ができるのか、ということを、無我夢中でやってきた10年でした。だからこそ、もう一度そこを大事にしたいと、強く思うようになったんです。

――これから、磯野さんが取り組んでいきたいことはありますか。

磯野:中高生の自殺やオーバードーズ、SNSをめぐる相談を受けることがありました。行き場がない子どもたちが、SNSに巻き込まれてしまう……。

私自身、子どもの頃に近所の人たちが温かく関わってくれて、それなりに大人になれました。看護師という仕事に出会い、看護や心のケアを学んで知識があったから、そして誰かが支えてくれたり、良い人間関係にめぐり会えたから、自分の人生を歩むことができるようになりました。

今の子どもたちには、その両方が足りていないように感じます。私が故郷や川崎の皆さんに温かく関わってもらっているように、この地域で私が子どもたちにできることを恩返ししたいんです。

今の若い看護師たちには、まず看護の楽しさを伝えたい。その先に、もう少し深いところまで一緒に向き合ってくれる、楽しんでくれる仲間が増えてくれたらと思っています。同じ生きるなら、楽しく人生を送りたいです。

――最後に、これから地域に関わりながら働きたいと考えている看護師の方々へ、メッセージをお願いできますか。

磯野:地域でつながっていれば、誰か一人が、その人の家族のことをすべて背負い込む必要はないんです。いろんな人の力を借りながら、みんなで考えていけばいい。主役は本人だと思うので、できることがあれば、その輪の中の一人として関わればいいんだと思います。

無理なことは、無理でいい。それも、自分自身を守るために大事なことです。自分を犠牲にしてまで頑張らなくていい。地域には、それぞれ違うスキルを持った人たちがいて、お互いに支え合っている。看護師も、その一人として、自分の力を生かせる場所がきっとあると思います。

無理せず、ありのままで。それぞれが、それぞれの場所で。それでいいんじゃないかなと、私は思っています。

地域の子どもたちにとって安心できる居場所をつくりたいと話す磯野さん

編集後記

取材を通して、磯野さんが何度か口にしていたのが「市民」「人として」という言葉でした。尊敬する先輩の在り方を語る中で出てきたものでしたが、それは磯野さん自身が大切にしてきた姿勢でもあるように感じます。

地域に出るというと、何か特別な使命感が必要なように思えますが、磯野さんの最初の一歩は「老人会のハイキングが楽しそうだったから」という、本当に小さなものでした。

これまで私は、看護師が「地域に出る」ことへのハードルをずっと感じていました。でも、磯野さんのお話を聞いて、そのハードルはもっと低いところにあってもいいのかもしれない。病院での経験が長い看護師ほど、まずは自分の住む地域を、よく見てみてほしいと思います。

撮影:十河英三郎

〈プロフィール〉

磯野祐子(いその・ゆうこ)

地域まるごとケアステーション川崎 代表理事兼管理者。一般社団法人コ・クリエーション 代表理事。看護師、保育士、防災士の資格を持つ。大学病院での約20年の勤務を経て、地域包括支援センターでの勤務、医療経営の大学院での学びを経て、2017年に訪問看護ステーションを開業。笹川保健財団「日本財団在宅看護センター」起業家育成研修事業 (別タブで開く)第3期生。神奈川県川崎市幸区で民生委員・児童委員も務める。

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