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医療・看護の地域格差による不公平をなくしたい。Sasakawa看護フェローが子連れでも留学を志した理由

アメリカのUCLAに留学中の看護師・今井優佳さん(中央)。キャンパスで子どもたちと一緒に。画像提供:今井優佳

取材:ささへるジャーナル編集部

超高齢社会に突入し、医療分野にも世代間格差、地域格差が拡大しつつある日本。人々の健康を守ることは生存権や基本的人権の一つであるにもかかわらず、世代や暮らす地域によって、公平な医療が受けられないのが現状です。

看護師は、そんな現状を改善させるカギとなる存在。世界中で「プライマリ・ヘルスケア(※)」の重要性が謳われている中、「診療の補助」という役割のほかに、自ら先導し地域住民の身近な存在として医療的ケアや予防を行う役割も担うことができます。

※健康を基本的人権として認め、地域住民の主体的な参加のもとで健康づくりに取り組む方法論

笹川保健財団は、「看護師が社会を変える」をポリシーに、国内各地で活躍する「日本財団在宅看護センター」ネットワークを支援(別タブで開く)しています。それに続き、これからの保健分野を支える新たなリーダーとして、グローバルな視点を持った看護師を輩出するための海外留学奨学金制度「Sasakawa看護フェロープログラム」(別タブで開く)を展開しています。

今回登場する看護師・今井優佳(いまい・ゆか)さんは、同プログラムに応募し、現在アメリカのカリフォルニア大学ロサンゼルス校の看護博士課程(University of California, Los Angeles 、以下UCLA)に留学中です。

今井さんが留学に至るまでの経緯や留学先での生活、看護師が海外の看護を学ぶことの重要性について、お話を伺いました。

働く中で感じた、終末期患者に対するケアの不公平さ

――今井さんが、Sasakawa看護フェロープログラムに志願したきっかけは何だったのでしょうか?

今井さん(以下、敬称略):もともと私は、都内の病院で看護師として働いていました。患者さんとの日々の関わりの中でやりがいは感じていましたが、自分なりの看護を通して、どのような問題を解決したいのか、どのような分野に興味があるのか、見つめ直す機会がありませんでした。

問題を意識し始めたのは、AIDSが発症し若くして亡くなる方の看護や、ガンの治療が効かなかった患者さんの退院調整を担当したときです。どの患者さんも、病状の周期としては終末期で「残された時間は家で過ごしたい」と望んでいたんです。

しかし、家が都内から離れた人の少ない地域だと訪問看護の担い手がいない。いたとしてもHIVやAIDSに関する知識をもった看護師がいないためケアが難しいと断られる。また、自宅で看護が可能でも、経済面の差によって支援できるケアに差がでてしまったりすることもありましたね。

そんな出来事が積み重なり、「自分らしい最期の迎え方に公平性が保たれていないのでは?」と疑問を抱くようになり、自分に何かできることはないかと学び直しを考え始めました。

――誰でも最期は自分らしくありたいと思うはず。でもへき地や離島では、慣れ親しんだ地に帰りたくても帰れない人もいるようです。

今井:そうですね。実は、2022年に島根県にある西ノ島(隠岐郡)へ家族で引っ越して、島にある病院で働いていました。以前から主人と「東京から出て地方に移住したいね」と話していたんです。島には病院が1つしかない不便な環境ではありましたが、患者と看護師という関係ではなく、同じ島民という関係性で看護ができて、その環境がとても好きでした。

ただそこでも、医療者が不足していて家に帰りたくても帰れない患者さんがいました。また離島ということもあり、医療に関する新しい情報が得づらい環境で、私自身医療者として知識のアップデートができていないのではと不安に感じることがありました。

その結果、終末期の患者さんやご家族に必要なケアが提供できているのだろうかと問うようになりました。終末期ケアのあり方や不公平さについてもっと深く学ぼうと決意したのは、こうした経験があったからです。

島根県、西ノ島町の場所がわかる地図
西ノ島から本土まではフェリーまたは高速船でしか移動できない。
画像:きなこworks/PIXTA
西ノ島町の港から船を見送る島の人々
生活環境の不便さあるが、美しい自然や温かい人間関係が魅力だと今井さんは話す。画像提供:今井優佳

――学び直しの手段として、日本の大学院に進む選択肢もあったかと思います。海外への看護留学を決めた理由は何ですか?

今井:はじめは日本の大学院を中心に探していました。しかし、なかなか「ここだ!」と思える学校が見つからず、周りの人に相談する中で「アメリカの大学なら学びを深められるかもしれない」という考えに至り、海外への留学を視野に入れ始めたんです。

もちろん、私が疑問を抱いているのは日本の終末期ケアのあり方や不公平さについてです。なので「海外は関係ないのでは?」という気持ちもどこかにありました。ただ、日本とは違う視点からアメリカの最先端の看護を学び、そこで得た知識やスキルを日本に適応した形で還元すれば、解決に導くことができるのではと思い、留学することに決めました。

家族に背中を押されてアメリカへ

――留学先はアメリカのUCLAですよね。実際に海外留学をするにあたり、不安などはありましたか?

今井:渡米するなら家族全員でと決めていたのですが、きっと主人や子どもは言葉や文化の違いに対する不安はあったはずです……。ただ、もともと家族で都内から西ノ島への移住を経験していましたし、私と主人の間で「もし何かあっても、家族が一緒なら何とかなるよね」と話し合えていたので、移住への不安はそこまで深刻ではありませんでした。

主人と子どもが「家族4人一緒にいれば大丈夫だよ」と背中を押してくれていなければ、留学は実現できていなかったと思います。

今井さんのご家族。旦那さんも看護師ということもあり、留学への理解もあったという。画像提供:今井優佳

――――きっとご家族の支援は今井さんにとっても心強かったはず。留学先での生活が始まるまでは、どのような準備をされましたか?

今井:正直なところ、どのような学校生活になるのか全く想像できなかったので、UCLAのアドバイザーと何度もオンラインで面談をして、何を準備すればいいのか尋ねました。

その方から「自分が興味のある問題に関する論文はたくさん読んでおいた方がいい」とアドバイスをいただき、とにかくたくさんの論文を読みましたね。他にも論文を保存しておくデータベースの使い方の講座を受けるなど、日本でできることを積み重ねていました。

――準備期間中も看護師として働いていたと伺っています。

今井:はい、働いていました。私の場合、UCLAへ入学するまでに必修で受けなければいけないオンライン授業があったので、両立するのがとても大変でした。その間は上司に相談して、アメリカの時間に合わせた勤務時間に調整していただいていました。

当時を思い返すと、目まぐるしく忙しかったように感じていますが、それでも留学を諦めなかったのは、終末期ケアに関する問題点をどうにかしたい、海外で学びたいという思いが強かったからだと思います。

同級生の研究から気づいた、日本の歴史を紐解くことの重要性

――アメリカでの生活について教えてください。日本の生活と変わった点はありますか?

今井:家族留学の強みなのかもしれませんが、家の中の生活は本当に何も変わっていません。最初は教授や他の学生とコミュニケーションがうまく取れなかったり、さまざまな壁に当たったりしたんですが、精神的につらいことがあっても、子どもが牛乳を口の周りにつけながら話しかけてくるのを見ると、それだけで心が和んで穏やかな気持ちになれます。

――学生生活が始まって2カ月(2024年11月時点)が経過しようとしています。学びの中で感じることはありますか?

今井:さまざまな国の看護師が集まっているので、それだけでも刺激になりますが、特に感じたのは、各々が抱えてきた問題や目指しているものは十人十色であるという点です。本当に「すごいところに着目しているな」と感じるほど、バラエティーに富んだトピックであふれていますよ。そういったトピックを自分なりの視点で考えてみると、楽しみつつ学びになりますね。

また、一人ひとりに対して親身に指導してくれる教授陣の熱心さに感銘を受けました。「博士課程の授業は看護師の国家試験を合格するためのものではありません。世の中に影響を与えるほど深い内容を学ぶのだから、焦らずにたくさん間違ってください。それを指導するのが私たちの仕事です」という教授の言葉が強く印象に残っているのですが、とても心強かったですし、感謝でいっぱいです。

今井さんの留学中のUCLA・カリフォルニア大学ロサンゼルス校。画像:旅人/PIXTA

――とても良い環境で学べているのですね。新たに学びたいと思った分野はありますか?

今井:日本の医療や看護に関する歴史を学びたいと思っています。きっかけは、コホートの中にいるアフリカンアメリカンの学生の研究を知ったときでした。その学生は、アフリカンアメリカンの看護における社会的な偏見や差別に課題を持っていて、それを解決するために歴史を深く学び直していたんです。

そのとき「アメリカでの学びを日本の看護に最大限応用するには、日本の医療や看護、日本人の文化の歴史を紐解いていく必要がある」と感じました。これからは、日本の文化や死生観の特徴、背景も学び直していきたいですね。

日々アンテナを立てて、留学に向けて行動を

――現時点での、帰国後に取り組んでみたいことは何でしょうか?

今井:まずは留学で得た学びをもとに、公平性を保つための対策をさまざまな人を巻き込みながら打ち出していきたいと思っています。また、終末期ケアに公平性をもたらすという目的は、論文1本書いただけでは成し得ないと思っているので、関連する研究もどんどん続けていきたいですね。

その上で、これから看護師を目指す学生に看護師の仕事は素晴らしい、看護は楽しいと思ってもらえるような基盤づくりにも関われたらなと。

――最後に。留学に興味はあるけれど、一歩踏み出せずにいる看護師に向けてエールをください。

今井:留学の魅力は、看護に関する考え方のダイバーシティに触れられることです。さまざまな考えを持っている人たちが集まる場や機会は、決して多くありません。いまの私のように、いろいろな学びが得られますし、今後の日本の看護にも活かせることは必ずあります。

少しでも興味があるなら「どうすれば留学できるか」を軸に、日々アンテナを立てて情報を収集したり、笹川保健財団が開催している公開講座に参加したりするなど、とにかく行動に移してみてはいかがでしょうか。

編集後記

看護師が大学院留学の奨学金支援を受けて海外で多様な価値観を習得する。一看護師が自立して活躍するための選択肢が、笹川保健財団の取り組みによって広がりつつあります。今後も、様々な分野で学ぶ看護フェローをご紹介していきます。

Sasakawa看護フェローは2025年3月3日まで新規フェローを募集中。くわしくはこちら